8 抱擁、招集
「エレンが好きだから」
返事とともに与えられた温もりには抵抗できなかった。
やわらかい抱擁で身体が動かなくなる。しかし頭はかなり混乱していた。
「なっ、や、離して」
「信じてくれない?」
低い声が耳をくすぐる。かあっと顔が熱くなった。
「そんなこと言われてもっ……!」
「好きだよ」
アンディがふわふわ、ふわふわと髪を梳く。
好きってどういう意味なんだろうか。単に友達同士のような好きなのか、それとも異性としての好きなのか……
「……困るよ。どう返事していいかわからない」
「じゃあ、信じてもらえるまで待つよ」
たいそう楽しそうな笑顔でアンディは言った。とても下心のあるような顔には見えない。
信じることができるのだろうか。
このままだと、このまま腕の中にいると信じてしまいそうで怖くなったとき、上のほうでけたたましくベルが鳴った。
「……呼ばれてる」
つられて上を見上げると、アンディははっとするほど鋭い目をしていた。今までに見せたことのない険しくて冷たい表情だった。空気までぴりぴりしている。
「誰に?」
「……旦那様に」
つまりは、ランズウィック家で一番偉い人だ。
「あのベルを鳴らすときは、俺と、あと他に四人呼ぶとき。大事な用があるときだ」
「そ、そうなんだ」
アンディは屋敷でも重要な人物なのだろうか。そんな人がどうして私の見張り役なんてしているのだろう。いや、見張りというよりかはお世話係に近い。
「じゃあね。……また会いたい」
言い残して、彼は行ってしまった。
「また会いたいって変なこと言うなあ……」
いやに悲しげで、緊張していた彼を思うと首をかしげずにはいられなかった。
* * *
「全部揃ったな」
葉巻の匂いが漂う暗い部屋でアンディはじっと立っていた。
何回来ても慣れない。この重厚な飾りでいっぱいの部屋は屋敷の中で一番苦手なところだ。
「とは言っても、小指がいないが。奴は北へ任務に行ったんだったな、そういえば」
正面にどっしりと据えられた茶色の机に頬杖をついて葉巻をふかしながら喋るのは、紛れもないーーランズウィック家の当主、オリバー・ランズウィックだ。
できれば顔を合わせたくない人物だ。いや、顔も見たくない人物のほうが正しい。今もこうして向かい合っているだけで歯ぎしりをしたくなる。
だが今はそんなことよりもっと激しい感情で心が埋められていた。
ーーもし見つかっていたら。わざわざランズウィック家の「五本指」たちを呼んだのにはそれなりの理由があるはずだ。もし、呼んだ理由があれに関係することだったなら。
手に汗がにじむ。かつてないほどアンディは緊張していた。
はやく、はやく。なにか言ってくれ。
「最近、屋敷を嗅ぎ回っている怪しい老人がいると情報が入った」
ーー大丈夫だった。
ほっとして肩の力が抜けかけたのを悟られないように気を引き締める。
気づかれなかった。あの子のことに。
オリバーはにごった両目で立ち並ぶ四人をぎょろりと睨めつけながら続ける。
「こういうことは本来"小指"の仕事だが、あいにく奴はいない。そうだな、代わりに"中指"に頼むことにするか」
"中指"とはアンディのことだ。
悪魔を崇拝するランズウィック家では、儀式のために様々な違法行為を行う必要がある。生贄を調達するために施設に火を放ってエレンを拉致したのもその一つだ。
それらランズウィック家の闇を背負うのが「五本指」と呼ばれる者たちだ。エレンを連れ去ったのが親指と人差し指と呼ばれる大柄の男たちだ。彼らは主に誘拐などの力仕事をする。
年に一度連れて来られる生贄の娘を飾り立てるのは薬指と呼ばれる女の仕事だ。彼女は一見普通のメイドだが催眠術に長けており、何も知らない他のメイドたちを操って仕事を手伝わさせる。
そして中指であるアンディは、占い師デリアの予言を聞き、オリバーに伝える役目を背負っていた。デリアの存在はオリバーと執事のトマス、そして「五本指」たちしか知らない。
「了解しました。ご主人様」
「期待しているよ、私の優秀な中指」
オリバーが歪んだ笑みを見せてくる。ぞわっとするような不気味な笑い方だ。
用は済んだのだから早くここを出たい。つい先程まで腕に感じていた、華奢な肩と柔らかい茶色の巻き毛が恋しくてたまらない。
「そうだ、生贄は元気かね?」
「……ええ」
ひやりと心臓に氷が流し込まれたような錯覚。それと同時に押し寄せる激しい怒り。だめだ、悟られてはいけない。生贄に何の感情も持っていないふりをしなければ。優秀な中指でいなければ。
「それはよかった。代わりを連れて来なければいけないようにでもなれば面倒だからな。ああ、もう行っていいよ」
「……失礼します」
ドアノブにかけた手に強い力がこもるのは制御できなかった。




