Phase.1『銀髪の吸血鬼』part.2
「……うわぁ」
星亮高校の制服はスカートの丈が短く、足がスースーする。
少しスカートを持ち上げてみると、白い布地が見え、恥ずかしくなってすぐに整えた。
「うむ、よく似合ってるぞ。なあチェイサー4?」
「はい、その通りであります」
チェイサー4は鏡を永夜に向ける。
鏡を覗き込むと、そこには銀髪の少女が立っていた。
永夜は一瞬、鏡だということを忘れてしまった。
すぐに我に帰り、思いっきり首を横に振る。
「やっぱり降りる!」
「大丈夫、大丈夫。声は高いし、顔も良し。これで立派な男の娘だな!」
ぐっ、と親指を立ててくる勝吉に永夜は涙目で訴えかけるしかなかった。
「わかっていると思うが、絶対に男だとばれないようにな? 女装趣味のキモい奴と思われたら私がそういう教育をしたように思われるだろ?」
「実際、女装を強要させたのはどこのどいつだろうな!」
「それとも性転換手術を受けて本当に女の子になる?」
「なるかっ!」
「そんなぁ……。その長くて綺麗な髪は何で切らせなかったと思ってるのかね?」
「女装目当てに切らせなかったのかよ、あんたは!?」
実際、永夜の髪が長いままの理由は永夜はわかってはいなかった。
勝吉はにやにやしているし、勝吉ならやりかねないと永夜は思っていた。
「まあ、髪を短くしても男の娘には変わりない……か。あ、セミショートの永夜もありかも。……よし、じゃあ短く切ってあげよう」
「なんか、理不尽です」
がっくりと項垂れる永夜。
当然、支部長の命令を断ることはできず、永夜は女装というミッションを降りることはできない。
その後、まんまと嵌められた永夜は渋々自分の部屋に戻った。
明後日の四時からミッション開始。
明日から準備を開始するので、今日はもう休んでいいと言われたのだ。
着ていた制服を着替え、永夜は寝床につく。
これは永夜が見た夢。昔の出来事である。
雪の振る中、俺はゴミ捨て場を漁って、その日の食料……生ゴミを探していた。
明かりの付いた家の中では、クリスマスツリーを作っている親子。
彼等には俺の苦しみは分からない。
『吸血鬼』という事実が俺を孤独に追い込む。
初めは自分も周りと同じだと思っていたが、周りは俺の事を吸血鬼と呼んでいた。
それで、気付いた。
自分は周りとは違う存在だと。
第一、髪は銀で、赤い眼をした者は俺一人だった。
人に見つかれば見世物にされ、辱しめを受ける事もあった。
その度に何度も逃げ出す。
そして、また一人になる。
毎日の空腹に耐えながら、生ゴミを食って命を繋いでいた。
吸血する手もあったが、吸血鬼でも五歳児の俺が勝てる道理もないし、見つかれば捕まってしまう。
ただただ、生ゴミを漁る毎日だった。
だが、ようやくゴミの山から骨付き肉の骨の部分を見つけたその時、人間の足音が近づいてきた。
俺はゴミ山の影に隠れてやり過ごそうとする。
その人間はゴミ山の前に立つと、俺の隠れている所に、何か白い粒が幾つも固められた三角形の物を投げてきた。
その人間は少しすると去っていった。
俺はその人間がいなくなったのを確認した後、白い三角形の物を拾い上げる。
何やらいい臭いがする。それにとても暖かい。
恐る恐るかじってみると少ししょっぱくてとても美味しかった。
次の日、俺はまた同じゴミ山で生ゴミを漁っていた。
骨付き肉の骨を見つけて、他にも無いかと探していたのだ。
すると、また昨日の人間が来た。
昨日と同じく、影に隠れる。
人間はまた白い三角形の物を紙で包んで山の前に置いて去った。
次の日も、そのまた次の日も。
毎日毎日同じゴミ山の前に三角形の物を置いて行った。
初めは勿体無いと思っていたが、いつの日か、期待して待っていた。
それでも、姿は見せなかった。
見せるのが怖かった。
雪が溶け始めてきたある日、人間は影から覗く俺に手を差し伸べてきた。
「……おいで」
勿論、言葉を習った事のない俺は、言っている事はサッパリわからない。
だが、優しい何かを感じて、影から少しづつ姿を現す。
自分が吸血鬼である事を知られたら、この人間も他の人間と同じように俺を捕らえるのではないかと思っていたからだ。
完全に姿を晒すと、人間は驚いた様な表情をした。
ああ、やっぱりな。と思って逃げようとした瞬間、人間は俺の頭に手を乗っけてきた。
優しく撫でてくれる。
人間の暖かさを初めて知った。
恐らく、この人間は俺が吸血鬼であることを知らないのだろう。
そうでなければ説明がつかない。
それでも、今はこの人間の温もりに浸っていたいと思った。
撫でてくれる人間に抱きつく。
すると、人間は俺を抱っこして歩き出した。
俺に布を被せ、体温を下げないようにしてくれる。
俺は初めての温もりの中で眠りに落ちたのだった。
任務開始の前日、一足先に星亮市に着いた永夜は商店街をあるいている所を、男二人組に話しかけられた。
「無口な子は嫌いじゃないけど、そろそろ何か反応してくれないかな?」
鬱陶しい。永夜はしつこくナンパをしてくる男二人を殴り飛ばしてやりたいと思っていた。
本望でない女装なんて、すぐにバレてしまうと思っていただけに、本当に女だと思い込んでナンパをしてくる男達に永夜は段々と腹が立ってきていたのだ。
それに今着ている服も女性用の物で、しかも永夜のために勝吉が補助班に作らせたものだった。
「ねぇねぇ、おーい」
(こんな時、何て言えばいいんだっけ?)
永夜は勝吉の言葉を思い出す。
任務に向かう直前に永夜は勝吉にある言葉を教えられていた。
その言葉とは『ワタシ日本語、分ッカリマセ~ン』だ。
本当に通用するのか。初めて聞いた時はそう訪ねた。
それに対し、勝吉は微妙な反応を返してきた。
つまり、自信がないという事。
自分の義父親を信じていないわけではないが、今考えてみると全く通用しなさそうに思えた。
「わ……」
「わ?」
「ワタシ日本語、分ッカ……」
「ちょっと、あんた達!」
ようやく口を開こうとしたその瞬間、大きな声に阻まれた。
振り向くと、長髪の星亮高校の制服を着た女生徒が仁王立ちして立っていた。