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短編集

おむすび

作者: ジェルミサ

以前某所に投稿していた作品です。


ちょこっとだけ内容変えました。



 最近、新しい友達が出来た。なずなちゃん。僕の家の裏手にある小さな団地に引っ越してきた。夏休みの始まる3日前に引っ越してきて、すぐに仲良くなった。夏休みの今、毎日のように一緒に遊んでいる。

「あっちゃん、ひぃちゃん、もうおる?」

 開けたままの玄関でお母さんに言いつけられた掃除をしていた僕の所に、なずなちゃんが駆け込んできた。ヒトミは朝起きられた時はラジオ体操の後そのまま僕の家に来て入り浸っているのが夏休みの日課だが、今日は起きられなかったのかまだ来ていない。寝坊は珍しいことじゃないから気にしない。

「おはよう。ヒトミはまだ来てないよ」

 僕の「おはよう」に挨拶を言い忘れたなずなちゃんは急いで言った。

「おはよう!」

 やけに律儀だ。

「あれ、何持ってきたの、それ」

「ピクニックに行くけん、おにぎり。あ、あっちゃんのお母さん、今日ね、うちら探検に行くけんね、お昼いらんっちゃけど」

 なずなちゃんは通りがかったお母さんを引きとめた。

「あらあら、そうなの。じゃ、アキラの分も何かお弁当作らなくちゃね」

 僕のお母さんはノリがいい。大抵の事には動じない。今も掃除機片手になずなちゃんと話していたが、掃除機を床に置くと、台所へいそいそと向かい始めた。なずなちゃんが後をついていく。

「お邪魔します。あんね、おにぎりでいいとよ。なずのもおにぎりだけやもん。なずね、今日のは自分で作ったとよ」

と、なずなちゃんは長いおさげをゆらして笑った。

 なずなちゃんは名前の通り、どことなく雑草のようにたくましい女の子だった。一人で楽しい事を見つけて、そこに向かって爆走していくタイプ。そういう女の子を僕は昔から一人知っていて、その子の他にもそういう女の子がいるって事に、地球の大きさを感じていた。もしかしたら、沢山いるのかもしれない。



 さ、後は玄関前に水を打てば掃除も終わりだ、という時、やっとヒトミがやってきた。

「アキラ、なずな来てる?」

「おはよう。来てるよ。今はお母さんと台所にいる。やっぱりおにぎり持ってきたの?」

 ヒトミの持っていた手提げを指差しながら僕が尋ねると、ヒトミは眉間に深いしわを寄せた。

「ハァ?!ちょっと、どういう事?なずな!持ってくるのは「おむすび」ってあんなに説明したじゃないの!!」

 玄関で怒鳴ったヒトミの元へなずなちゃんがにこにことやってきた。

「おはよう。分かっとうよ。やけん、ひぃちゃんだけが「おむすび」で、うちらはおにぎりば持って行くっちゃない。あっちゃんのお母さんね、おにぎりは俵型に結ぶタイプやったよ。作りよるのば今見よったっちゃん。ひぃちゃんがおむすびで良かったね。なずのもこれは全部おにぎりやもん」

「…私だけがおむすびでいいの?」

「全員が持っとったらわざとらしいやん?」

 ヒトミは大きな目でじっとなずなちゃんを見てから、大きく頷いた。訳が分からない。けれどそれは今に始まった事じゃなかった。二人は最初に口を聞いた瞬間からナゾ会話をしている。長年ヒトミの一番仲がいい友達をやってきた僕でもついていけない。

「で、どこに探検に行くの?」

と、僕が尋ねると、二人は揃って「バカじゃないの?」って顔で僕を見た。うぅ。何だよ。

「なず、ピクニックって言わんかったっけ?」

「あ、言ってた。でも、お母さんには探検って言ってたから」

「…そうやった?ごめん、それはウソやね。そうや、後で探検もしたら、ウソにならん?」

「そうね。上手く行けば探検もすることになるから、別にウソじゃないんじゃないかしら。私は親に遠足に行くって行ってきたし」

「そうなん?」


 夏休みに入ってから、僕はこの二人の女の子に振り回されっぱなしだった。別に僕は女の子と遊ぶのが特別好きというわけではない。男の友達も沢山いて、野球をしたり、川に魚を捕まえに行ったりもしている。じゃ、なんでこうやって遊んでいるかっていうと、この二人、というかヒトミが僕と遊ぶのが好きなのだ。

「だってアキラが一緒の方が楽しいんだもの」

って好きな女の子から言われて、嬉しくないわけがない。だから、僕はこうやってヒトミと遊ぶんだ。と、言っても昔からヒトミの遊びは僕にとっては時々遊びかどうか分からない微妙なものが多かった。

 ドッヂボールとか、サッカーとか既成の遊びならクラスの男子もヒトミが一緒でも仲間に入れてくれるけど、ヒトミが考えた遊びは最近僕以外は誰も付き合ってくれない。連中いわく「訳が分からないからムリ!」だそうだ。気持ちは分からないでもないけど、最後まで付き合えば中々面白い事が多いのに。そういう時、僕はこれこそ「遊び」じゃないかと思う。


「こっちよ」

と、なずなちゃんを先導するヒトミの後をついて行く。どこに行くのか最初は分からなかった。ヒトミが3丁目の鈴木さん家の角を右に曲がったら分かった。何だ、桜の公園か。

 暑いな。歩きながら僕は思った。夏だから当たり前だけど今日の日差しは特別強い。

「暑かねぇ。ここも夏なんかいな?」

と、なずなちゃんが言った。ヒトミも振り返った。暑いと思ったことは一緒だけど、その後言った言葉が分からない。僕の「?」って顔を「?」って顔をしながらなずなちゃんが言った。

「え、だって、夏やけん、暑いとは限らんやろ。夏だって涼しい時もあるやん。…そもそも夏ってなんかいなねぇ」

 なずなちゃんはまたヒトミにしか分からない言葉を言ったらしい。僕は何を言ってるのか詳しく問いただそうとしたのに、ヒトミは嬉しそうに言ったのだ。

「ここは夏よ。そして、今だわ」

 …もう、ほっとこう。二人で思う存分不思議な会話をしてればいいんだ。どうせ説明を聞いても僕には分からないと思う。全然かみ合ってない二人の会話。でも、お互い満足そう。もしかして、僕とヒトミも傍から見たらこんな感じなのかな。それってちょっと嬉しいな。すごく特別な感じがする。



 桜の公園は、春には桜が咲く公園だ。そのまんま。正式な名称は僕は知らない。中央第一公園、とか本当はちゃんとした名前があると思う。でも、ここは桜の公園だし、1丁目の遊具が沢山ある公園は遊具の一つからくもの巣公園と呼ばれている。この前くもの巣公園が実は「手島公園」という名前だったのをたまたま知ってびっくりした。

「手島公園で待ってるから!」

と、僕がクラスメイトに言っても、誰もくもの巣公園には来ないだろう。学校中に呼びかけても2,3人が来てくれるかどうか微妙。この辺の小学生なら間違いなく「くもの巣公園」の方が知名度が高い。



「ふわぁ、綺麗なとこやねぇー!広かー!!」

「そうでしょ。ね、こっちよ」

 なずなちゃんの手を引いて、ヒトミは走り出した。僕も後を追う。が、突然気になった。今日は別に僕がいなくても二人だけで遊んで良かったんじゃないか、と。

 開けた芝生の上で、ずい分早い時間のお昼を広げる。何だ、本当に遠足だな。が、二人の表情はやけに真剣だった。

「…やっぱり塩おむすびかしら?」

「…そうやね。あんまり色々ついてない方がいいっちゃないかいな。やけど、何かそれ、あんまり転がらんような形やない?おむすびやのうておにぎりみたいやん」

「だって、詳しく計画を話すと止められるでしょ。今日お父さんが有休だったの。これ、お父さんが張り切って作っちゃったのよ。私もなずなみたいに自分で作りたかったのに」

 なずなちゃんのおにぎりは、形こそ小さいが、色とりどりで感心した。薄焼き卵や海苔の洋服まで着ている。きっと普段からお家のお手伝いをちゃんとやってるんだろうな。

「これね、うめぼし。こっち鮭。こっちめんたい。あ、焼いたけんタラコか?まぁ、いいたい。こっち昆布で、これがおかか。ひぃちゃんもあっちゃんも食べていいけんね。お好きなのばどうぞ。全部おにぎりやけん」

 僕は関わるまい、と思っていたけど結局聞いてしまった。好奇心に負けたんだ。

「おにぎりとか、おむすびとか、さっきから何の話?結局同じじゃん。形だって僕のは違うけど、二人のはそんなに変わらないし。」

 二人は心底驚いた顔をして僕を見た。

「な、何?」

「言うとらんかったっけ?」

「アキラってば、何か分からないで来てたの!こんな暑い日にわざわざ?!」

 …ヒトミさん、ヒドイ。


 ヒトミ達は小学5年生にもなって、「おむすびころりん」を実体験しようとしていたのだ。そんな事できる訳がない。が、ヒトミの不思議な所は、「ヒトミならやれるんじゃないか」という気にさせられる所だった。

「上手く転がしたいのよ。もちろんネズミの穴の方角に。わざとやっちゃいけないって分かってはいるけど、多少演出しなくちゃ、ちょうど落ちるなんてありえないでしょ。

 私ね、最初にここに来た時、もしも今もまだネズミの穴があるとしたら、この公園だって思ったの。で、どうしても穴に行きたかったの。それ、昨日思い出してなずなに相談したら、なずなも賛成してくれたから」

「だって、なずが前に住んどったとこ、ネズミの穴があるとこげななかったもん」


 いや、ここにもないと思う。…うん、思う。でも、思うだけで断言は出来ないんだよな。



 とりあえず、実験だ!!僕たちはそれぞれおにぎりを食べながら、おむすびを転がしてみた。が、予想に反して、おむすびは転がらなかった。 草があるからか?そこで、ここはちょっと違うよな、と思われる道まで移動して検証した。いくらもたたないうちに、おむすびは砂やら石やら草やらで、どうしようもない状態になった。ちょっと前まで食べ物だったのがウソみたいだ。

「これはもう食べられんね」

 残念そうななずなちゃんに頷き、ヒトミはそれをそっと地面に置いた。おにぎり、いや、おむすびに向かって手を合わせる。

「食べられるものを食べられなくしてごめんなさい。でも、これでも食べられるのなら、食べられる動物にあげてください」

 ヒトミは泣かなかった。なずなちゃんがいたから。僕と二人だけなら泣いたと思う。真夏の桜の公園には今日は僕らだけしかいなかったのに、なずなちゃんがいたから我慢した。ヒトミは意外な所で負けず嫌いだ。



 とぼとぼと歩く帰り道、なずなちゃんが元気に言った。

「あれ、多分、ネズミが今頃食べよると思うな。何かそんな気がする。それか、夜中とかに食べるっちゃない?」

「…そうかなぁ」

 ヒトミはとことん元気がなかった。僕も慰めるために急いで言った。

「アリとかも嬉しいんじゃないかな!」

 あんまりにもヒトミがしょげているので、僕は桜の公園にネズミの穴がない事に腹が立ってきた。ネズミが今はいない動物だとしたら、ヒトミだって試してみたいと思わなかったんだ。今もネズミはいるんだから、穴くらい作っとけよ。で、その場所は桜の公園でいいじゃないか。ヒトミがこんなに悲しい顔をしないなら、それでいいじゃないか!


 ネズミの馬鹿! 


 転がる根性の足りないおむすびも馬鹿!




「明日は何ばして遊ぼうかねぇ。あ、明日はなず、歯医者に行くんやった。明後日遊べる?」

 ヒトミが頷いた。僕も一応頷いた。

「今度はなずがずっとやりたかった事ばやってみてもいい?」

 ヒトミが、顔を上げた。

「何?」

 なずなちゃんは照れた顔で笑った。

「明後日説明する。ね、もしもなずの家に泊まりにきてって誘ったら、二人とも困る?」

「え!」

 僕は答えに詰まった。ヒトミの家になら何度も泊まってるけど、他の女の子の家になんて泊まった事ないんだけど。第一、よく考えればなずなちゃんの家にもまだ遊びにすら行った事もないから無理じゃないかな。ヒトミの家は性別関係なしに、お泊りに関しては厳しくて、僕の家でギリギリだ。他の女友達の家にはまだ泊まりに行かせてもらった事はない。

「ん。分かった。じゃ、また明後日ね。あっちゃんの家に朝行くけん。バイバイ」

「バイバイ」

 走っていくなずなちゃんに僕らは大声でさよならを言った。明後日も面白い事が起きそうだ。それにしてもお泊り出来たとしたら、一体何をやらされたんだろう…。考えても分からないけど、なずなちゃんの言う事は何だか怖いような気がした。


くもの巣公園や桜の公園と子供に呼ばれている公園は福岡市に実在します。ものっそどうでもいい情報ですが…

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