14 正義、抵抗
「どうしてわからん? これさえやればお前さんは生き延びられるんだぞ。屋敷から駅まで行けばもうこっちのもんだ。鉄道に乗って出来るだけ遠く逃げればいい」
「人を殺すなんてできません」
「いいか、やらなければやられるんだ。この屋敷の人間なんて殺されるだけのことをしてきた奴らばっかりに違いないんだ。ためらうことはない」
「……眠らせるとか」
「やわな毒ではきかんのだよ。見張りの男はランズウィック家の中でも重要な位置に立つ者だと言ったな? 奴らは皆毒に耐性がある。そういう風に選ばれるんだ。だからとびきり強力なコイツでやっちまわないと」
老人が懐から小瓶を取り出して私に渡した。ひんやりとした便の中には赤褐色のさらさらとした液体が入っている。透き通って綺麗にも思えるが説明を聞いた私には毒々しくてたまらない。
ーーいらない。こんなの使わない。
アンディを殺したくない。そんなことしたら一生後悔する。
彼は、初めて自分に愛情を注いでくれた人だ。
彼の命がこうして危険にさらされようとしている今、はっきりとそう感じていた。
自分はおかしいと思わないわけではない。酷いところに閉じ込められて、ましてや見張りに対してこんな感情を抱くなんてどうかしている。
でもそれより、彼を想う気持ちの方が強くなり始めていた。
「お嬢さん、正気なのか?」
私は受け取った毒薬の瓶をほとんど無意識のうちに突き返していた。手が勝手に動いたのだ。
「私は、自力で脱出します……だからこれは……いらないの」
老人はやれやれとため息をついた。
「あの、見つかったら大変です。早く帰った方が」
落ち着かない気持ちで、老人と話ができるように動かしたベッドを元に戻そうと木枠に手をかける。と、老人の手が伸びてきて私の腕をがっしりとつかんだ。
「できないんならわしが代わりにやってやる」
「なっ……」
先ほどとは打って変わって強い口調だ。豹変した老人の空気にびくっとする。
「親父がニーナの件のせいでずっと心を病んでいたのを小さい頃から見てきた! わしはこれ以上罪なき命が奪われていくのを黙って見ているわけにはいかん!」
(この人は、誰のためでもない、自分の正義のためにこんなことをしてるんだ)
見開かれた老人の瞳には、憤りや悲しみなどいろいろな負の感情がごちゃ混ぜになって浮かんでいるがーーそれらは不思議にまとまっている。多分、彼の信念のようなもので。
この人は止められない。どうしよう、アンディが殺されてしまう。でもどうにかしないと。
まず扉を閉めよう。そう思って自由な方の左手をさっと伸ばして扉に手をかけたものの、あっけなくしわだらけの手に捕まった。
怯んでいられない。アンディの命がかかっているんだから!
考えるんだ。部屋には何か使えそうなものは? ええと、足枷の長い鎖と、バターナイフと……だめだ、ろくなものがない。いやそれ以前にここから動けない。二本の腕はがっしりとつかまれてしまっている。
「見張りを呼べ」
「……できません」
「呼べ。忘れとるのか、こっちには拳銃があるんだぞ」
忘れていた。黒光りする銃身を見て底知れない恐怖を感じる。あの筒から弾丸が発射され体を貫くのだ。引き金を引くだけでいとも簡単に。
……あれ?
どうして、拳銃が二丁あるの?
私の目に入っているのは、老人が掲げているものと、老人のこめかみに向けられているーー正確には今さっき向けられたーーものの二丁の拳銃だ。
「そこまでだ」
この二週間で聞き慣れた声がした。




