第12話「ダリウスの罠」
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ダリウス・クレインが、古代装置の封印に接近する瞬間は、想定よりも速く訪れた。
アリシアの識相での感知によって、その動きが察知されたのは、深夜のことだ。
『地下通路で、異常な星脈干渉。ダリウスが封印区画に向かっています』
アリシアからの精神的な通知を受けた時、レインたちは学院の寮から地下への秘密経路を使って、その場へ向かっていた。
古代装置が封印されている地下施設。そこへは、正規のルートでのアクセスは、学院の最高首脳部に限定されている。だが、かつての出来事を通じて、レインたちは秘密の経路を知ることになっていた。
暗い地下通路を走る。リュカが先行し、ノエルが護衛的に両サイドを警戒する。アリシアの識相が、次々と経路を示す。マルクスが後方から、万が一の際の支援を準備していた。
数分後、レインたちは古代装置の封印区画に到達した。
そこで、ダリウス・クレインは、確かに封印の一部を操作していた。
彼の両手には、淡い光が灯っていた。光相の術式だ。その光が、封印に施された符号を少しずつ無効化していく。
その様を見た時、レインは確信した。
ダリウスは、古代装置に関する知識を、相当に持っていたのだ。初心者ではなく、この分野に深い造詣を持つ人物が。
「ダリウス」
レインが声をかけた。
ダリウスは、手を止めることなく、振り返った。その表情には、驚きはなかった。むしろ、期待していたかのような落ち着きがあった。
「ああ。レイン・アルヴェス殿。そしてお仲間たちですか」
彼の言葉には、何かの皮肉が混じっていた。
「ここでお会いするとは、興味深い」
「封印を解除しようとしていたのですか」
レインが問うと、ダリウスは微かに笑った。
「いいえ。『調査』をしているのです。学院の正式な権限の範囲内での」
その言葉に、反論の余地はない。表面上は、彼は正当な権限を持ってここにいるのだ。学院の施設を調査するという名目で。
「何を調査しているのです」
アリシアが問う。
「古代装置についての学術的な調査です。そして、学院がこのような危険な施設を秘密裏に管理していることについての、確認」
ダリウスが答える。
「この情報は、当然のことながら、貴族院に報告されるべき重要な事項だと思われます」
その瞬間、レインは理解した。
ダリウスの真の目的は、古代装置の奪取ではなく、その存在の暴露だったのだ。学院が秘密裏に古代装置を管理しているという事実を、公然とすることによって、ハルヴェス侯爵は、学院に対する政治的な圧力を強化することができるのだ。
「ダリウス。お前は、あの装置のことを何も知らない」
マルクスが前に出た。
その表情は、蒼白だった。だが、その中には、確かな決意が込められていた。
「あの装置は、古い古い過去の遺物。この世の危機をもたらす力を持つもの。それが学院で秘密裏に封印されているのは、世界の平和のためです」
「若様。お言葉ですが」
ダリウスが返答した。
「世界の平和のためなら、なおさら、その事実は公開すべきではないでしょうか。秘密は、いずれ暴露されます。その時の混乱を考えると」
「それは、お前たちの知識不足による結論だ」
ノエルが言い放った。
「そのような形で暴露されたら、本当に世界は混乱する。その混乱の中で、力を持つ者たちが装置を奪い合う」
「だからこそ」
リュカが続ける。
「秘密にしておく必要があるんじゃん。それまでの間に、俺たちが対策を講じる」
ダリウスは、複雑な表情をした。その表情は、何かの感情が動いたことを示していた。
「お前たちが対策を講じる?」
彼の言葉には、疑問が込められていた。
「貴君らは、何をするつもりですか」
その時、別の足音が聞こえた。
ゼノン教授が、学院の護衛兵たちを引き連れて現れたのだ。
「ぬぅ。ダリウス。お前が『調査』の名目で、ここに来るであろうことは、予想がついておった」
ゼノン教授の飄々とした表情が、何かの策謀を示唆していた。
「実は、この施設への出入りは、すべて記録されているのだ。そして、この若き彼らが夜間に出入りすることもな」
ダリウスの顔色が、微かに変わった。
「つまり」
「つまり」
ゼノン教授が続ける。
「貴君が何をしようとしていたかは、全く問題ではない。既に、この学院は、古代装置の存在を承知し、その管理下に置いている。貴君の『調査報告』など、何の新情報にもならん」
それは、巧妙な対抗だった。
ダリウスが古代装置の存在を暴露しようとしても、既に学院はその存在を認識し、秘密裏に管理しているという事実を、公開することで、ダリウスの行動の価値をなくしてしまうのだ。
「さらに」
ゼノン教授が言葉を続ける。
「貴君は、学院の秘密施設に不正アクセスしようとした。その事実は、貴族院に報告されるべき重要な事項だと思われます」
その皮肉は、非常に鮮烈だった。
ダリウスの目的と手法を、完全に逆転させてしまったのだ。
「教授」
ダリウスが静かに言った。
「見事です。確かに、貴殿の策に、私の一手は無力です」
彼は、まるで将棋の敗北を受け入れる棋士のような表情をしていた。
「では、この場での『調査』は終了させたいと思います」
「そうしてくれ」
ゼノン教授が同意する。
「ただし、貴君がこの施設に二度と訪れることのないよう、学院としても一定の措置を取ることになるであろう。それを理解した上で、退出していただきたい」
ダリウスは、深く頭を下げた。
その所作は、形式的ではあったが、それでも一種の投降の意思を示していた。
ダリウスを退出させた後、ゼノン教授はレインたちを見つめた。
「よかった。間に合ったな」
「教授。最初から分かっていたのですか」
アリシアが問うと、教授が笑った。
「わかっていたと言うより、予想していた。ハルヴェス侯爵は、学院改革案が通らなくなった後、別の角度からの攻撃を仕掛けるであろう。そしてその先鋒は、ダリウスだろうと」
「では、なぜ、最初に教えてくれなかったのですか」
マルクスが問う。
「教える必要がなかったからじゃ」
ゼノン教授が答える。
「貴君たちが自力で対抗することが、より重要だったのじゃ。知識を与えることよりも、経験を積むことが、真の成長に繋がる。その原理を、貴君たちに理解させたかったのじゃ」
その言葉に、レインたちは深く頷いた。
確かに、ダリウスの出現から、その対抗まで、レインたちは自分たちの力で判断し、行動してきたのだ。教授はそれを見守っていただけなのだ。
「では、今回の件は」
レインが問うと、教授が答えた。
「終わった。ただし、ハルヴェス侯爵はまだ諦めていないであろう。次の手を準備しているはずじゃ」
「では、私たちも準備を続ける必要があるということですね」
アリシアが確認すると、教授が頷いた。
「その通り。学院での訓練は続く。そして、星脈枯渇についての研究も」
五人が地下から出た時、夜明けが近づいていた。
学院の寮に戻る途中、五人は何も言葉を交わさなかった。それでも、その沈黙の中には、一種の理解がある。
今回の出来事は、これからの始まりに過ぎないのだ。
より大きな課題が、まだ前方にある。
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数日後、マルクスのもとに、父親からの返信が届いた。
『レイン。お前の質問について、改めて述べる。古代装置は、確かに強大な力を持つ物だ。だが、その力は、正しい者の手に委ねられるべき力でもある。我が家が、その『正しい者』となれるよう、今後も動きを続ける。』
その返信から、マルクスは自分の父親の本心を読み取った。
古代装置への執着は、変わっていないこと。そして、その力を手に入れようとする意思も。
だが、同時に、ハルヴェス侯爵が「正しさ」を求めているという事実も。
それは、彼が完全な悪人ではないことを示していた。
彼もまた、自分の行動を正当化しようとする人間なのだ。
レインたちは、その自己欺瞞の中でしか生きることのできない人間に、どう対抗するのか。
それは、簡単な問題ではなかった。
その夜、五人は訓練場で、新しい形の訓練を始めていた。
ダリウスの一件を経て、五人の結束はさらに深まっていた。
レインが風相の術式を構築している時、異変が起きた。
術式が、二つの状態で同時に存在している。それは不可能な現象だ。術式は一つの形態を取るべきものなのに、レインの手の中で、別の形をも成しているように見える。その二重の像は一瞬で消えるが、周囲の空気には確かに違和感が残る。
ヴァルター氏が気付いた。
「レイン。今の術式。何か異常があった。時間が、二つの流れを同時に進めていたように」
レインには明確な説明ができなかった。自分自身何が起きたのか、わかっていないのだから。
そして、その結束を背景に、レインたちは次の課題へ向かおうとしていた。
星脈と人間の繋がりを、再び深める。
その方法を見つけるまで、訓練は続く。
その先に、何があるのか。
まだ、誰も知らない。
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星脈枯渇という危機。
ハルヴェス侯爵という敵。
そして、五人で形成された結束。
これらすべてが、物語の根底にある。
その先の、新しい局面へ向けて。
レインたちは、歩み続ける。
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