フィナーレはひっそりと終わる
「じゃあ、泣いても笑っても後5時間だから…頑張ろうね」
「はーい」
「それと写真の配達係さん、朝の配達ありがとう」
「今日もあれば配達行くぜ」
「今日は当日調理の商品が多いから…男子でも洗い物をお願いします。
皆の協力がなければここまで出来なかったので協力よろしく」
「今日はゲリラ的に裸風味タイムが入るので、男子のフォローよろしく」
「了解。それでは…各店開店準備します。頑張っていきましょう」
竜也の一言の後で、私達は1年1組の教室から各担当に散らばる。
私は裸風味エプロンに着替える為に更衣室に行く。寒い間はこれに哲の
カーディガンをはおることにした。
男の人の服を着るのって…ちょっと…じゃない?
「竜也。開店30分前なんだけども。食券に人が並んでるの」
食券は食堂前で歩美一人が販売なんだけども、どうしようかな?
「あゆ?一人で捌けるか?だったら食券販売はじめていいけど、開店は10時
であることだけはちゃんと言っておいてくれよ」
「了解」
そういって、歩美の着信が途切れた。私も竜也も手が離せかなったので
ハンドフリーで通話していたのだ。
廊下から、食券販売開始を告げる歩美の声がした。
「聞いたか?とにかく最初から混むと考えてくれよ」
「はーい」
私達は廊下から聞こえる声を聞きながら準備を進めるのだった。
後5時間で全てが終わる。あれだけ時間をかけて準備したもの本番になると
あっという間に終わってしまう。まるで蜻蛉の命の様に。
「何しているんだよ」
哲がいきなりデコピンをしてくる。
「痛いなぁ」
私はおでこをさする。ちょっとは手加減してもいいじゃない。
私は少し睨むと哲はあははと笑いだした。
「そんな上目づかいで睨んだって怖くねぇよ」
好きで上目づかいしている訳じゃない。この1年で勝手に伸びたくせに。
私だって、女子の中ではそんなに低い方じゃないのに。
やっぱり…なんかムカツク。
ピピッ。なんか写真を撮られた音がする。なんだろう。音がした方に視線を
移すとデジカメをもってにっこりとしている竜也がいた。
「なんかいい感じだったから撮っておいた。後でお前らに渡すな。これは
…金は取らないよ」
なんか…嫌な予感がする。深く考えるのはやめよう。
その時は竜也が企んでいる事が何であるのか分からなかった。
まさか…あんなチラシのネタになるだなんて。
「すみません…フレンチトースト下さい」
「こっちもフレンチトースト下さい」
蜜月喫茶がオープンして最初は本日のランチプレートが売れていたが、
徐々にフレンチトーストのオーダーが増える。
フレンチトーストは前面に売る商品ではなかったはずなのに…。
私はある生徒が手にしたチラシを目にした。
そこには…哲が私にデコピンをしている写真で『新婚夫婦が作る愛情たっぷり
フレンチトースト ドリンク付きで300円』となっていた。
今すぐに竜也!!と怒鳴りたいところだけども、混んでいる店内では
そんなことは出来ない。
私と哲がフレンチトーストを二人係で焼くにしてもホットプレート2台で
一回に4枚は焼ける。けれども…効率的ではないのに何でこうなったんだろう?
窓際に置いてある携帯が点滅している。私は着信を確認した。
そこには歩美からのメールが入っていた。
-ごめん、買い物班がパンと牛乳を大量に買っちゃったの。頑張って焼いて。
足りない分の卵と砂糖とバターは先生がマルシアに言ってくれるから-
私はメールを見て、乾いた笑いしか出ない。そんな大切なことはもっと早くに
言ってもらいたい。私…休めそうにありません。
何かのフラグが立った…そんな気がした。
「真美?どう?」
しばらくして状況を把握した恵美ちゃんが私の側に寄ってきた。
「歩美のメール見たね」
「うん。フレンチトーストもだけども、ドリアもグラタンも売れ行きが凄くて」
恵美ちゃんの顔が少し曇る。どうしたんだろう?
「この調子だと、ランチタイム前にドリアもグラタンも完売しそうなの」
確かに目まぐるしく動いている店内。家庭科室のレンジもオーブンのフル稼働
なんだろう。
「終わったら…打ち上げ用のホットケーキ焼いておいてもいいよ」
「粉は…どこにあるかな?」
「準備室の段ボールの中。今日誕生日の子がいたよね?」
私は1年生がそんな事を言っていたのを思い出した。
「その子にホットケーキをデコしてあげないかな?」
「分かった。じゃあ、午後はホットケーキ焼くね。終わったものから片づけても
いいよね?」
「うん、これ以上ドリアもグラタンも用意できないんだから」
私は恵美ちゃんに指示を出した。
「了解。午後からのフレンチトースト用の液は家庭科室で作ろう。
その場所だと陽があたるから」
「その方が助かる。まめに届けてくれると嬉しい」
「じゃあ、私は戻るね。真美…頑張れ」
恵美ちゃんは可愛い笑顔を私に向けて家庭科室に戻った。
その笑顔を向けるのは私じゃないと思うんだけども…ま、いいか。
ひっきりなしにやってくるお客さんを対応している私達。あまりに多忙なので
12時の時点で店員係全員で対応することにした。
流石に注文を間違える人はいないからトラブルになることは少ない。
今の時点で売っているのは、ドリアとフレンチトーストとパウンドケーキ。
ランチプレートは11時には完売になってしまった。恵美ちゃんからのメールに
よるとドリアも後5食しかないそうだ。それを入り口に設置している
会計担当の子に連絡する。会計担当は即座にドリアの販売を中止した。
何でも後5食と言うのは、食券なのだそうだ。多分…先生だな。
今の家庭科室は、残った小麦粉と諒君の家にあるドライフルーツを使って
パウンドケーキを作っている。これが終わると今度はシフォンケーキを焼くと
連絡が入っている。予測の時間よりもかなり早く売れているのは嬉しい悲鳴。
さり気なく寄ってきた、竜也に家庭科室の作業状況を報告する。
「思った以上に売れ行きがいいんだ。他のクラスの客の入りが悪いらしい」
私は昨日恵美ちゃんが言っていたのを思いだした。二日間同じメニューじゃ
リピーターは望めない。大変だけども、やっぱり私達の作戦勝ちだと言える。
「これ以上、食材を買って売るのは中止。最後はお茶類だけの販売に切り替える」
竜也は私と哲にそう告げた。私達のフレンチトーストは多分後2時間は売れると
思うけど15時までは難しい。今から買って仕入れを増やすよりは賢い選択だと思う。
「了解。こっちも最後を焼いたら…片付けと打ち上げの手伝いに入るね」
「あぁ、そうしてくれ。後夜祭は16時30分か?」
「うん。終了は18時だから、カラオケでの打ち上げは18時30分にしてあるよ。
終了は20時30分。時間厳守でよろしく」
私は、後夜祭後の打ち上げの予定を書いてある一覧を竜也に手渡す。
そこには打ち上げ参加予定者の一覧と、会場の場所と金額を書いてある。
一応、予算は一人500円ということにしてある。それ以上は個人負担だ。
「サンキュ。お前は遅れるんだろ?」
「少しだけね」
「暗くなってるから、哲と一緒に来たらどうだ?」
「いいの?」
「別にいいさ。学校を出るときにメールくれな」
「分かったよ」
「同時にスタンプラリー始めたら?」
「あぁ、一斉メール送信した。今は大道具班が回っている。
あいつ等が全員分やるってさ。感謝だよな」
私と竜也は顔を見合わせて笑いあった。
「こんにちは」
「佳代先生」
私達は懐かしい顔にあうことになる。去年のこの時期に教育実習に来ていた佳代先生。
今年はお客として来ると去年は言っていたけど、本当に来てくれて凄くうれしい。
でも…誰が呼んだんだろう?
「竜也君、お招きありがとう」
「いいえ、おかえりなさい。お疲れでしょう。ゆっくりしていって」
自然とこぼれる笑み。自然と気遣う態度。やっぱり竜也はまだ佳代先生に恋してる。
それなら、竜也に対応を任せよう。折角の疑似デートを邪魔したくない。
私は食堂を見回すと…皆私と同じ対応をするようなそぶりをしていた。
この二人もくっついてしまえばいいのに。先生と言ってもまだ教師じゃないんだから。
家庭科室の恵美ちゃんから最新のメールが入った。
-後片付け終了。これからホットケーキ製作に入ります-とのこと。
家庭科室での調理は終わって、販売次第終了と言うことになる。
販売終了まで後2時間もある。食事として売れるのがフレンチトーストだけってどうなのよ?
かなり不安になるけれども、顔に出すわけにはいかないから、にこやかに対応する。
食べている皆の笑顔が嬉しくて、私も笑顔になる。本当は立ったままだから
かなり足は辛いんだ。だから、座って進行できる後夜祭の司会をやるんだ。
足の怪我は一応完治はしているけど、それは普通の生活をしているときのみ。
長時間の立ち仕事はかなりの負担になっている。
「真美?お前足の方が辛いのか?」
「大丈夫だよ。後8枚で終わりだもの」
私の異変に気がついた哲が慌てて聞いてくる。でももう少し位我慢できる。
「竜也!!」
哲が竜也を呼び戻す。そこまでしなくてもいいのに。
「ごめん、こいつを座らせてくれないか?」
「悪い、俺も忘れてた。椅子を用意する待ってろ」
そう言って竜也は私に椅子を用意してくれる。
折角用意してくれたので、好意に甘えて座りながら対応することにした。
「哲…後4枚だから、1台でいいから家庭科室に運んで後片付けいい?」
「それと…うしろにある洗い物もか?」
「そうだね。ゴミは閉店してからでいいから。今は動かさないでね」
「分かったよ。14時前には終わりそうだな」
「そうだね、哲食券買ったのに、まだなんでしょう。買わないとダメよ」
私に促されて。哲は家庭科室に荷物を運んでから、食券を会計係りに渡す。
その食券が最後の1枚だった。
「フレンチトースト完売になりました。今度はソフトドリンク飲みの販売になります」
会計係のアナウンスで私はひとつ気がついた。あれ?パウンドケーキは?
どうやら売り切ったらしい。諒君の作ったのだから絶対においしいのに…残念。
「はい、哲どうぞ。ゆっくり食べてね」
哲に最後フレンチトーストを渡してから私はゆっくりと後片付けを始める。
そして、肝心なドリンクも15時前には完売してしまった。
本当に忙しかったけれども…大成功な企画だった。
「疲れたでしょう?少し休んで?」
家庭科室に入った私は恵美ちゃんに椅子に座るように言われる。
確かにお昼と食べるタイミングを逃してしまって…少しお腹がすいている。
「ご褒美として…少ないけどどうぞ」
恵美ちゃんはコーヒーとパウンドケーキのはじっこをくれた。
「いいの?お金は?」
「私のおごりよ。今朝頑張って下拵えしてくれたから私達楽できたんだから」
恵美ちゃんの好意に甘えて私はパウンドケーキを口にする。
「やっぱり…おいしい。それで…ちょっとショック」
「真美…それは否定しない。でも諒君は食べないんでしょ?」
「そう、専らお菓子は作る人だそうよ」
「来年は家庭科部の助っ人にお願いしようかしら?」
「先輩、そうしましょう。それはいいかもしれません」
今年の文化祭がまだ完全に終わっていないのに、来年の事を話している私達だった。




