第27話「古代の森」
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光に満ちた建造物の内部は、五人の予想を超えていた。
壊れた石造の内壁。かつての精密な装飾は失われ、苔が生している。だが奥へ進むに従い、古代の文様が見えてくる。星脈を表す幾何学模様。それは複雑で、精緻で、一つの大いなる術式を表しているようだった。
アリシアが足を止めた。
「この文様。星脈の流れを規則的に制御する術式です。ここは——」
「星脈の調整所か」
レインが呟く。古代の守護者たちが、星脈の再生を試みた中心地。その痕跡がここに残っている。
だが建造物の外、森全体を見渡せば。
星脈の異常な密集が見える。通常であれば、星脈は大陸全体に均等に分布している。だが此処では違う。ここへと集約され、濃縮されている。
「意図的に星脈を吸い集めている」
マルクスが言う。
「外の世界の星脈を、このエスキナへ集めている。古い術式ですが——」
「種子を保護し、尚且つ再生を促進するための仕組み」
アリシアが続ける。七百年前、守護者たちはこれを作った。そして——今も機能している。
建造物の奥へ進むと、より大きな空間に出た。
天井は高く、星脈の光が直接降り注いでいる。いや——降り注いでいるのではなく、この場所そのものが光源だ。星脈が集約され、結晶化した痕跡。古代の術師が幾世代にわたって集めた星脈が、この空間に蓄積している。
「星脈の蓄積池」
ノエルが言う。戦士的な直感で、その場所の性質を理解した。
「種子の目覚めに備えるための」
リュカが続ける。
建造物を出た五人は、再び森の中へ。
進む方向は自然と決まった。星脈の流れに従う。アリシアが指し示す方向へ。その先には——より強く、より濃く、星脈が集約されている地点がある。
森は更に深くなった。
古木の根が地表を覆い、足場は不安定になる。だが歩くたびに星脈の光が強くなる。周囲の木々の発光は、もはや光源と言ってもいいほどだ。
そして——異変が起きた。
ノエルが突然身構えた。
「何か来る」
彼の戦闘感覚は正確だった。五人の前方から、何かが動いている。樹木の間を。素早く。大きく。
魔獣だ。
複数。少なくとも三匹。いや、四匹か。
森から現れたそれらは——外界の魔獣とは異なっていた。濃密な星脈に適応した、より強力な存在。その身体には星脈の光が直接作用し、通常では見られない形態をしていた。
一つは、通常のライオンよりも大きく、全身が青く光る獣。水相の星脈に適応した存在だ。
一つは、山犬のような大きさだが、身体から炎が放出されている。炎相に適応した化け物。
一つは、蛇のような生き物だが、地に這わず、空を浮遊している。地相の重力から解放された異形。
「来る」
ノエルが声を上げた。
四匹の魔獣が、一度に襲いかかる。
ノエルとリュカが前衛へ出た。ノエルは剣を抜き、炎を纏わせた一撃で炎の魔獣を抑える。リュカは水相の力で青い獣の動きを封じた。地相の蛇のような怪物は——アリシアが識相で精密に制御し、その動きを低速化させた。
戦闘は激しかった。
通常の魔獣戦とは異なり、相手は星脈の濃密さに適応している。五人の攻撃は効果を示すが、相手も即座に反撃してくる。
マルクスが光相の術を放った。まばゆい閃光。魔獣たちが一瞬、動きを止める。その隙を、リュカが使った。水相の力で、青い獣を地面に叩きつける。
炎の獣はノエルの連撃に耐えきれず、森へ逃げ去った。
蛇状の怪物は、アリシアの精密な制御により、動きを完全に奪われた。レインが風相の力で、その身体を遠くへ吹き飛ばす。
四匹目の魔獣は、最初から警戒していたのだろう。五人の様子を見ると、素早く森の奥へ逃げ去った。
「大丈夫か」
レインが五人の状態を確認する。
誰も重傷はない。だが消耗は激しかった。濃密な星脈の中での戦闘は、通常以上に脈路に負担をかける。
「こんなのが複数」
ノエルが息を整えながら言う。
「森全体に生息している」
アリシアが付け加える。識相で感知した周囲の生命反応。魔獣だけではなく、獣も多く存在している。あるいは、通常の獣もこの濃密な星脈に適応し、異変を遂げているのかもしれない。
五人は再び歩を進めた。警戒は高まっているが、目的地への道は逸らせない。
星脈の流れが益々強くなる。もはや光の中を歩んでいるようなものだ。周囲の景色が、星脈の光で浮き上がっている。
やがて、より大きな古代の建造物が見えた。
ここまでのものとは比較にならぬ規模。おそらく古代の守護者たちの統治中枢。そこに、古い碑文がある。
アリシアが読む。
「『ここは種子の守護者たちの里であった。古き術の継承者たち。星脈再生の盟約者たち。我ら、その志を後の世まで伝えん』」
守護者とは。
古代、星脈の大崩壊の時代に、唯一種子を守り抜いた者たち。七百年前、すべてが失われるかに見えた時代に、彼らは静かに、この里で種子を見守っていた。
「魔獣がいたのは」
レインが考える。
「保護の仕組みだ」
マルクスが続く。
「種子を守護するために、意図的に強力な魔獣を育成していた。外部からの侵入者を排除するための」
古い里。古い守護者たち。彼らは去った。あるいは亡くなった。だが彼らが作った仕組みは、今も機能している。
五人は建造物の周囲を慎重に進んだ。
更に奥へ。星脈の流れが最も強い方向へ。
古い建造物群を抜けると、森は開け始めた。空が見える。星脈の光で空が青く輝いている。
そして——
最奥の地が見えた。
巨大な古木に囲まれた円形の空間。その中央に——泉がある。
水面は静かで、七色に輝いている。それは星脈の光が水に反射した光。だが通常の反射ではない。水そのものが星脈を発光させている。
「あそこだ」
レインが呟く。
星脈の種子。古代の守護者たちが、七百年もの間、見守り続けた。世界の再生を祈りながら。
五人は、その泉へと向かった。
古木に囲まれた空間へ到達するまでに、さらに二匹の魔獣と遭遇した。
一匹は、通常のサイズの牛ほどの大きさの昆虫。光相に適応した金色の光を放つ存在。その硬い甲殻は、普通の攻撃では傷つけられない。
五人は連携で対応した。ノエルとリュカが正面から攻撃を仕掛け、その隙をアリシアが見極め、マルクスが光相の術を集約して甲殻を割った。
もう一匹は、蛇の一種だが、複数の頭を持つ異形。命相に適応している。その生命力の強さは驚異的だった。
この戦闘では、レインの判断が重要だった。風相を使って相手の動きを読み、五人に指示を出す。その判断の的確さは、これまでの戦闘で培われたものだ。
二匹の魔獣を倒した後、五人の疲労は極限に近づいていた。
だが——目的地は近い。星脈の流れが、強く指し示している。
古木に囲まれた空間。
その形状は、自然のものではなく、意図的に作られたものだ。おそらく古代の術師たちが、星脈の集約地を隠すために。
泉の水面が、青白く光っていた。通常の水ではなく、液化された星脈。それが、静かに脈動している。
五人は、その周囲に座り込んだ。
疲労に耐えながら、アリシアが周囲を調べた。
「構造があります」
彼女が言う。
「この泉は、単なる水ではなく。星脈の流れを一点に集約する装置です。人工的に作られた、古代の施設」
「種子を保護するための」
マルクスが続く。
その通りだった。泉の底で、かすかに光っているもの。結晶体。星脈の種子。
だが——それは本体ではない。それは、保護膜。本体は、さらに奥に。深く。地下に。
五人はそれを悟った。
この旅の本当の目的地は、更に奥にある。
だが、その前に。
一晩、この場所で休むことにした。
古木に寄りかかり、星脈の光を感じながら。
ノエルが言った。
「あともう少しだ」
その言葉に、全員が頷いた。




