Phase.1『銀髪の吸血鬼』part.1
「ねぇねぇ、君一人?」
とある商店街のど真ん中で銀髪の少女に男二人が声をかける。
話しかけてくる男二人を鬱陶しそうにする銀髪の少女は何も言わない。
「よかったらさ、これからレストランで食事でもしね?」
「俺達さぁ、昨日バイトの給料日で金があるんだよ。どう?」
「…………」
しかし、少女は何も言わない。
男二人はどうにかして銀髪の少女をナンパしようといているのだが、会話ができないことには何も始まらず、だんだんと焦りを見せていた。
「ね、ねぇ。さっきから何で何も言ってくれないのかな~?」
ナンパが成功しない理由。
それは少女の性格の問題ではなく、もっと簡単な理由だった。
二人は根本的な所から間違っている。
二人が話しかけている人物は、第一女性ではない。
綺麗な長い銀髪は太陽の光を反射してキラキラと光って見え、肌は白く、引き締まった体つき。そこに整った顔つき。確かに美人である。
これだけの条件を持っていながら、そう。男なのだ。
名前を柳永夜という。
永夜はとある事情により、女装を強いられていた。
特殊武装組織『ウィアド』、ブリーフィングルーム。
ウィアドは国の公認を得て、警察が解決する事が不可能で、自衛隊を派遣するわけにはいかない事件、世間には秘密にしていたいという事件、警察は信用できないという要人の依頼等を受け持つ武装組織。
受け持つ依頼が幅広いため、幾つかの班に別れて遂行する。
攻撃班、護衛班、調査班、補助班、特別班。それぞれの班のメンバーにはソード、シールド、チェイサー、サポーター、シークレットとコードネームがついている。
ここはそんな組織の基地の中のブリーフィングルーム。
そこに二人の男がいた。
「コードネーム、チェイサー4。ミッション完了。報告用件あり」
一人はウィアドの調査班班長。コードネーム、チェイサー4(匿名希望)。
「よくやった、チェイサー4。で、用件とは?」
そして、ウィアドの日本支部支部長。
名前は柳勝吉である。
「吸血鬼事件の件ですが、やはりチェイサー7にしかできないと思われます」
「そうか。では……チェイサー7。至急、ブリーフィングルームに来てくれ」
勝吉が呼んだ後、少ししてからチェイサー7――柳永夜がブリーフィングルームに入ってくる。
永夜はウィアドの調査班。コードネーム、チェイサー7である。
「失礼します。特殊武装組織『ウィアド』調査班副班長。コードネーム、チェイサー7であります」
ビシッと敬礼をし、ブリーフィングルームに入ってくる永夜。
戸籍上ではあるが、今年で二十歳になる。
しかし、それを思わせないその容姿から、付いたあだ名が『ラピンちゃん』だった。
もちろん、永夜がそのあだ名を気に入っていることはなく、呼ばれる度に怒鳴り散らしていた。
「チェイサー7、貴官に新しいミッションだ」
永夜は今まで年齢十代(戸籍上)という若さにして、数多くのミッションを遂行した、優秀な追跡者である。
「今回、君に担当してもらうのはかなり長い潜入ミッションになるが、了承してくれるだろうか」
「はい、問題ありません」
「そうか、ありがとう。所でチェイサー7は吸血鬼事件という事件を知っているか?」
「はい」
「チェイサー7には吸血鬼事件の調査、及び解決のミッションを頼みたい」
吸血鬼事件とは去年、2051年の秋から発生している『連続殺人未遂事件』である。
被害者は十数人に及び、その全員がうら若き女学生。
裏通りや真っ暗な夜道での犯行と見られ、争った形跡は無し。致命傷は首筋に付いた二つの傷で、その傷がまるで吸血鬼に噛まれた様な傷に見える事から、『吸血鬼事件』と呼ばれるようになった。
更に被害者達全員が、退院後に貧血を訴えている。
吸血鬼の存在を信じる者など現在の世界にはほとんどいない。
だが、実在するのは確かである。
吸血鬼だけではない。妖怪や魔術師、超能力者までもが実在しているのだ。
ただ、彼らのほとんどがその姿を晒さずに隠れているだけなのだ。
そのため、彼らは人間の社会に溶け込むことができているのであった。
そして、永夜のその内の一人である。
彼は吸血鬼。十五年前に柳勝吉に拾われたのだ。
勝吉は永夜を我が子の様に可愛がり、ウィアドのメンバーとして訓練もさせていた。
「明明後日、〇四〇〇にて、市立星亮高等学校、第一学年A組天月真夜として転入。後、調査を開始。確実に犯人を見つけ出し、捕獲せよ。場合によっては射殺も許可されている」
「了解しま……ちょっといいですか?」
了解する前に永夜はあることを聞いてみた。
「今、第一学年A組天月真夜って言いましたよね?」
「ああ、言った」
「真夜とは男の名前ですか?」
「いや、女性の名前だ」
「つまり、自分に女として潜入せよと?」
「勿論だ」
すると永夜は勝吉の近くまで歩いて来て、バンッとテーブルを叩く。
「どういう事だ! 俺がそんな……」
ムキになって怒鳴り散らす永夜を勝吉は「まあまあ」となだめる。
だが、それでも永夜は苛立ったままだ。
永夜は勝吉の養子ということになっていた為、今まで養ってもらっていたが、勝吉の行動に度々怒りを見せていた。
「女性メンバーでは万が一吸血されてしまっては事だ。だから、対象にならない男性の方が適任なのだ。それにチェイサー7なら吸血鬼事件の犯人を突き止められると信じている」
「義親父……」
勝吉の真っ直ぐな目に永夜は感動……
「と言うことで、これを装備してもらう。星亮高校の制服だ」
永夜は一番反らしたかった現実を突きつけられ、その場に崩れる。
女生徒として潜入する為、着る服は女性用の物。今勝吉が永夜の目の前に出している制服も、当然女生徒が着る物だった。
「さあ、さっそく装備しろ。チェイサー7」
勝吉は満面の笑みで永夜に制服を手渡す。
「するか! 何で俺が女装しなきゃならないんだ!?」
永夜はそれを即座に勝吉に返す。
「女性メンバーでは万が一吸血されてしまっては事だ。だから、対象にならない男性の方が適任なのだ。それにチェイサー7なら吸血鬼事件の犯人を突き止められると信じている」
「さっきと同じ台詞だよな!」
「何を言っている? ちゃんとニュアンスが違っていたではないか。全ての物事に置いて、全く同じという事はないのだよ?」
「森羅万象、この世の理ですね」
チェイサー4が横から口を挟んだ。
「それっぽい難しい言葉で誤魔化してませんか!?」
「ほらほら、これは決定事項だ。観念して、天月真夜になれ。永夜!」
「断固辞退する! ……うわっ!」
完全に拒否をする永夜に勝吉とチェイサー4は二人がかりで永夜を押さえ込む。
それに対し、永夜は精一杯抵抗を見せるが、大人二人の力に負けて成す術がない。
「こら、大人しくせんか!」
「嫌だぁ! 女装なんてしてたまるかぁ!」
「チェイサー4、チェイサー7の手足を封じるんだ。最悪、服を切り裂いても構わん!」
「了解しました!」
「了解するな!」
その瞬間、チェイサー4は持っていたナイフで永夜の服を切り裂いた!
「やめろぉぉぉおおおおおお!!」
――――数分後。
永夜は遂に女装させられた。
今すぐ脱ぐという手もあったが、それはできなかった。
どうにか永夜に制服を着させると、即座に写真を撮ったのだった。
写真を交渉材料にされた永夜は泣く泣く天月真夜になる事を認めたのである。