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第20話「帰還」


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星脈会議の結果は、予想通り不完全なものだった。


王都の大広間で、五大国家の代表たちは三日間に渡って議論を重ねた。央域の星脈枯渇の現実は認識された。ファルネーゼの学院長も、北嶺の代表者も、東方の使者も、みな同じ危機感を共有していた。


しかし、その後は進展しなかった。


「星脈枯渇への対応は、継続審議とすること。各国は独自に対策を進めることを認める」


それが、最終的な決議である。


すなわち、統一的な行動は取らないということだ。各国が独断で動き、各国の利益を優先する。五大国家の根底にある不信感は、この瞬間も克服されなかった。


レインは、その不完全さに内心では納得していなかった。しかし、その不完全さこそが、現実であることも理解していた。


王都から学院への帰路。ゼノンとレインを乗せた馬車は、秋晴れの中を走っていた。


「会議の結果が、思わしくなかったようだな」


ゼノンが、外を眺めながら言った。飄々とした師匠は、レインの内面を常に見透かしている。


「各国の利益が相反する以上、統一的な対応は難しい。その理解はあります」


レインが、冷静に返答する。


「だがお前は、納得していない」


ゼノンの指摘は正確だ。


「納得と理解は、別です」


レインが呟く。


「そうだ。その差がお前の強さにもなり、弱さにもなる」


ゼノンは、身を乗り出して窓から外を見た。秋の雲が、空に浮かんでいる。


「このまま放置すれば、星脈枯渇はさらに加速するだろう。五年以内に、央域の星脈濃度は半減するかもしれない。人々の生活は、確実に劣化する」


「その通りです」


レインが肯定する。


「だからこそ、某かの力が動く。政治が動かぬなら、それを補填する別の力が」


ゼノンが意味深に言う。


その言葉の背景に、ハルヴェス侯爵の存在がある。侯爵の計画は、政治的には却下されるであろう。だが、侯爵が動く可能性は高い。


「侯爵は、星脈管理の一元化を目論んでいます。その権限を握ることで、枯渇に対処しようとしている」


「そして、その過程で古代装置を再起動させるつもりだろう」


ゼノンが続ける。彼も、侯爵の野望の本質を理解していた。


「学院を通じて、それを阻止する道もある。だが、時間がない」


レインが、歯が�さを隠さずに言う。


馬車が、学院の敷地へ入った。


その時点で、レインは違和感を感じた。学院全体が、何か不穏な雰囲気に包まれている。


いや、より正確には。


「星脈が……」


レインが、呟く。


学院の星脈濃度が、記憶の中よりも確実に低下していたのだ。


馬車が停まり、レインは素早く降りた。


学院長室への廊下を急ぎながら、レインは学院の各地点での星脈を感知していく。通常の濃度よりも二割以上低い。そして、その低下は均一ではなく、地下へ向かって加速している。


「何があった」


レインが、学院長室に進むなり言った。


リュカ、ノエル、アリシア、マルクスの四人が、そこに揃っていた。彼らの表情には、張り詰めた緊張感があった。


「ダリウスが地下封印区画で何かを起動させた」


マルクスが、沈着に説明する。


四人はこの五日間、ダリウスを監視していた。そして昨日、彼の活動が急速に活発化するのを目撃した。地下の装置を操作する痕跡。星脈濃度の急速な低下。そして、最終的には地下奥に何かが目覚めかけている状態。


レインは、その説明を聞きながら、複数の情報を統合していく。


星脈会議での侯爵の言及。「古代装置の掌握」。その具体的な手段は、学院の地下にあったということだ。


「地下へ」


レインが言う。


「待て」


ゼノンが、制止した。


「お前一人で地下へ行くべきではない。あれは、かなり危険な古代装置だ」


「だから、見に行く必要がある」


レインが、ゼノンの目を正面から見つめる。


「その通りだ。だからこそ、準備が必要だ」


ゼノンが指を弾く。学院長が、素早く現れた。


「学院長。封印が弱まっている。確認が必要です」


ゼノンが、権限を持って命じる。


学院長は、沈着に頷いた。彼も、事態の深刻さを理解している。


「五人で地下へ向かう。ただし、無謀なことは避ける。確認に徹する」


ゼノンが、指示を出す。


レイン、リュカ、ノエル、アリシア、マルクス。そしてゼノン。


六人が、地下へ向かった。


図書館の錆びた扉を開く。古い階段を下りる。懐中光を手に、星脈の流れを感知しながら、彼らは地下最奥へ進む。


地下第二層。古い書庫を抜けて、さらに奥へ。


そして、彼らは目の当たりにした。


巨大な古代装置。その周囲に刻まれた幾何学模様の魔法陣。そして、その奥に、さらに別の結晶体。


「これが……」


アリシアが呟く。


「古代術師たちが遺した、星脈管理の枢機だ」


ゼノンが、静かに説明する。


「大崩壊時、星脈の危機を察知した古代術師たちは、最後の手段として、この装置を建設した。星脈の流れを人為的に制御し、再生させるための仕組み」


「だから、侯爵はこれを手に入れようとしている」


レインが理解する。


侯爵の計画の全体像が、ここに見える。星脈枯渇という危機。その危機を利用して、古代装置を再起動させ、星脈管理を一元化する。その権限を握ることで、国家的権力を掌握する。


「侯爵はダリウスを使って、これを起動させようとしていた。それが星脈濃度の低下の原因だ」


マルクスが、静かに言う。


自分の父親が、その計画に加担していたということ。その事実は、マルクスの表情に静かに映っている。


「だが、まだ完全には起動していない」


ゼノンが、装置を見つめながら言う。


「封印はダリウスによって弱められたが、装置本体の再起動には、より強力な術式が必要だ。恐らく、侯爵本人の力が必要になるだろう」


「時間がある」


レインが、判断する。


「ただし、そこまで多くはない。おそらく、侯爵は数日中に学院へ来るだろう」


ゼノンが続ける。


五人は、その奥に眠るものを感知していた。ダリウスが昨日見たという、封印の向こうに目覚めようとしていたもの。


古代から眠り続けていた、何か。


「それは」


リュカが、指を指す。


奥の空間。そこに、かすかに光が見え始めている。


「分からん。古代の記録にも、その詳細は不明だ。だが、重要なのは」


ゼノンが言葉を切った。


「それは、装置と一体の存在だということだ。装置を動かす者が、同時にそれをも制御する。その力は、星脈枯渇と、深く関わっている可能性がある」


レインが、その意味を理解した。


装置の再起動。その先にあるもの。侯爵の計画の最終目標。


それらが、全て繋がっている。


「では、どうします」


アリシアが、静かに尋ねる。


レインは、五人の顔を見た。リュカの決意。ノエルの冷静さ。アリシアの論理性。マルクスの複雑な葛藤。


そして、ゼノンの飄々とした眼差し。


「三つ、やることがある」


レインが、言う。


「一つ。学院長に、この事態を報告する。対応を検討する」


「二つ。ゼノン先生に、古代装置についての研究を継続していただく。侯爵の計画を阻止する手段を探る」


「三つ。俺たちは、冬休みに深奥域への調査を進める」


その瞬間、五人の目に同じ光が灯った。


個々の決意が、一つに統合される。


彼らは、政治的な解決を待つのではなく、自分たちで行動することを決めた。


「深奥域。星脈の種子」


ゼノンが、呟く。


「その通りです。古代の記録にある星脈の種子。それがどこにあるのか、本当に存在するのか。確認する必要があります」


レインが言う。


「無謀だ」


ゼノンが、だが、笑った。


「だからこそ、お前たちにしかできない」


その夜、レインは兄セドリックに手紙を書いた。


『兄さん。星脈の枯渇について、更に深い問題が判明しました。対応のため、冬休みの間、学院を離れることになります。心配させてすまいません。ですが、必ず帰ります』


手紙には、詳細な説明は記されていない。だが、セドリックならば、その行間を読むであろう。


翌朝、五人は学院長と共に、この事態の対応を協議した。


結果として、対外的には秘密にされることが決まった。星脈枯渇の情報が漏洩すれば、社会的なパニックが起こる。侯爵の計画についても、確実な証拠がない以上、公式には対応できない。


ゼノンは、古代装置についての研究を深める。


五人は、冬休みに向けての準備を開始する。


装備の確認。地図の研究。深奥域への予備知識の習得。


短い期間の中で、彼らは着々と準備を進めていった。


この時点で、誰もが一つの真実に気づいていた。


これは、学院の問題ではない。


これは、世界の問題だ。


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