第10話「嵐の前兆」
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貴族院での動きは、学院内にも波紋をもたらした。
その波紋の中心にいたのは、ハルヴェス侯爵が提出した「学院改革案」だった。
表向きは、教育の質向上と、貴族の教養向上を目的としたものだという。だが、その内容は、学院の自治に対する直接的な介入を意味していた。
アリシアが、その提案の内容を入手したのは、父からの手紙によってだった。
「父が警告を送ってくれました」
彼女は、五人で集まった時に、その手紙の内容を共有した。
「『ハルヴェス侯爵の学院改革案に注意。だが、表立って対立するな。水面下での動きに気をつけよ』とのことです」
ノエルが舌を打った。
「つまり、侯爵が学院の権力を奪おうとしてるってわけか」
「その可能性は高いです」
マルクスが淡々と分析する。
「父上は、表向きは教育改革を掲げていますが、実質的には学院内での影響力を増やそうとしています。改革案の中身を見れば、それは明確です」
彼がそう言いながら、改革案の写しを示した。その中には、複数の条項が含まれていた。
「第一に、貴族出身の講師を増やすこと。第二に、学院の運営方針を貴族院で事前承認すること。第三に、学生の選抜基準を、貴族の身分に基づくものにすること」
リュカが溜息をついた。
「つまり、学院を貴族のための場所にしようってわけだ」
「その通りです」
マルクスが続ける。
「現在の学院は、貴族と平民が共に学ぶ施設です。だが、この改革が通れば、事実上、貴族のための学校になってしまいます」
レインは、その提案の意図を考えていた。
ハルヴェス侯爵は、なぜそのようなことを?
答えはすぐに思い当たった。古代装置だ。学院内での影響力を強化すれば、封印区画へのアクセスもより容易になる。ダリウスが地下への経路を確認していたのも、そうした計画の一部なのだろう。
「アリシア。父上の判断について、お前はどう思っている」
レインの質問に、彼女が答える。
「父の判断は、戦略的には正しいものだと思います。『表立って対立するな』というのは、現段階では侯爵の力に対抗できないという認識を示しています」
「では、黙って侯爵に従うべきなのか」
ノエルが不服そうに言う。
「違います」
アリシアが声を張った。
「父の指示は、『表立ってでなく』という限定条件付きです。つまり、水面下での対抗なら可能ということです。ただし、動く場合は、侯爵に気づかれないようにすべきです」
マルクスが険しい表情で言った。
「つまり、父上の策に対する策を、僕たちが講じるべきだということですね」
「その通りです」
アリシアが確認する。
「父は、あなたがこの五人と行動していることを知らないはずです。だからこそ、あなたたちは対抗する力を持っています」
レインは、新しい情報を処理していた。
ハルヴェス侯爵は、学院改革案という公式な手段で、学院内での影響力を増やそうとしている。その過程で、古代装置へのアクセスもより容易になる。
そして、ダリウスは、その改革が進む間に、地下施設の確認を続けるのだろう。
「では、レインたちはどうするか」
レインが問うと、リュカが提案した。
「改革案が通らないようにすればいいんじゃん」
「ですが、侯爵の力は学院の最高首脳部の力より強い」
マルクスが現実を示す。
「貴族院での投票では、侯爵の側が勝ちます。そのため、別の角度からの対抗が必要です」
「別の角度?」
ノエルが問う。
「学院の自治権について、より強力な後ろ盾を得ることです」
アリシアが答えた。
「例えば、王権です。王が学院の自治を支持すれば、侯爵の改革案は実行できません」
それは、確かに有効な方法だ。だが、同時に難しい方法でもあった。
「王権を得るには」
レインが考え始めると、マルクスが意外な提案をした。
「実は、現在の王は、侯爵を快く思っていないのではないでしょうか」
「何を根拠に」
アリシアが問う。
「貴族院での投票状況です。侯爵の改革案に対して、複数の有力貴族が反対票を投じています。王権下の貴族たちです」
マルクスが分析する。
「つまり、王は、侯爵の権力拡大を警戒している。その警戒心を利用できるかもしれません」
「つまり、王に学院改革案の危険性を知らせるということか」
レインが続けると、マルクスが頷いた。
「そうすれば、王は侯爵への警告として、学院の自治を改めて強調するはずです」
それは、確かに有効な策だ。だが、実行には課題がある。
「王に直接、情報を伝えることはできません」
アリシアが指摘する。
「では、誰を通じて伝えるのか」
レインは、その問題を考えていた。
その時、マルクスが言った。
「私の父からの書状が来ています。その返信を利用できます」
「え?」
リュカが驚いて問い返す。
「お前の親父?」
「はい。父上は定期的に私への手紙を送っています。それを利用して、王側の勢力に情報を流すことができます」
マルクスの提案は、非常に大胆なものだった。
彼は、父親への返信の中に、隠されたメッセージを含めるつもりなのだ。父親が読めば、すぐに王側勢力へ報告されるような内容を。
「マルクス。それは、危険だ」
レインが警告した。
「そのようなことをすれば、お前の立場が危なくなる」
「承知しております」
マルクスが静かに答えた。
「ですが、この状況を放置することはできません。侯爵の改革案が通れば、学院の自治は失われます。そして、古代装置へのアクセスも容易になってしまいます」
彼の決断は、固いものだった。
「わかりました。では、その方法で進めましょう」
レインが判断を示すと、四人が同意した。
その夜、マルクスは父親への返信を書いていた。
表向きは、学院での生活についての報告である。だが、その中には、複数の隠されたメッセージが含められていた。
ハルヴェス侯爵の改革案が、実質的には学院の支配権を狙ったものであること。そして、それが古代技術の研究にも関わっている可能性があること。
父親は、その手紙を読んで、すぐに理解するだろう。そして、王側勢力へ報告するだろう。
全ては、その后の展開にかかっていた。
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改革案についての投票は、貴族院で激しい議論を呼んだ。
その様子は、学院内の貴族子弟たちによって、即座に共有されていた。
結果は、侯爵の予想を裏切った。王側の有力貴族たちが、全力で改革案に反対したのだ。その中には、かなり具体的な懸念が表明されていたという。
「改革案が学院の自治を奪う危険性」「貴族中心の教育が、社会的分断を招く可能性」
そうした指摘は、明らかに、誰かからの情報提供を受けた上でのものだった。
改革案は、多数決で否決された。
学院内での貴族子弟たちの反応は、複雑だった。一部の強硬な侯爵派は失望し、その他の多くは安堵した。
アリシアが情報をもたらした。
「父からの返信が来ました。改革案の否決について、『よくできた』とのことです」
「つまり、王側勢力の動きに、マルクスのメッセージが有効だったってわけだ」
リュカが言った。
マルクスは、複雑な表情をしていた。彼は、父親に対する策謀に成功した。だが、それは同時に、彼が父親に対して、本当の対抗者になったことを意味していた。
「これからは、侯爵の動きがさらに警戒的になるでしょう」
マルクスが呟いた。
「ダリウスの活動も、おそらく加速するはずです」
その予測は、すぐに現実になった。
ダリウスは、改革案の否決後、より頻繁に地下施設への接近を試みるようになったのだ。
アリシアの識相で、その動きを監視し続ける必要が増した。
だが、同時に、五人の結束も深まっていった。
ハルヴェス侯爵というより大きな敵に直面することで、彼らは初めて、本当の意味で同じ情報の上に立つことができたのだ。
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その夜、レインは寮の部屋でマルクスと話した。
「今日の動き、よくやった。お前がいなければ、この作戦は成立していない」
「ありがとうございます」
マルクスが礼を述べた。
「ですが、これは始まりに過ぎません。父上は、おそらく、次の手を準備しています」
「わかっています。だから、五人も準備を続けるしかない」
レインが言うと、マルクスが頷いた。
「レイン。お前に感謝します。もし、お前がいなければ、私は父上に逆らう勇気を持つことはできていなかったと思います」
「それは違う。マルクスの勇気が、その選択を生んだのだ」
レインが否定すると、マルクスは微かに微笑んだ。
その表情から、彼が少しずつ、父親という呪縛から解放されつつあることが感知できた。
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