第7話「五人の稽古」
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学院の訓練場に五人が揃うようになったのは、マルクスが正式に彼らの活動に加わった後のことだった。
「配置を整えてください。リュカは吸収、ノエルが前衛を担当」
レインが指示を出すと、四人が動く。リュカが吸収スタンスで身を低くし、ノエルが左前に出て盾のような構えを取った。
「アリシア、感知と制御の維持。マルクスは後衛から支援だ」
「了解です」
アリシアが返事をして、周囲の星脈を感知するための瞑想状態に入る。マルクスは右奥に位置を取り、光相を構成する準備を整えた。レインは中央にとどまる。五人の均衡を保つ位置、すべての指示と構築を一身に担う場所だ。
「では開始します。想定敵:複数の中級魔物。時間制限なし」
ゼノン教授が訓練を開始させるための手をかざした。
見えない敵の群れが、訓練場に現れたような感覚が走った。アリシアの感知力で、四人の周囲に架空の脅威が展開される。彼女の能力は非常に精密で、訓練場の一部に実際に弱い星脈干渉を起こして、敵の位置を示していた。
「ノエル、右前方に接近」
「了解」
ノエルが前に進む。彼女の粗い性質が良い方に出て、敵との距離を躊躇なく詰めていく。その勢いにリュカが吸収を開始する。ノエルが敵の一体に仕掛ける時、その相手の星脈流動をリュカが吸い込むのだ。
連携は悪くなかった。だが、すぐに歪みが生じた。
「待ってください」
マルクスが光相の構築を一旦止めた。
「ノエルの動きが速すぎます。僕の感知が追いつきません。もう一度自分で星脈を探って、自分で構築したほうが確実です」
ノエルの動きが一瞬遅くなる。そしてすぐに不満がその表情に浮かぶ。
「は? お前が補助役なら、補助役らしく動けよ。俺のペースに合わせろ」
「ノエル。マルクスの指摘は妥当だ」
レインが静かに口を挟む。
「支援と前衛の連携は、歩調を合わせることが重要だ。お互いのペースを一致させなければ、連携は崩れる」
「くっ……」
ノエルが唇を歪める。彼女は強い。誰よりも素早く、誰よりも激しい星脈を扱える。だが、それゆえに「弱さを認める」ことが苦手なのだ。
「最初から完璧にいくわけないじゃん」
リュカが声を上げた。彼の呑気な調子が、場に緊張を緩める。
「マルクスだって、俺たちのペースに慣れるのに時間がかかるし、俺だってまだミスもある。だからこそ何回も稽古するんじゃん」
ノエルがうーむ、と低く唸ったが、反論はしなかった。
「わかりました。では改めて」
マルクスが静かに言った。彼の瞳には、自責の色がある。父の遺した背中を背負っているという重さが、いつもそこにある。
「マルクス。お前は一人で完結しようとしすぎだ」
今度はリュカが指摘する。
「俺たちと組む時は、俺たちに頼れよ。一人で何もかも背負おうとするから、歩調が狂う」
マルクスが頷いた。動作は丁寧だったが、その中に戸惑いが混じっていた。彼にとって「頼る」ことは、まだ難しいのだろう。
「もう一度。さらに負荷を上げます」
アリシアが新しい敵を配置した。今度は先ほどの倍の数だ。
訓練が再び開始される。
ノエルがまた前に出た。だが今度は、意図的に速度を落としている。マルクスの感知に合わせるために。その歩みは、彼女にとっては何倍も辛いものに見えた。だが彼女は耐えた。
リュカが吸収を開始する。アリシアの感知は正確に敵の位置を示す。マルクスの光相が遅れず支援に回る。
初めて、五人が真の意味で一つの流れになった。
個別の力ではなく、五つの力が一つの目的へ向かう。それはこれまでとは別の、新しい形の戦闘だった。
「良い」
ゼノン教授が呟いた。
「まだ完成ではない。だが進んでいる。特にマルクス、お前の後衛支援の精度が上がった。ノエルも。」
ノエルが胸を張る。
「当然だ。俺の実力を舐めるな」
ただし、その言葉の裏には、仲間を信じられるようになった自分への誇りがあった。
訓練が終わり、五人は場を離れた。
その時、訓練場の片隅からイレーネ教官が現れた。彼女は腕を組み、五人の退場する背中を見つめていた。
「レイン。ちょっと時間があるか」
レインが振り返ると、イレーネは無表情だが、その眼差しには確かな評価がある。四人は先に行くべきだと思い、レインを促した。
「五人の成長は目覚ましい。特にマルクスの統合は評価できる」
イレーネが静かに言った。
「だが、これからが難しい。星脈枯渇の危機はただ事ではない。お前たちはこれから、単なる学院の訓練では対応できない局面に直面するだろう。その時は、実戦感覚と判断力が問われる。甘さは許されない」
レインは頷いた。イレーネの言葉は厳しいが、それは彼女の護衛術訓練と同じ――実践的な警告だ。
「深奥域探索についても耳に入っている。無理はするな。だが、この大陸の運命がお前たちの決断にかかっているなら、躊躇うな。それだけだ」
イレーネは何も言わず、訓練場を去った。彼女の言葉は、教官としての一言の指導以上の重みがあった。
帰路、アリシアがレインに近づいた。
「レイン。さっきの配置決定ですが……」
「どうしました」
「あなたはなぜ、あのような位置を選んだのですか。戦術的には、リュカを中央に置いて吸収を強化するほうが効率的では」
レインは少し考えた。彼女の分析は正しい。純粋な戦闘効率を考えれば、その配置のほうが優れている。
「効率が全てではないからです」
答えながら、レインは夜空を見上げた。
「指揮者がいなければ、四人はバラバラのままだ。個々の力を、一つの意志へ束ねる必要がある。それが、中央にいる人間の役割だと考えています」
アリシアが頷く。彼女は理解が早い。
「あなたが指揮することで、初めて私たちは一つになる。つまり、あなたはそのために、戦闘から一歩引く必要があるということですね」
「そういうことです」
レインは前世の商社生活を思い出した。プロジェクトの統括者になると、第一線での仕事は自分で処理しなくなった。部下に任せ、全体を眺める位置に立つ。それは効率的であり、同時に孤独でもあった。
ここでも、同じなのだろう。
だが、前世とは違う。前世では、部下との間に壁があった。指揮者は距離を置くものだと信じていた。しかし、ここにいる四人は仲間だ。その違いが、この世界での指揮者としての立場を、わずかに温かいものにしている。
「レイン」
マルクスがレインに声をかけた。彼は訓練で汗をかいており、その様子から相当な集中力を使ったことが伝わった。
「ありがとうございます。さっきの——」
「いえ。マルクスが頑張ったからです。僕は指示を出しただけだ」
マルクスが首を振る。
「いいえ。あなたがいなければ、私はこの四人と同じ流れの中に入ることはできていません。あなたが、私の位置を作ってくれました」
言い方は丁寧だったが、その中には本当の感謝がある。
「これからも、よろしくお願いします」
彼の表情を見ていると、彼が父との関係の中で背負ってきた荷物がいかに重かったかが伝わる。同時に、彼がそれをおろそうと試みている過程も見える。
「こちらこそ。よろしく、マルクス」
四人とともに学院の寮へ歩く。訓練の疲労は大きかったが、五人が一つの流れになったという達成感が、それを相殺していた。
夜の学院は静かだ。星脈が夜間でも流動しているのが、識相で感知できる。ノエルが前を歩き、リュカが横で調子のいい話を続け、アリシアが淡々とそれに返す。
マルクスは少し後ろにいた。新参者として、未だ完全には輪の中にいない自分を自覚しているのだろう。
だが、数ヶ月もあれば、そうではなくなるだろう。
レインはそう確信していた。
五人が本当の意味で一つの組織になるまで。
もう、失うものはないのだから。
その夜、レインは寮の部屋で訓練の映像を思い出していた。
最初、マルクスを五人の構成に加える時、正直なところ懸念があった。彼は貴族の枠組みの中で育ってきた。侯爵の息子という身分から完全に抜け出すことができるのか。そうした疑問があったのだ。
だが、実際に訓練を重ねてみると、その懸念は少しずつ小さくなっていった。
マルクスは努力家だ。レインの前世の経験から言えば、貴族社会において「努力」という行動は必ずしも報われるものではない。むしろ、生まれた身分と血筋が全てを決めるシステムが大多数だ。だが、マルクスは努力を続けている。
それは、彼が父の影から本当に抜け出しつつあることの証だとレインは思う。
窓を開けると、夜風が頬を撫でた。星が無数に輝いている。この星たちの光も、かつては古い物であり、すでに消えた星からの光なのだ。前世の科学知識を思い出すと、そうした事実がまた別の悲哀をもたらす。
レインたちが見ている現在は、実はもう過去の光景なのだ。同様に、星脈枯渇の危機も、すでに始まっているのではないか。ゼノン教授の言葉を思い出す。百年かもしれない。だが、数十年かもしれない。
あるいは、さらに短いかもしれない。
その時、彼らはどうするのか。
五人が一つになる訓練も、その先にある何かに向けた準備なのだろう。漠然とした予感が、いつも背中に貼りついている。
星を眺めながら、レインは眠りに落ちた。
明日も、訓練がある。
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