Phase.4『吸血鬼の時計』part.5
「ん――――――――っと!」
永夜は月明かりの照る中で伸びをしていた。
装備は任務初日と同じ物と懐中電灯をもっている。
これからあの裏通りにあった、結界の張ってある荒れ放題のこの場所を調査するのだ。
永夜は銃に弾が入っているのを確認した後、両頬を軽く叩いて気合いを入れる。
「…………よしっ」
懐中電灯で辺りを照らしながら進んで行き、隠れられる場所を探す。
しかし、あるのはゴミや長く伸びた草ばかり。
隠れられる所は限られてくる。
「っと、その前にこの結界をどうにかしなきゃな」
明日になれば長瀬有紀斗が手伝ってくれるだろうが、できれば断りたいのだ。
結界の張ってある場所には必ず『目』と呼ばれる結界の核のような場所があり、『目』を壊すことができれば結界も壊すことができるのだ。
しかし『目』は結界の中のどこにでも設置する事ができ、大抵の魔法使いは『目』を壊されないように、魔法で隠してある。
魔術師や魔法使いは魔力に敏感な者ばかりで、『目』の在りかがぼんやりとわかるらしい。
魔術師と魔法使いの違いとは何か。
魔術師は魔術を、魔法使いは魔法を使う。ただそれだけの事。
しかし、ここでややこしいのが魔術と魔法の違いである。
『魔術』と『魔法』は『その時代の文明の力で再現できる奇跡かどうか』で線引きされている。
300年前には『自由自在に空を飛ぶ』という奇跡は魔法であったろうし、もしも未来の科学で平行世界旅行が可能になったら第二魔法は魔術に格下げされる。
かつては多くの神秘が魔法であったが、ここ最近は逆に魔術が文明の後追いをしている状態なのだ。
しかし、今回のような結界を科学の力で張れるかというと、不可能である。
「まぁ、結界を張ってるからって魔術師じゃないとは言い切れない、か」
永夜は吸血鬼なので魔術を使えないため、魔術師や魔法使いに対抗するため、弾丸に特別な術式を施してある。
魔力を持たない者が使える呪いで、その弾丸を体内に撃ち込めば、対象の魔術回路をぐちゃぐちゃに引き裂く事ができるのだ。
魔術回路とは魔術師が体内に持つ、魔術を扱うための擬似神経。
生命力を魔力に変換する為の『路』であり、基盤となる大魔術式に繋がる『路』でもある。
魔力を電気と仮定すると、魔術回路は電気を生み出すための炉心であり、システムを動かすためのパイプラインでもある。
回路を励起させ魔力を生成すると、人である体からは反発により痛みが生じる。
魔術師にとっての才能の代名詞で、これの数が多いほど優秀な魔術師であるとされる。
これを持たない人間は魔術師にはなれない。
生まれながらに持ち得る数が決まっており、魔術師の家系は自分たちに手を加えて、魔術回路が一本でも多い跡継ぎを誕生させようとする。
また、魔術回路は内臓にも例えられ、一度失った魔術回路は死ぬまで再生することはない。
また、跡継ぎに魔術回路を増やすよう働きかけるということは、内臓を増やすということにも繋がり、まっとうな手段であるはずがない。
魔術回路は最初は眠っているが、修行によって『開く』ことで使用できるようになる。
一度開いてしまえば、あとは術者の意志でオンオフができる。
スイッチの仕方は術者のイメージそれぞれで、これは最初の『開き』に関係している。最初の開きも方法は術者次第で、中には自傷行為などと奇天烈な者もいる。
よくファンタジーの物語で『事故に巻き込まれた後、目覚めたら不思議な力に目覚めた』というが、それもこの『開き』と同じ所からきていると言われている。
魔術を失ったどこかの魔術師がそんな話を持ち出したのかもしれない。
「…………ん?」
と、ゴミの山の裏でマンホールを見つけた。
そのマンホールに注目した理由は一つ。
「血の匂いがする」
吸血鬼だからか、血液の匂いには敏感だった。
永夜は『吸血鬼は血の匂いに関しては犬並みの嗅覚を発揮する』と聞いた事があったが、それが本当かは他の吸血鬼に聞いてみない事には定かではない。
「時間は……大丈夫か」
永夜は時計を見てちょうど日付が変わった所である事を確認し、マンホールの蓋を開けて降りた。
つんとした臭いが立ち込めている。
「うっ、下水道かぁ」
鼻を摘まんでしまう。
しかし、写真の少女もここを通っていたとしたらと考えると、我慢しなければならないと思った。
永夜は銃を構えて奥へと進んでいく。
暗闇の奥へ。
永夜は目、耳に集中し敵の気配を探しながら進んでいった。
いつ、どこから攻撃されるかわからない状況、暗い下水道という舞台で一見女子高生の人物が手に銃を持っているというのは中々シュールな光景だ。
と、そこで『からん』と何かの音がした。
「…………っ!?」
永夜は息を殺し、先程より集中して気配を探す。
永夜はもう一度、銃に弾が入っているのを確かめてから奥に進む。
暗黒の中で永夜の息づかいと、下水の流れる音だけが聞こえる。
「気のせい…………か?」
進んでも進んでも何の気配もない。
時間も限界に来ているし、もう引き返さなくてはならない。
と、踵を返したその瞬間、『じゃりっ』と再び音がした。
靴で地面を踏み締める音。
音の主はなるべく音を立てないようにしているようだが、永夜はその微かな足音を聞き分けていた。
「誰だっ」
永夜は銃を構えて問う。
しかし、音の主は何も答えない。
「この時計、お前のだろう」
時計を掲げて見せる。
すると、足音はぴたりと止んだ。
「…………出てこい」
と、懐中電灯で辺りを照らす。
「返して」
若い女の声。その方向は……
「上!?」
懐中電灯と一緒に銃を向けたその瞬間、『それ』は羽を広げて降りてきた。
見えた羽は間違いなく吸血鬼の物だ。
永夜は後ろに跳んで身構える。
もう一度懐中電灯で照らしてみると、降りてきたのは写真の少女。
黒い短髪や服まで同じ物であった。
「返して」
「吸血鬼事件の犯人はお前だな」
「返して」
「答えろっ」
「返して」
何を言っても「返して」の一点張りだった。
双方が睨み合っていると、少女の方が痺れを切らしたのか羽を広げて飛びかかった。
永夜は少女の羽に目掛けて銃を二発撃つ。
しかし、少女はそれを躱してみせた。
「な……っ!」
少女は驚く程の速さで永夜の手から時計を奪おうとする。
時計の部分は取られてしまいそうになるが、チェーンの部分を掴んで話さないようにする。
ここで取られたら後を追えなくなる。
その一心で強く握るが、少女も諦なかった。
ギシギシと手にチェーンが食い込み、血が出てくる。
「つっ!」
永夜はやりにくそうに銃を構えて少女の足に向かって撃つ。
しかし、少女はジャンプでそれを回避。更にチェーンを引きちぎって時計を奪うと永夜から離れていく。
「ちぃっ!」
永夜は少女を追って銃を撃つ。
しかし、手の痛みで撃つ瞬間に激痛が走った。
弾は一発も当たらずに、少女は真っ暗闇の先に見えなくなった。




