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第13話「星脈会議」


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春が深まった王暦九年四月初旬。セレスティア王都へと向かう馬車の中で、レインは窓の外へ視線を向けていた。


ファルネーゼ領からセレスティアへの道のりは三週間。五大国の中心部にして、最も古い文明の痕跡が残る王都。公式には「星脈会議」という名目だが、実際には各国の星脈術師と政治指導者たちが集まる、年に一度の盛大な集会である。


しかし今年は異例だ。


「本来であれば五年に一度の開催なのだがな」


ゼノン教授は馬車の向かい側に座り、手にした書簡を読んでいた。どの国からのものかは分からないが、その内容は明らかにゼノンの表情を厳しくさせていた。


「各地で星脈の異変が報告されている。カルドゥスの北部では鉱山の結晶産出が三割も減少。ソレイユの沿岸では魚の回遊ルートが変わった。ヴェルデでは精霊との連絡が途絶える地域さえ出ている」


ゼノンはゆっくりと書簡を折りたたんだ。


「君が警告した枯渇の兆候が、世界規模で現れ始めたということだ」


レインは返答をしなかった。数ヶ月前、ゼノンから聞かされた予測は決して楽観的ではない。央域の星脈が数十年以内に枯渇する可能性。その時に何が起こるのか、星脈術師たちがどうなるのか、文明がどうなるのか。それらはすべて未知の領域だ。


「先生は学院の代表として出席されるのですね」


「そうだ。そして君も同行する」


レインは顔を上げた。


「学術助手という名目でな。資料整理と記録係を担当させよう。君の観察眼があれば、表面的な議論では見えない本質が見えるだろう」


馬車は緩い坂道を上っていた。遠くに見える王都の輪郭がしだいに明確になっていく。高い城壁に取り囲まれた街。その上には王宮が聳える。権力の中心。政治の渦中。


レインはこれまで学院という限定的な環境で活動してきた。師と仲間たちに見守られた空間。しかし今、その環境を離れようとしている。


「仲間たちには何と伝えればいいでしょう」


「本当のことを言えばいい」


ゼノンは杖の先で馬車の床を軽く叩いた。


「君たちは危険に立ち向かう術者たちだ。その一人が一時的に別の道へ進むことを、彼らは理解するだろう」


レインは外の景色へ視線を戻した。春の日差しが大地を暖め、道沿いの樹々は新緑に覆われている。この季節、アストレイアの大陸は生命力に満ちている。しかし星脈という視点から見れば、そこには衰退の兆候が隠れている。


「星脈会議では、各国がどのような主張をするのでしょう」


「それが見物だ。カルドゥスは鉱山資源の喪失を前に、強硬な態度を示すだろう。ソレイユは交易路の維持に必死になる。ヴェルデは精霊との関係が揺らぐことに恐怖を感じている。アリダは軍事的な安定を求める」


ゼノンは白い髭を撫でた。


「そして五大国の均衡を最も重視するのが、我がファルネーゼだ」


「各国の利害が対立すれば」


「解決策は見つからず、政治的な妥協が生まれるだけだ。あるいは、誰かがその状況を利用して権力を集約しようとするかもしれないな」


その言葉の中に、ハルヴェス侯爵への警告が隠れていることをレインは感じた。侯爵は現在、ファルネーゼ王国の有力貴族である。そして同時に、学院に影響力を及ぼそうとしている人物でもある。


セレスティア学院に戻ったとき、レインは仲間たちを訪ねた。


リュカは情報部での業務中だったが、すぐに合流してくれた。彼はレインの話を聞くと、眉をひそめた。


「一人で行くなって。危険なんだろ?」


「星脈会議は各国の重要人物が参加する公式な場だ。身体的な危険はない」


「そういう問題じゃんでしょ」


リュカはしばしば言葉が乱れる癖がある。感情が高ぶると、それが顕著になった。


「レイン、あんた前から独りよがりなとこあるんだ。大事な場面で勝手に決断する」


レインはそれを否定しようとしたが、事実を否定することはできない。セドリックとの対面、ノエルの故郷での決断、そのどれもが一人で決めたものだ。


「一人じゃない。ゼノン先生がいる」


それが答えだった。リュカはしばらく沈黙していたが、やがてため息をついた。


「そっか。ゼノンさんか。それなら……まあ、大丈夫か」


ノエルはさらに直率だった。


「行け。お前が見るべき世界だ。学院に帰ってきたら、思いっきり殴ってやるけどな」


アリシアは複雑な表情を見せた。


「政治の中枢に関わることになります。アルヴェスのご身分なら、自分たちとは異なる立場を求められるかもしれません」


「それでも行く」


「分かりました。ゼノン教授を信頼してください。あの方は……複雑な局面で本当に頼りになる方です」


マルクスが申し出たのは、その翌日のことだ。レインを学院の庭園に呼び出し、他の者たちの目が届かない場所で話しかけた。


「俺がダリウスを見張る」


レインが首を傾げると、マルクスは続けた。


「お前がいない間、あいつが何をするか分からない。学院にはゼノン教授がいないから、油断する可能性がある。それにお前の不在を利用して、何か企てるかもしれない」


「ダリウス・クレインですか」


「ああ。あいつは父親の手駒だ。それを忘れてはいけない」


春の庭園は静寂に包まれていた。花々が咲き誇り、蜜蜂の羽音が聞こえる。しかしそんな平穏さの中で、マルクスの声は冷徹だった。彼は自分の父親がどのような人物であるかを、誰よりもよく知っている。その経験から出た言葉の重みはレインの心に響いた。


「ダリウスの目的は何でしょう」


「お前を除外することだ。お前が学院の中で重要な位置を占めていることに気づいてる。ゼノン教授の信頼も厚い。そういうお前を排除するためには、お前がいない隙をついて学院内の秩序を揺るがすのが効果的だ」


マルクスは腕を組んだ。


「それにもう一つ、地下の封印区画の件がある。あの場所へのダリウスの執着は異常だ。ゼノン教授が制止したとしても、完全に諦めたわけではないだろう」


レインはマルクスの言葉を受け入れた。ダリウスは確かに問題だ。ゼノンが地下封印区画で彼を止めようとしたときのことを思い出す。あの時の威圧感、あの冷淡な瞳。彼は学院の表面的な秩序には従わない。より大きな目的のために動く駒なのだ。


「頼みます。そして……気をつけてください。彼は危険です」


マルクスは静かに頷いた。


「心配するな。お前こそ、王都で道を誤るな。あの場所にいる大人たちは、お前たちが学院で相手にしている人間たちと違う。もっと冷酷だ。もっと計算高い」


レインは言葉もなく頷いた。マルクスは一度息を吐き、視線を遠くの城壁へ向けた。


「父親は、お前が学院にいることを不快に思ってる。そのことは察してるだろう」


「何故ですか」


「お前がゼノン教授の弟子だからだ。そしてお前が、自分の血族を超えた場所で影響力を得ようとしているからだ。父親のような人間にとって、血族を超えた忠誠は脅威でしかない」


マルクスの目には深い洞察があった。彼自身が父親の支配から逃げ出し、学院で新しい道を見つけた人間だからこそ、そのことが分かるのだろう。


「王都では、そういう論理が全てを支配する。権力、血統、派閥。これらの要素が複雑に絡み合う。その中では、正義や誠実さといった概念は通用しないかもしれない」


「それでも行く必要があります」


「ああ。お前はそういう奴だ」


マルクスは微かに笑った。


「なら、ゼノン教授を信じろ。あの方なら、その渦中でお前を守れる」


馬車がセレスティアの城門をくぐるとき、レインは後ろを振り返った。友人たちの顔はもう見えない。しかし彼らの言葉はレインの心に深く刻まれている。


王都の石畳は冷たく、空気は異なっていた。ゼノン教授は前を歩み、その後ろをレインは静かに追った。


学院外へ。政治の渦中へ。


一人ではなく、ゼノンと共に。しかし同時に、新しい世界へ踏み出す一歩となる。


レインは深く息を吸った。前世での経験を思い出す。商社の役員として、国際交渉の場に立った自分。権力の流れを読み、利害を調整し、決定を導いた自分。


その時の視線を取り戻す時が来たのかもしれない。


馬車は王宮への坂道を上っていく。


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