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1 火事、拉致

 煙を吸い込んでゴホゴホとむせながら、燃える孤児院の中を私は走っていた。

 まさか火事がおこるなんて。

 皆が寝静まった夜中、三階と二階の端のほうで火が上がった。原因はわからない。何もないところから火が上がるなんておかしいとは思ったけれど、とにかく逃げるしかなかった。

 私、これからどうなっちゃうんだろう。

 施設にいた子達が叫びながら逃げ惑う中、私はそんな心配ばかりしていた。幸いなことに、火はまだ階段のほうまでは回っていないから逃げられる。一階が火の海でなければ、命は助かる。

 でも、問題はその後。施設が焼け落ちちゃったら私の行くところはない。嫌われ者の私なんかのために、院長がどうにかしてくれるなんて期待しちゃいけない。

「げほっ、ごほっ……」

 喉が痛い。涙も出てくる。

 気がつくと私は取り残されていた。火がすぐ後ろにまで迫っている。あわてて階段を駆け下りようとした。

 ーーその時。

 下の階から、数人の男が上ってきた。

 見るからに高級品のスーツを着ているその人たちは、火事だというのに焦っていない。そして、まわりをきょろきょろと見渡しながらこちらへとやってくる。

「あのっ……早く逃げないと! こっちには炎が……」

 黒づくめの男たちは威圧感があって怖かったけれど、今はそれどころではない。どうして、わざわざ燃えているところに来たのか不思議だったが、私は逃げるように言った。

「ふーん……、これでいいか?」

「いいと思うぞ。それより早くしないと、焼け落ちちまう。旦那様も待ってることだしな」

 旦那様って、誰? それに私を見て、「これでいいか」って……。

 本能的に危険だと思った。

 そもそも、怪しい。どうしてここに、それも夜中に、こんなに上品そうなスーツの男の人たちがやってくる? 何かを、探しているかのような様子で。

 男のひとりが、手を伸ばしてきた。

 ーー逃げなきゃ。

 けれど足に力をいれたところで、私はぐいと手首を掴まれて、男に口をおさえられた。

「ーーーー!!」

 叫ぼうとするけれど、力強くふさがれた口は息を漏らすことさえ困難だ。

 必死の抵抗もむなしく、私は手足を縄で縛られてしまった。そして、呼吸が苦しくなってきた頃にようやく口をおさえていた手が離れた。

「はあっ……」

 思い切り息を吸う。吐いて、また吸おうとしたとき、白い布で鼻と口を覆われた。

 そして、妙な匂いのする布だな、と思ったとき。もう私の意識は、闇に落ちていた。


* * *


 ガラガラと騒々しい音が身体に染み込んでいく。頬が冷たい。何か、硬い物に当たっているような……

「っ! どこ、わたし、はーー」

「おい、起きたぞ」

「え? 大丈夫だろう。縛ってあるんだから逃げられるわけがない」

 ここは、馬車の中だった。火事の中で見た男たちが、前の席に乗っている。

 私は、徐々に理解し始めた。連れ去られたんだ。

 でも、どうして? 私なんか誘拐したって何の得もない。身代金なんか要求する先もないし、孤児院の中では最年長なのに馬鹿にされていて、嫌われ者。引き取ってくれる人もいない。気が弱くて、内気で、さして取り柄のない十七歳の小娘なのに。

 じゃあーー売られるの?

 考えてぞっとした。どこに売られる? もしかすると中身を取り出されてーー。

 はやく、逃げなきゃ。

 命の危険をはっきりと感じた。そのとき、馬車が止まる。

 手足を縛られたまま、でこぼこ道を物のように乗せられてきたので、かなり気分が悪い。馬車なんて生まれて初めて乗ったから酔ってしまった。

「おまえは縄を切ってくれ、俺はおさえとくから」

 その会話がないと、ナイフを取り出した男を見て暴れるところだった。足の方から縄を切られ、すかさず別の男が足をおさえる。手の方も縄が切られ、ナイフを持っている方の男が私の手を乱暴に掴んだ。

「もうちょっと丁寧に扱えよ」

 やっぱり、売られるんだ。傷をつけちゃまずいのか。

「やだ……放して! 放してください!」

「静かにしろ、立て」

 ナイフを首に突きつけられた。ひんやりとした刃の感触。従うしかない。

 馬車から降りて、右を向いて驚いた。

 感覚がおかしくなりそうなくらい大きな屋敷があったのだ。

 私の身長の二倍はある高さの門は、誰も通す気がないかのように頑丈に立っている。その向こうに、巨大な黒い怪物のような屋敷が横たわっていた。玄関の脇にかけられたランプの炎が、不気味に揺れている。まるで、おいでおいでと招いているかのように。

「お嬢ちゃん、ついて来い。逃げたって無駄だぞ? ここはあの施設からだいぶ離れてる。道さえわからずにすぐに捕まる」

 逃げられるなら、とっくにそうしてる……。

 その思いは、声にはならない。機嫌をそこねでもして殺されるのは嫌だ。

 先を行く男が、ギギィっと重たげな音を立てて門を開けた。首にナイフを当てられたまま、中に入って行く。こんなに大きな屋敷に私を連れてきて何をする気だろう。

 恐怖で頭がガンガンする。一歩進ごとに吐き気がこみ上げる。ついに玄関の前まで来てしまった。

 男が大きな錬鉄製のドアノッカーを引いて、ドアをノックする。コンコンコン、と軽く三回、そしてコココンコン、と強めに四回。

 すると、中から白髪交じりの、燕尾服を着た男性が顔を出した。

「ああーーご苦労様です。無事に終わりましたか」

「はい。この娘で構いませんか、生贄は」

 今、何て言った?

「い、生……贄!?」

「黙れ。大きな声を出すな。そうだ、生贄って言ったんだ」

 ぐらりと、目の前の景色が歪む。

 私は、その場に崩れ落ちた。


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