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第9話「星脈地図」


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ゼノン教授の研究室は、夜更けに一層、学院の雑騒から隔絶された空間になる。


レインが持参したのは、ヴァルターが遺した星脈地図である。この地図は、最近になって、本格的に研究の対象として機能し始めていた。


「ふむ。実に興味深い」


ゼノン教授は、その地図をじっと眺めていた。いくつかの部分に、既に新たな注記が加えられている。それは、五人が共に行った分析の結果だ。


「星脈の流動パターン。古代都市遺跡の分布。そして、現代五大国の首都の位置関係。すべてが一つの図式に納まる」


教授の指が、地図の特定箇所を指し示した。


「ほれ、見てみい。この五つの地点を注目するのだ」


レインが教授の指先を追うと、地図に特別に注記された五つの点が浮かび上がった。


一つは、ファルネーゼ連合王国の首都パレーシア。

もう一つは、アマルト帝国の首都ヴァルカンシア。

北方のヴェルンシア王国の首都ウェルスター。

東のゴルディア商盟の中心都市ゴルディーナ。

そして、南のサキアン辺境伯領の中心都市アディスター。


「この五つは、すべて一つの特異な共通点を持っている」


「共通点?」


レインが問うと、教授は満足げに頷いた。


「星脈が異常に集中している地点だ」


それは、初めて聞く知見だった。


「星脈という現象は、この世界全体に均等に分布していると、我らは漠然と考えている。だが、実際には、そうではない」


教授が指を動かす。地図の各地点に、異なる色の印が施されている。


「このように、特定の地点での星脈濃度は、周辺と比較して格段に高い。我が学院も、実は、そうした結節点の上に建設されているのだ」


レインは、この情報の意味を考えていた。


星脈濃度が高い。それは、より多くの魔法が可能になるということ。より高度な術式が構築できるということ。


つまり、古代文明はそのような場所を選んで、都市を建設したのだろう。より強力な力を得るために。


「古代都市遺跡も、すべてそうした結節点の上に存在していた」


教授が続ける。


「だからこそ、古代の人間たちは、あれほどの力を発揮できたのだ。この世界の星脈が持つ力の源そのものの上に、彼らは都市を築いていたわけだ」


「では、現代の五大国の首都も」


レインが推測すると、教授が頷いた。


「その通り。古代の知見が完全に失われたわけではなく、その痕跡の上に、新しい文明が築かれたのである。だからこそ、五大国は栄えたし、この学院は学問の中心となった」


この認識は、世界観そのものを変えるものだった。


現代社会が、古代文明の遺産の上に成り立っているという事実は、これまで抽象的な知識に過ぎなかった。だが、今それが具体的な地理と星脈の分布として示されたのだ。


「では、もし星脈が枯渇したら」


レインが問うと、教授の表情が厳しくなった。


「そうなれば、この五つの結節点での星脈濃度は確実に低下する。それは、五大国すべての魔法的な力の減少を意味する」


「どの程度の減少ですか」


「それが問題だな」


教授が地図を細かく調べ始める。複数のページをめくり、異なる年代の星脈分布図を重ねていく。


「この百年の間に、結節点での星脈濃度は確実に低下している」


と言って、教授が提示したのは、古い記録だった。それと現代の観測結果を重ね合わせると、数値が明確に低下していることが見て取れた。


「百年で、どの程度」


「二割。おおよそ二割程度」


教授の声が低くなった。


「つまり、現在の星脈濃度では、百年前と比較して、術式の構築に二割多くの時間と魔力を要するようになっている。それは、社会全体のシステムに大きな影響を与えるはずなのだ」


レインは、その意味を計算していた。


「では、あと何年で」


「それが問題なのじゃ」


教授が身を乗り出す。


「これまで、我らは百年単位で考えておった。だがな、レイン。ここ数十年の低下速度を見てみい」


新しいグラフが示された。それは、星脈濃度の変化を時系列で表したものだ。


初めの五十年は、緩やかな低下。だが、ここ五十年は、その速度が明らかに加速している。


「数十年か。あるいは、より短いかもしれない」


教授の言葉が、僕を冷たい現実に引き戻した。


「この加速度的な低下の原因は、未だ不明だ。だが、いずれにせよ、我らの時間は限られている」


レインは、ヴァルターのことを思い出した。


彼は、こうした事実を知っていたのだろう。だからこそ、この地図を僕に託したのだ。「これは世界の血管の地図じゃ」という言葉も、そうした認識の上にあったのだろう。


「ゼノン教授。この情報は、五人以外に知られていますか」


「いいえ。貴君たちと、この老いぼれだけじゃ。学院の最高首脳部でさえ、ここまでの分析には至っていない」


「わかりました。では、この情報についてどうするかについて」


レインが提案を続けようとした時、教授が手を上げた。


「その決断は、貴君たちに任せる。これは、個人の問題ではなく、世界の問題だからだ。だからこそ、若き君らの判断の方が、むしろ重要なのかもしれない」


教授は、レインを信頼していた。


それは重い責任だった。同時に、その重さがレインを成長させることもわかっていた。


「わかりました。今後の対応について、仲間と相談します」


「そうしてくれ」


教授が微笑む。


「それが、真の責任というものだ」


研究室を出たレインは、月光の下で考えていた。


星脈は、確実に枯渇しつつある。その速度は、想定よりも速い。


そして、その事実を知るのは、ほぼ五人だけだ。


では、そのことをどうするのか。


五大国全体に知らせるのか。それとも、秘密のまま、五人だけで対応策を考えるのか。


その選択肢は、複雑に絡み合っていた。


---


翌日、五人で集まった時、レインは星脈地図についての情報を共有した。


リュカが最初に反応した。


「つまり、世界全体が、あと数十年で終わるってこと?」


「正確には、魔法が使えなくなるということです」


アリシアが補足する。


「魔法なしで、現代社会が機能するでしょうか」


ノエルが低く唸った。


「つまり、破滅の危機ってわけか」


「そのような極端な表現ではなく」


マルクスが冷静に言う。


「星脈枯渇は、社会的な再構築を強制するものです。現代の五大国は、星脈術に依存した社会構造を持っています。それが失われれば、新しい社会構造を作る必要があります」


「つまり、革命ってわけだ」


リュカが呟く。


「または、戦争になるかもしれません」


マルクスが続ける。


「限られた星脈資源を巡って、五大国が衝突する可能性も高い」


レインは、その言葉に頷いた。


「だからこそ、この情報をどうするのかが重要です」


四人がレインを見つめた。


「公開するべきだと思います」


アリシアが言った。


「社会全体が破綻するよりも、事前に対策を講じる時間を与えるべきです」


「でも、もし公開したら」


リュカが不安そうに言う。


「パニックになるんじゃん。社会全体が混乱する」


「その通りです」


マルクスが同意する。


「公開は、最悪の結果をもたらすかもしれません」


ノエルが前に出た。


「なら、俺たちで何とかしてみるしかないのか」


その言葉に、レインは返答できなかった。


五人で、世界規模の問題に対応する。それは、あまりに大きな挑戦だ。


だが、できないとも言えなかった。


「今は、情報を秘密にしておきます」


レインが判断を示した。


「そして、ゼノン教授とともに、星脈枯渇の原因を探る。その原因が明確になれば、対策も見えてくるかもしれません」


四人が頷いた。


その夜、レインは再び塔の上で星を見ていた。


星脈の枯渇。


それは、この世界の終わりを意味するのかもしれない。


だが、終わりは、新しい始まりでもある。


その新しい始まりを、五人の手で形作ることができるのかどうか。


それは、まだわからない。


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