第23話「決断の夜」
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学院へ戻る前に、五人は決定を迫られていた。
古代遺跡から学院への帰路。馬車の中で、彼らが知った情報は、単に学院の問題ではなく、世界そのものの運命に関わるものだった。
侯爵の計画。学院の装置。種子の存在。虚相の力。
それらのすべてが、複雑に絡み合っている。
「では、どうする」
ノエルが、率直に聞いた。
五人の前に、三つの選択肢が存在していた。
第一。大人に全てを託す。学院長、ゼノン、そして最終的には国家へ。情報を報告し、彼らの判断に従う。
第二。侯爵の計画を、現在直ちに阻止しようとする。学院の装置を破壊し、種子を起動させる機会を奪う。
第三。自分たちで深奥域へ向かい、種子を確認し、その力を理解した上で、侯爵の計画に対抗する。
三つの選択肢は、それぞれに利点と危険を含んでいた。
アリシアが、論理的に選択肢を整理した。
「第一の選択肢。情報を託す場合、政治的な判断が優先される可能性があります。星脈枯渇は、各国の利益に影響します。統一的な対応が得られない可能性が高い」
その通りだ。星脈会議でさえ、統一的な対応を取ることができなかった。
「第二。装置を破壊する場合、侯爵は他の手段を探すでしょう。一時的な阻止に過ぎず、根本的な解決にはなりません」
これも正確な指摘だ。侯爵の野心を挫くことはできても、星脈枯渇という根本的な危機には対応できない。
「第三。深奥域への調査。それは最も危険ですが、同時に、最も多くの情報を得られる選択肢です」
ノエルが続く。
「種子の存在を確認できれば、侯爵の計画を対外的に批判することができる。『より良い方法がある』という根拠を持つことになる」
「だが、無謀だ」
マルクスが、冷静に現実を指摘する。
「深奥域は、人類が未踏の地。瘴気が濃く、危険な魔獣が存在する。五人全員が生きて帰るという保証はない」
リュカが、その現実を受け止める。
「死ぬかもしれねえ。でも、ここで動かなきゃ、もっと多くの人が死ぬんじゃねえのか」
彼の直感は、本質を捉えていた。
星脈枯渇が進行すれば、社会全体が機能不全に陥る。飢餓。病気。混乱。その結果として、多くの人間が苦しむことになるであろう。
「では、提案があります」
アリシアが、慎重に言う。
「三つ、全てやるのです」
五人の視線が、アリシアに集中した。
「説明してください」
レインが、促す。
「第一。今、直ちに、学院長とゼノン先生に全ての情報を報告します。彼らに判断を委ねます」
「第二。同時に、学院の装置を完全に把握します。研究を深め、その破壊や制御が可能かを検討します」
「第三。冬休みを利用して、深奥域への調査を進めます。種子の確認と情報収集」
「三つを並行して進める」
ノエルが、理解する。
「各選択肢が、互いに補完し合う」
その通りだ。情報を報告することで、公式な対応の可能性を残す。装置の研究で、物理的な対抗手段を確保する。そして、深奥域での調査で、根本的な解決策を探る。
いずれかが失敗しても、他の二つが継続される。
マルクスが、それを承認する。
「その計画なら、無謀ではなく、『現実的な冒険』に変わる」
「それでも危険ですが、選択肢がありません」
アリシアが、現実を述べる。
レインは、四人の顔を見た。
リュカ。彼は、決意に満ちた表情をしている。
ノエル。複雑な感情を押し殺した、実務的な表情。
アリシア。論理的かつ冷徹。だが、その瞳には確実な意志が宿っている。
マルクス。彼が最も複雑だ。自分の父親ダリウスが、侯爵の計画に加担している。それを知りながら、なお行動することを選択する強さ。
「了解した」
レインが、決断を示す。
「アリシアの計画で進める。ただし、安全性を最優先とする。五人全員が生きて帰ることが絶対条件」
その言葉は、リーダーとしての指示というより、確かな約束だった。
「約束します」
アリシアが、回答する。
その夜、五人は学院に到着した。
学院長室での報告は、厳粛な雰囲気で進められた。
古代遺跡での発見。星脈の種子の存在。虚相の必要性。そして、侯爵の計画の本質。
学院長は、その全てを静かに聞いた。
彼の表情は、驚きではなく、何か確認的なものだった。
「星脈の種子のことは、私も知っていました」
学院長が、静かに言う。
「ただし、その詳細については、秘匿されていました。古代の大失敗。それを繰り返さないために」
「では、侯爵の計画について」
レインが、尋ねる。
「侯爵は、種子の存在を知りません。ただし、学院の装置については、その大まかな機能を理解しています」
学院長の返答は、複雑な政治的背景を示唆していた。
「侯爵は、それ以上の情報を得たいと考えている。だからこそ、ダリウスを使って、装置の調査を進めさせた」
「では、どうします」
アリシアが、直接的に尋ねる。
「三つの道があります」
学院長が、レインたちの提案とは別に、自らの判断を述べた。
「一。侯爵にこの情報を完全に秘匿し、彼の計画が実行されないよう、物理的に阻止する」
「二。侯爵と交渉し、種子の存在を明かし、より良い解決策があることを示す」
「三。種子を実際に起動させるという、より根本的な解決を目指す」
三つの道。それは、リスクの大きさの順に並べられていた。
「お前たちは、深奥域への調査を進めるのですね」
学院長が、確認する。
「はい」
レインが、肯定する。
「その調査に、全面的に協力します。冬休みの間、公式には『古代遺跡の研究』として、学院の資源を用いることを認めます」
学院長の決断は、レインたちに時間と資源を与えた。
その夜、ゼノンが五人を再度呼んだ。
飄々とした師匠は、古代装置についての、より詳細な技術情報を提供した。
「装置を制御する方法は、三つある」
ゼノンが、説明する。
「一。虚相の力による直接的な制御。だが、虚相の術師がいない」
「二。七つの相の力を同時に注ぐことで、強制的に装置を停止させる」
「三。装置の心臓部、結晶体を破壊する」
「第二の方法なら、俺たちで可能かもしれない」
ノエルが、可能性を見出す。
「七つの相。だが、お前たちは七つを揃えていない」
「ですが、複合的な方法があります」
アリシアが、提案する。
「五人が最大の力を集約して、学院内の他の術師たちと連携する。複数のグループが異なる相を担当し、同時に力を注ぐ」
それは、『複数術師による複合構築』を、装置の停止という目的に向けるものだ。
可能性は存在する。だが、実行には多くの準備が必要だ。
その準備の過程で、侯爵が動くかもしれない。
あるいは、深奥域での調査が先に結果を出すかもしれない。
「では、決まりです」
レインが、最終的な方針を示す。
「冬休みに深奥域へ向かい、種子を確認する。同時に、ゼノン先生と学院長は、装置の制御方法を研究する。さらに、マルクスは、父上の動向を監視する」
マルクスが、その役割を承認する。
四日後、出発の準備は整えられた。
冬の陽が、学院の塔を照らしている。
出発の朝、ゼノンが見送った。
「無理はするな」
ゼノンの言葉は、常に同じだ。
「だがお前たちにしかできないことがある」
五人は、その言葉を胸に、学院を出た。
リュカが、空を見上げた。
「冒険だな」
ノエルが、それに返す。
「死ぬかもしれねえ」
アリシアが、冷静に肯定する。
「死にません。計画通りにいけば」
マルクスが、付け加える。
「計画通りにいくことなど、めったにない」
レインが、それを受け止めた。
「だから五人で行く」
五つの星が動き始めた。
王都への道を離れ、彼らは深奥域への路へ進んだ。
その道の先に何があるのか。誰も、完全には知らない。
だが、五人は確実に動いていた。
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