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一章:Act.1


というワケで日常編です。



そして、その少年は今――





きしり、と留め具を静かに軋ませドアが開く。


目標は築く様子なく、ぐっすりと眠っている。


侵入者は薄暗く、しんみりとした部屋に一歩を踏み出す。


一歩。


また一歩。


慎重な足取りで、足音をたてずに、ゆっくりとベッドの上の目標に近付く。


侵入者の両手には鈍く光る獲物が二つ。左手には円盤状の鈍器、右手には先にカップのついたスティック、両手にしっかと握っている。


最後の一歩を踏み、目標の前に立つ。


目標の顔を覗き、寝息を発てているのを確認して、ニヤリと薄く笑う。


そのまま両手を上げ、獲物を振り上げ――










「起きろぉー―――ッ!朝だぞぉー――――――ッ!!」


両手のフライパンとお玉をけたたましく鳴らした。










~~~~


カンカンカンカンぶつかり合うフライパンとお玉の不協和音がオレの耳の中でつんざき、重い瞼を薄く上げる。


最初に目に入ったのは、天井をバックに、少年じみた笑みを顔に張り付けた長い髪をアップスタイルで結い上げた少女の顔。


鼻筋が通った中性的な顔立ちとそれとは少し対照的なキリッ、とした目。


子供のような無邪気さの中に、鋭い凛々しさに目を引かせる風貌。


普通に見れば活発系の美少女、といった印象だが、オレにはこの活発さは局地災害に等しかった。


不協和音で頭がおかしくならないうちに布団を押し退け身体を起こす。


ダルい。頭がぐちゃぐちゃしてるカンジ。


「おおぉ!よーやく起きたか!」


手を止めて公害狂想曲終了。


ねむぼったく開いた目で目の前の騒音ベートーベンをじとりと睨む。


「……もうちょっとフレッシュかつソフトな起こし方は無いんか」


「何を言う。お前が起きないからこの私が、わざっわざ起こしているんだ。イヤなら自分で起きる努力をしろ」


生意気にも高いでっぱりのある胸を反らして“わざわざ”の部分を強調して言う。


実際毎朝目覚まし時計をセットしているのだが、目覚ましが鳴る前にソレ以上に早く起きて来るのが光姉様その人なのだ。


突如、枕元がジリジリと鳴る。


今頃になって喧しく鳴る四角いプラスチックの目覚まし時計。


そんな寝坊助さんにポチリと上のボタンを押して黙らせる。


「……ただでさえ、昨日は突然の仕事だったてのに」


「ん?」


「なんでもないっての」


「そ・ん・な・こ・と・よ・りっ!ホーラホラホラ、早く起きて私の朝ごはんをつくりましょー」


窓のカーテンを開け、朝日の陽光を部屋に入れながらオレに笑いかけた。


快活な笑顔だが、オレにはムカつく笑顔だ。


瞼を擦って楕円形のシルバーフレームの眼鏡を掛ける。


布団から足を出して床に付け、起床した。


~~~~


朝六時。




光姉を部屋から追い出し、学校の制服に着替える。


起きてすぐに制服を着るのは、眠くても二度寝しないためだ。


顔を洗って歯磨きを済ます。


オレは常に自分のリズムを大切にする質だ。リズムは人生を円滑に運ぶ。


リビングに行くと、テーブルで叔父が新聞を広げ、紙面を見詰める。


長い髪をくくり、極度の痩せ型に少し猫背気味の脊、持病持ちのように不健康な印象が見受けるがこれは生まれつきらしく、大病を患っているとか、そういうのは全く無い。


そんな風貌で、名前は秕木春樹(ハルキ)という。


「おはよう、遠夜君」


新聞を下げて遠夜を見る。


「叔父貴……起きてたんだったら光姉の蛮行を止めてくれよ」


「私も今しがた、光君の鐘の音で起きてきた次第でね。私の部屋の場合、遠夜君の部屋からだと鐘の音が若干緩和されてちょうどいいくらいになるんですよ」


「そりゃまた棚ぼたな事で……」


オレは、納得のいかないように眉をひそめた。


台所に向かい、早速家族五人分の朝食の支度をする。


朝飯と昼食はオレの担当。母はいない。死んでいない訳でなく、ただ単にとある事情で家にいないだけの話だ。


秕木家では一番上の姉が家事全般を取り仕切っている。


オレの病弱さを心配して、一番上の姉が朝も取り仕切ると言うが、低血圧の姉貴に朝の台所を任せる事ほど、危険な事は無い。


寝ぼけ眼の姉貴が握っていた出刃包丁がいきなり出て来た黒光りする生きた化石目掛けて襟足を通過した時点でそう直感した。つーか、Gを始末すんのに調理器具を使うな。


「……」


ふと、台所に吊るされた鏡を見る。


そこには、線の細い、中性的な顔立ちの少年がいた。


シャープな顎と目鼻立ち、艶のある顎までのセミロングの黒髪、切れ長の目とその上に楕円形の眼鏡が掛けられている。


我ながら、女気が強い顔立ちだと心中で嘆く。


自分以外の姉弟が女ばかりな所から家は母親の血が濃いのだろう。オレはそう考える。


エプロンを着けて、食材を取りだそうと冷蔵庫に目を向けると、一枚のメモが冷蔵庫の戸にマグネットで止められていた。


『焼き肉定食一丁!by麗しの姉 光』


「……」


無視して鮭の切り身を取り出す。


「っておぉぉいっ!」


いきなり暴れん坊お姉様が階段を駆け降り、途中で思い切りジャンプして、がに股で襲来。


着地の衝撃で足が痺れたらしく、膝を抱えて踞る。


「光君。階段は静かに降りなさい」


「うー……」


パッと立ち上がり復活する光姉。


「そんな事より貴様、ソコのメモに焼き肉定食一丁って書いてあるだろ」


ビシリ、と冷蔵庫のメモに指差す。それに目を向けて確認。


「確かに」


「確かに、じゃない!何故お前は牛の肉ではなく魚類を出す!」


「朝から焼き肉なんてキツいだけだろ」


「キサマの感想など、それこそどうでもいい!」


「何処まで暴君?」


腰を折り曲げてテーブルに身を乗り上げ、ずびしと指を座す。


「どうするんだ!朝は肉だと期待して早起きしたこの行き場の無い活力を!夢に破れたこの絶望を!二度寝しようにも眠気など吹っ飛んでしまったぞどうしてくれる!」


「知った事か」


「はぅ……」


抗議を軽くはね除けられ、身を縮込ませる。オレはそれを冷めた目で見詰めた。


「春樹叔父さん!」


「私はあまり肉は食べない主義です」


「あう……」


「いいからおとなしく待ってろ」


「……」


うー、と唸りながらオレをにらみ、黙り込む。


少し間を置いて、テーブルを回り込んでオレの目の前に立ち――


「バカっ!」


と、背伸びして手を目一杯上げ、べちり、と手刀を頭頂に食らわせる。


そしてすぐにテーブルを周り、自分の席に座って頭を伏せて項垂れる。


「可愛いものじゃないですか」


無責任に叔父貴が言う。


鍋に向き直り、出し汁にお玉で掬った味噌を溶く。


(……やれやれ)


手間の掛かる姉貴だ。そう心中で呟きながら、オレは溜め息混じりに調理に集中する。~~~


「んにゅう……」


手の甲で目を擦りながらパジャマ姿の少女が階段から降りてくる。


自分の身長一つ半低く線の細い、か弱げさな雰囲気が浮きだつ。緩いウェーブのかかった髪を二房に纏めた、固い表情の目立つ美少女だが、瞼が重たげに下がり気味だ。


秕木美星(みほし)、オレの妹で秕木家の末娘である。


「何だ、夜更かしか?美星」


「……一々五月蝿いのです。兄様」


じとりと半開きの目で見つめてくる。


「それと朝はおはようが常識です。もう一回やり直しです」


「ハイハイ、おはよう」


「それで良いのです」


言い終わると、満足した顔で洗面所に向かう。


ジャバジャバと水が跳ねる音が聞こえる中、台所でオレは下拵えをした鮭をコンロに並べる。


「あーうー……」


テーブルに突っ伏す光姉。


未だにご愁傷の様子。


「叔父様、コレどうかしたのですか?」


実の姉をコレ扱いしながら美星が戻り、テーブルのイスに座る。


「いつもの事ですよ」


「……美星よ。もしお前が妹属性の萌えキャラだと言うなら私を慰めろ」


「……突発的過ぎでよくわかりません」


「意味がわからないか。クッフフフフフ……ならば教えてやる」


ゆらりと奇妙なモーションで大袈裟に起き上がる。


そのまま寝てりゃあ良いものを。


「美星よ。今の君のフォルムを見てみたまえ」


イスから立ち上がり、押し付ける様に美星に指を指す光。


ウェーブのツインテール。


少しブカブカのパジャマ。


抑制されたような目。


「君はツインテール、おとなしっ娘、そして妹と言う三種の神器を持っている。喜べ、源義経でさえ集められなかった三種の神器だぞ」


いや、ソレとコレとはレベルがかなり違うような気が。


「そして、妹属性には必ず持っているスキルがある。それは――」


光の目付きが厳しくなる。


「――ブラコン、もしくはシスコンだ」


「……?」


ハテナマークが出るかのように首を傾げる美星。


眠たげなので表情はあまり変わらないが。


「そう、愛でられるキャラとはその本人が愛でられるような愛情表現があってこその愛だ!いわばギブアンドテイク、愛とは等価交換故の錬金術の産物なのだよ!それが、世界の真実だと、そう思っていた……」


「すでに過去形じゃねーか。そう思っていたって」


てゆーか、恋もしてない奴が愛のなんとやらをエル〇ック弟風に語るな。


そんなコンビニのレジ的な愛なんて俺は願い下げだ。


が、目の前の演説中お姉様は聞かずにさっさと脊髄反射的穴ボコ自己理論を熱弁する。


「つまりだ。その理論に乗っ取り、お前は可愛がっていた弟に裏切られ、虐待され、傷心中のお姉様を慰める義務がある」


「暴行を受けたのはオレの方なんだけど」


あのチョップ意外と痛かったぞ。


だが、光姉はそんなのはやっぱ無視。


「さぁ、今までの私がお前に捧げた愛の代価として、この傷付いた心を癒して貰おうか。さぁ、払うもんチャッチャと払ってもろたろかい」


ざーとらしく舌を巻いて愛の(?)脅迫。


そんな唯我独尊お姉様に美星は――


「謹んでお断りします」


「あふあっ!?」


抑揚の無い目で姉の恐喝をはねのける美星。


「人間関係を簡略化するなど、愚の骨頂なのです」


お、大人な発言。


我が妹も知らぬ間に大き……。


「ギブ&テイクなど、所詮はプラスマイナスゼロではありませんか。人間ならプラスを追求すべきです。思考を巡らせ、奸計に嵌め、全てをもぎ取る。今はそのぐらいの心掛けが必要な時代なのです」


いつの間にかいやな大人に。


「光姉様。あなたのソレは古い思考です」


「なっ!?」


「時代を鑑みていない、閉鎖的で退廃的な考えです」


「あひっ!」


「そのような価値観では時代を切り抜けられません。時代に取り残されるのがオチです。極端な脳が入ったその頭ごと取り替えることをオススメします」


「う……」


丁寧にズバズバと言われ、後ずさる光姉。そして……


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~ん!!!!」


遂には大泣きして、俺の足の腿にしがみついた


完全に論破した美星は満足げな表情で胸を張ってる。つか小学生に論破されんなよ高校生。


「美星がぁ、美星がいじめるぅ~~~~~~う」


……。


さて、弁当を作らなきゃ。


~~~


只今七時丁度。


朝食も作った。


弁当も我ながら完璧。


光姉も美星も起きた。


さて、問題はこれから。


階段を上がり、すぐ右手前の部屋。


ドアを開けて薄暗い部屋に入る。


「……!」


思わず息を呑む。


「ん……」


カーテンから零れる陽光が薄く照らすベッドの上には、タオルケットをかけてぐっすりと眠る美女。


やや寝相は悪いが、その寝姿は童話の眠り姫に例えても遜色は無い。


ピンクのネグリジェに身を包み、扇状に広がった亜麻色のふわりとした長い髪の上に背と腰に乗せて、繊細な肌で構成された、気品のある顔立ちが、無防備過ぎる寝顔を見せる。


薄いベール越しに見える、緩やかな曲線の引き締まった肢体はとても艶めかしく見え、普段の清楚さからは想像出来ない官能的な面を感じざるを得ない。


その上には繊細な白から、ほんのりピンクに上気した胸元。それの見事な谷間に視線を釘付けにされる。


今まさに色気に満ち溢れた眠り姫がここに降臨した。


「ゆ、優月(ゆづき)姉、そろそろ起き……て」


オレは頭を思い切り横に振って雑念を払う。欲望を必死に抑えながら、眠り姫に恐る恐る手を伸ばす。


「んん……」


「ヒギぃッ!?」


寝返りを打たれ、仰向けの胸を指す指先に、揺れるたわわな双子の丘、イヤ、既に山の領域に至っているモノが突如出現。


そう、後少し手を伸ばせば、あのマシュマロ連山雪景色が――!


って、ちょっとまて。


いやいやいやいやいや、落ち着けオレ。幾ら思春期真っ盛りなリビドーを抱えたオレが、こんな危険なモノを目の前にしたからって、相手は実の姉だぞ。


明らかにヤバいだろ確実に!


と、言いつつも、目線が行ってしまう自分が悲しい。


つか、オレはドンだけ自分の実姉をエロく見てんだ?


読者狂の悪癖にオレは頭を痛める。


ええい、まどろっこしい。サーッと起こしてサーッと下に行けばいいんだ。暴れるなオレの心の獣!


オレは湧き出る醜い欲望を抑えながら恐る恐る優月姉の肩に手を掛ける。


「優月姉!早く起きてく――」






その瞬間、目の前に蒼空が広がった。


雲一つ無い青一色に、小鳥達が生き生きと翼を羽ばたかせていた。


そうか――オレ、鳥になったんだ。


あの大空を翔ける、人間の誰しもが夢見た、空を飛ぶための形に。


待って来れ、オレも連れてってく――


―――

――



ドシン、と鈍い音が響いた。


「んん……?」


ゆっくりと瞼を開け、細い体を起こして伸びをする。


秕木優月。


秕木家姉弟の長女で一番上の姉だ。


「……?」


振り返ると、カーテンを開けたわけでもないのに、窓から陽光が目一杯入り込んでいた。


いや、それどころか窓ガラスすら無い。

カーテンは風ではためき、窓ガラスは叩き割られて散々に破片が散っていた。


「何これ……?」


ベッドから足を下ろして破片を避けながら窓に向い、窓から外を覗き込む。


日の光に瞼を半開きにしながら周囲を見てみる。


そして下を見てみると……


「――遠夜っ!?」


そこには、逆さまになって頭が完全に地面に刺さった秕木遠夜の体が生えていた。


「ちょ、ちょっと大変!遠夜が!遠夜がぁ~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」


秕木優月。


才色兼備で完璧で、寝相で人も殺れる秕木家長女。



「本当にごめんなさいね。遠夜」


「もういいよ、優月姉。いつもの事だし。」


半分、洒落になんないけど。


だけど、悪いのは姉さんじゃない。悪いのはいつもの事なのに、揺れる山に負けて、油断したオレが悪いんだ。


「大丈夫?本当にもう痛くない?」


優月姉が心配そうに、俺の顔を覗き込む。


こう心配されて、悪い気はしない。ってゆうか、優月姉だと結構嬉しい。


「大じょ……」


大丈夫と続けて言おうとした瞬間、下を向くと、リボンを結ぶ前の制服の胸元から微かに覗ける小山の麓の谷間。


微かに覗けるそれはおおっぴらに見えるのは別の方向性で何か、その……。


って、駄目だ駄目だ。さっき痛い目にあったばかりだろ。


「……」


と、美星が物言いたげな顔で見ているのに気付く。


何やら目つきが少しじとりと厳しい。


「……美星。どうかしたか?」


「兄様。目つきがエロいです」


「お前、妙な言葉のレパートリーが豊富だな」


「そんな事はどうだっていいのです。兄様はアレですか?姉を姉と思えずに異性としか感じ取れない異常性癖者ですか?それとも危険な恋愛に手を出して溺れるマニアックな趣味の方ですか?どの道あなたは変態です」


「美星、学校で国語を教えている先生の名を教えてくれ。今すぐ地獄巡りが出来るようにさせて来るから」


そいつが源泉かどうか知らんが、子供に正しい言葉を教えるべき国語教師の庇護の元にありながら、教師がちゃんと悪い言葉と良い言葉の分別を教えないのは職務怠慢だと思う。


「――私だって、後五年位すれば、恐らくは……」


ぼそりとした呟き。


「へ?」


「何でもありません」


「お、おお……」


……一体何だってんだ?


「とりあえず、オレは大……」


「大丈夫だって。我らが弟は鍛えられてるんだから」


このアマァ。


「光、そんな風に遠夜をいじめないで」


「へーい」


弟への労いを知らない光姉は優月姉に軽く叱られ、だが反省の色を見せない光姉。


おっと、ご飯並べなきゃ。


「あ、お魚。やっぱり朝はお魚よね。DHAが豊富で、軽く食べられて朝はやっぱりご飯と味噌汁とセットでこれよね。流石遠夜、私の弟」


並べられたメニューを見て、手を合わせてホワホワとした柔らかな笑顔で褒める優月姉。


やっぱりこんな風に喜んで食べてくれる人が居ると料理も楽しく思える。


光姉が怨みがましい目で優月姉を見るが無視する。


これが一般論だ。


「まったく、そんなんでパクパク食べるから、最近胸だけじゃなくて、胴回りも豊かになるんだよ」


ビキィ、


と何か硬いものにヒビが入る音がする。


覗いて見るとあら不思議。


優月姉の指が木製のテーブルに食い込んでいるのだ。


優月姉の周りの空気が液体窒素をかけたように一致に温度が低下する。


並々ならぬ空気の流れ。


感じるより先に、身体がソレを感じる。


光姉も事を察知してハッ、と口をつぐむ。


だが時既に遅し。


「……光」


「ハイィィッ!」


か細い声で妹の名を呼ぶ。


だが、全てを圧倒する何かが秘められている。


大量の冷や汗をかき、青ざめてびくつく光姉。


「人は誰しもね、触れてはいけない地雷を持ってるものなのよ」


にこやかな笑顔を光姉に見せる優月姉。


だけど目が全然笑ってない。


ヤバい、オレも直視出来ない。


美星も叔父貴も空気に耐えきれずにあさっての方向に顔を向ける。


「……すいません」


掠れた声で謝る光姉。


もう、それ以上をする気力は無いだろう。


「そう、ならいいわ」


戦慄の後の朗らかな笑顔が、張りつめた空気を緩ませる。


助かった。マジで。


だけど、標的となった光姉は未だに後遺症が。


「それじゃいただきましょうか」



「それじゃいただきますの前に、御祈りを――」


「いただきます」


そう言って、優月姉は比較的豊かな胸の前で手を合わせるのを狙いすましたように朝飯を始める。


「ちょ、ちょっと遠夜――」


「ゴメン、食事の前は必ずいただきますにしなさいとオレに神託がくだったんだ」


「そこまでの事?」


姉達はカトリック系の教徒だ。


食事前の御祈りは毎度の事なのだが……オレには少し憂鬱だ。


「――ロックだねぇ……我が弟、反抗期かい? 湘南純愛族張りに」


と、悪戯な笑みでオレの肩に腕をかける光姉。つか、なぜ鬼塚英吉の中学時代話が出て来る。


「でもそんなんじゃ反骨の遠夜君にはなれないぜ? そんな詰めの甘いようじゃパシりルートまっしぐらだ。ホンモノの漢に迂回したいならやっぱり、ここははっきりと言ってやるべきだ。ほら、勇気を出せ、漢を見せろ、踏み越えよっ!! ほら、姉貴に牝ブ――」


風切り音。


ヒュン、と軽い音と反比例した威力で優月姉が投げはなった箸が光姉の眼下を通過する。


光姉の前髪をくすぐって過ぎ去ったそれは、ステンレス製の台所に綺麗に突き刺さった。


「――光、遠夜に妙な事吹き込まないで」


「…………はい」


しばしフリーズしてか細い声で答える。


「遠夜」と、優月姉。


「私はね、ただ――」


「所で昨日、何で三人で夜更かししてたんだ?」


瞬間。


凍り付いた様に二人の姉と妹は静まり返る。


しばし沈黙。


「叔父貴、新聞読みながらご飯食べない」


「それもそうですね」


新聞をたたみ、いたってマイペースに茶碗を持つ春樹叔父さん。


「し、知ってたの……」


「まぁね」


凍結から一番始めに解凍したのは優月姉。


もう冷や汗ダラッダラ。


「バイトとは言え、夜なんだから程々にね」


「う、うん。わかったわ。大丈夫だから」

「美星も、夜遅くまで起きてちゃ駄目だよ」


「……ハイ」


「フッフッフッ……」


何故か、いきなり立ち上がる光姉。


「そんなに私達の事が知りたいか?妄想して煩悩ムンムンか?なーらーば、教えてしんぜよう。あれは昨日の晩だった―――」



―――――静まり返る満天の星空の下、平和に眠りに付こうとする秕木姉妹の下に、タリラン銀河惑星連合軍の第一連合師団の宇宙戦艦隊が我が家上空に飛来、突然の来訪者に驚く三姉妹に彼らは言った。彼らは私達三姉妹を〇ェダイの戦士としてスカウトしにきたのだった。こうして、三姉妹はアルザス帝国との宇宙戦争に巻き込まれて行く――



「おかわりです」


「ハイハイ」

差し出された茶碗に手を伸ばす。


「――って、聞けぇ!」


テーブルを箸を持った手でバン、と勢いよく叩き抗議。


「貴様、人に話を聞いといて堂々と無視とはいい根性だ。逆に見習いたい」


「話を聞かせてとは一言も言って無いがな」


てか、見習うんかい。


炊飯ジャーから小さな茶碗に白飯をしゃもじで装う。


にしても嘘つく為とはいえ、酷いなオイ。


ジョージの名作に失礼な。


「光姉」


「いきなり、ブッシュから棒になんだ?」


「使いにくくない?それ。まぁ、それは置いといて……一つ、気づいた事がある」


一息。


「姉貴の口から吐き出される物は二酸化炭素と余分な酸素、そして聞くに耐えない言動と、ウヒャホウ等の奇声だけだと言うことだ」


「実の姉に対してソレかっ!」


光姉の箸の先がブスリと自分の眉間に刺さった。

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