2 羞恥、出会い
熱いお湯を浴びせられて、目を覚ました。 そして、目に飛び込んできた状況に唖然とする。
「いやぁっ!」
「どうかなさいましたか」
無表情にそう答えたのは、体格のいい年配のメイドだ。
「どうかって……!!」
浴室で、裸にされていた。
室内にはこのメイドしかいない。それでも女性とはいえ、知らない人に裸を見られ、半ばパニックになる。露わになった肌を見て真っ赤になり、慌てて身体を抱くとじわりと目に涙が滲んだ。
「ちょっと、なにしてるんですか……!」
「体を洗っています」
「やめて! じぶんで、できますから!」
ぼろりと大粒の涙がこぼれた。かつてない恐怖と羞恥からだろう。施設が火事になり、見知らぬ男たちに連れ去られ、そして今は裸にされて体を洗われている。
「いえ、儀式ですので」
さっと血の気がひいた。
思い出した。玄関で倒れる前の、執事らしき老人と私を連れ去った男の会話を。
ーー生贄。
「出して! 今すぐ出して! お願い!」
なぜ、体を洗われているのかわかった。清めるためだろう。生贄として捧げる前に。
そんな。こんなの、あまりにひどい。
私は半狂乱でメイドの腕を振り切ろうとした。しかしこのメイドとの体格差は圧倒的で、抵抗もむなしく真鍮のバスタブに押し付けられた。
「やだ……やだよ」
これから起こることを想像して、がたがたと身体が震えた。メイドは私を押さえつけたまま、無表情で丁寧に私の体を洗っている。熱いお湯で泡を洗い流すと、腕をむんずと掴んで私を脱衣所らしき場所まで連れて行き、タオルで拭いてくれた。
恥ずかしさと恐ろしさで、何も見えなくなりそうだ。ひんやりとした床が体温を奪ってゆく。このまま凍ってしまえば楽かもしれない。少なくとも、祭壇にあげられて心臓を刺されるよりかは。
渡されたタオルで身体を隠す。これ以上見られるのは堪えられない。
「ついて来てください」
もう、逃げられないと悟った。びっくりするほど広い屋敷だ。初めて来た私が逃げたって出口さえ見つけられずに捕まる。
メイドに腕を掴まれたまま、廊下に出る。暗い廊下だ。真夜中だから当たり前か。
長い廊下なのに、極端に窓が少ない。それが余計に閉塞感を与える。
「連れてきました」
やがてメイドは、一枚のドアの前で立ち止まり、ノックをして声をかけた。ドアが内側から開く。
中にいたのもまた、無表情のメイドだ。二人のメイドは部屋の中央に置かれたドレッサーの脇に座っている。
「動かないでください」
氷のような声でそう言い、メイドは私の髪を結い始めた。
「これも……儀式ですか」
もう、諦めかけていた。生きることを。だって、逃げられるわけがない。
ぽつりとつぶやいた言葉は聞こえなかったのか、メイドたちは返事をせずにもくもくと髪を結っていく。ドレッサーに映る自分の顔を見てみた。
「……」
ひどい目をしている。気力のない虚ろな目。
それに反するように、身体から石けんの優しい香りがたちのぼる。鏡の中の自分は華やかで美しい髪型にされてゆく。
最後に、後ろのほうに花をモチーフにした髪飾りをつけると、メイドたちはバスローブに包まれただけの私を着替えさせるために立たせた。
再び裸にされ、羞恥で顔を真っ赤にしてうつむく。メイドたちは無表情のままだ。
「これを」
手渡されたのは、絹でできた下着だ。さすがに下着は自分で着させてもらえるらしい。素早くそれを着る。
メイドは壁にかけていた、純白のドレスを持ってきた。胸元に花をあしらったドレスは清楚だが豪華で、そしてとびきり上質だ。
死ぬ前に、これまでの人生で最高の物を身につける。ある意味恵まれているかもしれない。ーーが、私は生贄として、火事にまぎれて拉致されてきたのだ。
覚束ない足取りで、メイドたちに言われるがままにふらふらと部屋を出た。
真っ暗な廊下を、ただ歩き続ける。
ああ、これから殺されるんだ。
もう十分に着飾った。あとは、生贄の儀式をするだけなのだろう。
他人事のようにぼんやりと考える。
暗い廊下はまだまだ続く。
そして、数少ない窓にさしかかったとき。
「俺が連れてくよ。ご苦労様」
若い男の声がした。自分とあまり変わらないくらいの、少年と青年の中間のような。
「任せるわ」
メイドたちは、廊下を引き返して闇に飲み込まれていった。
私と、声の主だけが残された。
誰だろう。いきなり出てきた男が怖くて思わず一歩後ずさる。
「こっちだよ」
また手を掴まれ、どこかへと連れて行かれる。しかし、施設から屋敷に連れ去ってきた男たちや、さっきのメイドとは違って力はいれていなかった。ごく自然に、手をつないでいるようだ。
あたたかい手だ。この人は、ちゃんと人間だ。
暗闇でよく見えなかったが、階段のところにかけてあったランプでようやく顔が見えた。
自分より二、三歳ほど年上と思われた。さらさらした淡い金髪は前髪が少し右目にかかっている。優しく甘い顔立ちの青年だった。
ーーこんな綺麗な男の人、見たことない。
異常な状況に置かれているのに、そんなことを思った。過ぎた恐怖でおかしくなっているのだろうか。
彼はランプを手にとった。
「気をつけて、下りるから」
手首を掴んでいた彼の手は、いつの間にか手のひらに移動していた。手をつないでいる格好になる。だいぶ寒く、あたたかい手を触りたくて彼の手を握った。
ランプの炎に照らされてほんのり明るい階段を、一段一段ゆっくりとおりていく。階段はそのたびにギシギシと音を立てた。
三階分は下りた気がする。踊り場から下を見ると、階段は終わっていた。下りた先は壁で、左右に二つ、古びた木のドアがついている。
「私、殺されるの?」
「いや。殺されない……今は」
「え……」
戸惑っていると、彼は右手にあるドアを開けた。