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第29話「心臓の泉」


---


地下の空間は、予想以上に広かった。


階段を降りきると、五人は足を止めた。


そこは地下の巨大な空洞。天井は高く、壁は滑らかに研磨された岩肌。そして——照明がある。星脈の光が、規則的に設置された幾つかの結晶体から放出されている。古代の技術で作られた、永遠の灯だ。


その奥へと続く通路。真っすぐに。中央に。


「ここは」


リュカが呟く。ただならぬ空気が、この場所を満たしている。


五人は通路を進んだ。


壁には碑文がある。古代ファルネーゼ古語で。アリシアが読む。


「『星脈の結晶。七百年の眠り。世界の希望。ここに待つ』」


その言葉の繰り返し。永遠に。幾度も幾度も壁に刻まれた、古代の誓い。


通路の先に、更に大きな空間が現れた。


その瞬間、五人の呼吸が止まった。


地下湖だ。


水面が、七色に輝いている。ただし、泉とは比較にならぬ規模。その水は澄んでおり、底が見えている。


そして、その底に——


星脈の種子。


ただし、泉で見たものとは異なる。泉の結晶体は単なる保護膜。本体は、此処に。


巨大だ。拳大ではなく、人の頭ほどもある結晶体。その中には、星脈の光が脈動している。七色の光。それが、ゆっくりと、呼吸するように点滅している。


「生きている」


アリシアが声を失う。


識相で感知した。その結晶体は、確かに生きている。星脈の塊。純粋な星脈エネルギーの結晶化。そこには意志さえも感じられる。


「力が弱まっている」


レインが言う。風相で感知した星脈の脈動。かすかだ。七百年、眠り続けた結果。星脈の力は徐々に消費されている。


「どのくらい」


ノエルが問う。


レインは推察した。


「あと数十年。もしかすると、もっと早いかもしれない。このままでは、種子は消滅する」


絶望が、五人を包んだ。


すべてを賭けてこの場に来た。だが現実は、想像以上に厳しい。種子は消滅の寸前だ。


「目覚めさせるには」


マルクスが言う。


「七相の力が必要だ」


レインが答える。虚相を含む、全ての相。だが五人の中に、虚相を持つ者はいない。


「試してみましょう」


ノエルが言った。


五人は、地下湖へ進んだ。


水に浸かる。その冷感。濃密な星脈の作用。全身が反応する。


種子へ向かう。


底へ到達した時、レインは全力を解放することを決めた。


三相の力。風相、虚相の代わりに、彼が持つすべての力。水相ではなく、だが彼が同調できるすべての属性。


五人は一堂に、手を種子に置いた。


力が流れ込む。


六相分の力。風、水、地、炎、識、光。星脈の種子へ。


種子が反応する。内部の光が強くなる。脈動が速くなる。


「もっと」


レインが叫ぶ。


五人は全力を尽くす。脈路を限界まで拡張し、星脈を集約する。


種子の光は益々強くなった。もはや目を開けていられないほど。


だが——


完全覚醒には至らない。


六相では足りない。虚相がないことで、不均衡が生じている。古代の長がそうであったように。


レインの身体から、黒い光が放出される。


その光は、虚相ではない。だが彼の特異性。転生者としての、異質な力。


種子が再度反応する。その黒い光に同期する。


かすかに。わずかに。


種子が、目覚めかけた。


その輝きが、数秒。


そして——沈む。


種子の光は、元の弱さへ戻った。


五人は力を失い、底に倒れ込んだ。


---


時間が経った。


水面へ浮上した五人。浜辺のような岩場へ身体を上げた。


全員、消耗しきっていた。


脈路が熱い。星脈の過剰供給により、脈路が焼かれている。普通であれば重傷だ。だが星脈の濃密さが、同時に治癒を促している。


「足りない」


ノエルが呟く。


「あと一つ。虚相か、それに類する力が必要だ」


マルクスが分析を述べる。


「七相が揃わない限り、完全覚醒は不可能。古代からそうなっている」


レインは考えた。


虚相。存在と非存在。無を操る力。そんな力が、この世界に存在するか。


だが——彼自身は、転生者だ。虚相ではないが、世界の外から来た存在。既に虚相的な要素を持つのではないか。


それでも不十分だった。


「どうするか」


リュカが問う。誰も答えられない。


五人は、地下湖のほとりに座った。


種子は、相変わらず弱々しく光っている。七百年、待ち続けた。そして、あと一つの力を求めて。


その力が、どこにあるのか。誰が持つのか。


五人には、分からない。


ただ、時間が迫っていることだけは確かだ。


侯爵の追手は、確実に近づいている。そして侯爵の目的が何であれ、彼らの支配下に種子が落ちれば、世界は終わる。


「出発しましょう」


アリシアが言った。


「この地下空間をどうするか。侯爵に知られてはいけない」


マルクスが続く。


「泉のほうへ戻ろう。あそこならば、防御が可能だ」


五人は、地下から戻ることにした。


地下湖のほとりを後にする際、レインは一度だけ、種子を振り返った。


弱々しい光。七百年の待ち。


もし五人が失敗したら。もし侯爵に支配されたら。あるいは、もし虚相の力が見つからなかったら。


種子は消滅する。


そして世界の星脈は、徐々に枯れていく。死域が広がり、文明が衰退し、やがて人類は滅ぶ。


その可能性が、現実だった。


階段を上る。古い木の根元から地上へ。


エスキナの森は、相変わらず星脈に満ちていた。生きている。


泉を目指す。五人の足音は、地面を踏み鳴らす。


だが、その足音は。


別の存在にも聞こえていた。


森の奥から。別の足音。複数。


追手が来ていた。


その足音は、確実に近づいている。


五人は泉から出た。浜辺の岩場で、身体を拭く余裕さえない。すぐに装備を整えた。


「どのくらい」


ノエルが問う。


レインが風相で周囲を感知した。


「三百歩ほど。行進速度でいえば、数分」


それだけの時間が、五人の選択肢を限定する。


逃げるか。戦うか。隠れるか。


「古い防魔陣がある」


アリシアが言った。


「ここを中心に展開できます。古代のものですから、相応の強度はあるはずです」


それが最善の戦術だ。敵を迎撃するのではなく、防守する。古代の技術に身を委ねる。


五人は準備を整えた。


リュカが周囲の星脈を吸収し、その力を結晶体に流す。アリシアとマルクスが識相で古い術式を起動させる。ノエルは剣を握り、防衛の先頭に立つ準備をする。レインは風相で敵の接近を常に感知する。


足音が近づいた。


複数。精鋭の気配。これは、学院の学生ではない。実戦経験者たち。


森から現れたのは、ダリウスを筆頭とした、十人の術師集団だった。


その時点で、五人は既に防魔陣を完成させていた。


光の壁が立ち上がる。


古代の技術。七百年の時を超えた防御。


敵を遮断する。


ダリウスが力を込める。だが古代の技術は、その力を受け止める。壁は揺らぐが、崩れない。


その時間の中で、五人は決定を下した。


戦うのではなく、待つ。


種子の完全覚醒を待つ。


虚相の力が現れることを待つ。


その時間が、どれほど長いのか。あるいは短いのか。


誰にも分からない。


だが確実なことは、この戦いに勝つためには、新たな力が必要ということ。


マルクスはダリウスの言葉を思い出していた。


「侯爵は世界を救おうとしている」


その言葉の真実。その言葉の危険性。


すべてが、曖昧だった。


古い防魔陣の内側で、五人は待つことにした。


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