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歩く速さで  作者:
13/14

第4章 2


 呼び鈴にドアを開けた紗弓は、懐かしい面々に嬉しそうな笑顔をこぼす。招き入れる紗弓の足下にはゴールデンレトリバーが勢いよくしっぽを振っていた。犬好きのオグが真っ先に食いつく。

「飼ってるの? かわいい、人懐っこい……かしこそぅ!」

 すっかり抱きついているオグを呆れ顔で見下ろした征一が紗弓にその目を移す。

「お前、挨拶より先にそれかよ……。久しぶり。……牧村って犬だめじゃなかったっけ?」

「大型犬は怖くて、小さいのは踏みそうで怖いんだって。でも平気みたいよ?」

「押し切ったわけな」

 苦笑いしながら、紗弓に促されて順に中に入っていく。ほとんどが、馴染みの顔ぶれ。紗弓が康介と結婚すると最初に誰かに言うことになったあの飲み会の席にいた面々だ。その中に久城も紛れていて、紗弓は他の誰とも変わらない笑みを向けて招き入れる。

 後輩達とは夜、町中の飲み屋で合流することに決まっている……と言うか、紗弓と康介を引きずっていくと決めてきてあるらしく、紗弓は康介と顔を見合わせて苦笑いしてしまった。その康介の足下で先程のゴールデンレトリバーは落ち着いた様子で寝そべり、その腹を枕にするようにして小さな男の子と女の子が微睡んでいる。

 さすがにその話までは聞いていなかった面々は驚いて目を見開くのだけれど、本人達は驚くことか、という顔で平然としている。聞かれなかったから言わなかっただけと、そう言ってのけるのだから。

「いくつなの?」

「もう……一歳半くらいかな」

「……もしかして二年前の旅行の時って……」

「おかげでこの人、いつもより口うるさかったんだよ」

「お前がそのそそっかしいの何とかすれば、いいんだろうが」

 笑って指さす紗弓に言い返しながら、康介は手にしていた雑誌でぽかっと額を叩いている。やりとりは相変わらずなのだけれど、見ていて何となく変わった気がするのは見ている方の意識が変わったせいなのだろうか。

「人の親……康介が人の親……」

「待て、紗弓にはないのか?」

「……とりあえずそういう意味ではまともだから。でも確かに……なんか危なっかしい。どうやって育ててんだよ、お前ら」

「普通に、何となく」

 何となくで、何とかなるもんなのかという言葉は呑み込みながら、まじまじと眺めてしまう。それなのに所帯臭くなったとか老けたとか、そういうのが一切感じられないのもこの二人の不思議なところだと思ってしまう。


「それで、言葉とか平気なの?」

「オレは実践主義」

「お前はな。紗弓ちゃんは?」

「ああ……」

 用意してあった全員分の昼食をとりにキッチンにいる紗弓の方をちらりと見て康介は笑う。やればできるくせに、自分で「こんなもんか」とラインを決めてしまっていて色んな事の限界を自分で決めてしまっていた紗弓。今も、そういう部分はまだ残っているけれど。

「あいつ変なとこで引っ込み思案だからなぁ。叩き込んだ。外に放り出して」

「……はい?」

「やらなきゃどうにもならなくなれば、自力で何とかするだろ?何とかできるだけのものはあるんだし」

 認めてはいるのだろう、紗弓を。それにしても、そこまでやるかと呆れてしまう。ただ、のんびりと笑っている康介を見るとそれを一概に責める気にもなれないのだけれど。

「まあ、最終的には隣の家の連中のおかげだけどな」

「隣?」

「日本人の留学生がシェアして借りてるんだよ。オーストリアから仕事で来てる奴、イタリア人の職人見習い、インド人の留学生と」

「ああ、年近いしね。学生なら。……でも紗弓って人見知りもするでしょ」

「オレ昼間いないしなぁ。まあ、あれだけ面倒かければ仲良くもなるだろう」

「は?」

「産気づいた時に気づいたのが隣人だった」

「……良かったね、気づいてもらえて」

 その状況で平然としている二人も二人だと思いながら、そうとしか言いようがない。なるほど、親しくなればそういう環境が隣にあるのなら言葉を教えてももらえるだろうし、上達も必然的にするのだろう。

「何の話?」

 戻ってきた紗弓が首を傾げながら、大皿に盛った料理を置くのを見上げ、揃って笑って首を振る。

「何でもない」

「……何か言ってたね」

 軽く康介を睨んで、紗弓はまたキッチンに戻っていく。一度で運びきれる量ではない。手伝おうと女性陣が立ちかけたのを康介が抑えた。

「いいよ、座ってて。手伝う」

「ちゃんと相手してないと」

「勝手に好きにしてるだろ。今さらあいつらに」

 二人でそんなやりとりをしているのを眺めながら、顔を見合わせた。どうなっていることやらと思っていたけれど、なるほど確かにあの二人はあの二人のままだと思う。



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