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第6話「学院長の演説」


---


全校集会は、午後の授業を中止して開かれた。


大講堂に、全校生徒と教職員が集められた。二百人を超える人間が、一つの空間に集約される。その光景は、壮観であり、同時に何かの緊張を帯びていた。


学院長ルドルフ・ファーベルが、演壇に上がった。


老齢の術師は、端正な容貌を保ちながら、全体を見回した。その視線は、鋭く、しかし穏やかだ。


「皆に、大切な話をしたいと思い、この集会を開いた」


彼の言葉は、大講堂に響き渡った。


「最近、世界中からの報告で、星脈灯の調子に関する報告が増えている。一部の地域では、その強度に異変が見られるという。これについて、皆から不安の声も聞こえている。だが、それは杞憂だ」


学院長の言葉は、明確で、確信に満ちていた。


「学院の技術部門では、すでにこの事象について調査を進めている。初期の報告では、それは一時的なものと考えられている。季節的な星脈の流れの変動に過ぎず、春には元に戻るはずだ」


彼の説明は、半分は真実で、半分は隠蔽だった。


レインは、演壇を見つめながら、その言葉の『意図』を読んでいた。


確かに、学院は調査を進めている。だが、それは『一時的なもの』ではなく、『恒久的な枯渇』への対応を模索しているはずだ。そのことを、学院長は故意に曖昧にしている。


「したがって、皆は、通常通りの修行を続けてもらいたい。不安に駆られて、修行を疎かにすることのないよう。特に、二年生以上の術師たちには、さらに一層の修行を求める」


学院長は、ここで二年生の方へ視線を向けた。


その視線は、確実にレインたち五人のグループに注がれていた。


「優秀な術師の育成こそが、この困難の時代に必要とされるものだ。皆の成長が、やがては世界の未来を開く鍵となるだろう」


その言葉は、公式には『励まし』のように聞こえるが、実のところは『期待』であり、同時に『責務』でもあった。


演説を終えた後、大講堂から生徒たちが退出していく。


その移動の中で、レインは教職員の反応を観察していた。


ゼノンは、微動だにしず、演壇を見つめている。何か思うことがあるのだろうが、それを表には出していない。


グレルは、眉をひそめていた。彼は、学院長の説明が『不完全』であることを、確実に感じ取っている。


他の教授たちも、何かの不安が顔に見えている。学院内での『秘密』が、教職員間でも、完全に統一されていないのだ。


廊下で、五人は無言のまま歩いた。


教室に到達して初めて、マルクスが口を開いた。


「学院長の演説は、パニック回避のためのものだ。だが、その目的と異なる側面も見える」


彼の分析は、冷徹だった。


「二年生へのあの視線。あれは『期待』ではなく『要求』だ。いずれ、俺たちに何らかの役割が与えられるかもしれない」


「侯爵家の知識か」


ノエルが、マルクスの政治的な読解力を認識した。


「ああ。政治の世界では、こうした『隠された指示』がよくある。表では『励まし』として、実際には『命令』を伝えるのだ」


マルクスが説明する。


「では、学院長は何を要求しているのか」


アリシアが問う。


「おそらく、より高い術師としての成長だ。時間が限られているという前提の下で」


マルクスの言葉は、星脈枯渇への危機感を、如実に示していた。


「つまり、学院も『時間がない』と認識しているってことか」


リュカが、その意味を理解した。


「そう考えるのが、最も合理的だ」


マルクスが確認した。


レインは、その会話を聞きながら、思考していた。


学院長の演説は、確かに『嘘』を含んでいた。だが、その嘘は『悪意』からではなく、『必要性』から生じているのだ。社会的なパニックを避けるための嘘。そして、優秀な術師たちへの『期待と責務』を伝えるための、きわめて高度な表現。


そのことを、五人は理解している。


「では、俺たちは」


ノエルが、改めて問う。


「準備を整えることです」


レインが答えた。


「何らかの事態が起きた時に、それに対応する力を。学院が俺たちに期待しているのは、そうした『将来への準備』です」


「つまり、今から自分たちの修行をさらに深めるってことか」


リュカが確認する。


「その通りです」


レインが頷いた。


その日の夜、レインはゼノンの研究室を訪ねた。


「来たか。察しがついたのだろう」


ゼノンが、煙管をくわえながら言う。


「学院長の演説が、実際には各教職員や優秀な学生たちへのメッセージだったことが、です」


「その通りだ。学院長も、事態の深刻さを認識している。だが、公には言えない。だから、『隠された指示』を送ったのだ」


ゼノンが説明する。


「では、学院の対応は」


「複数の方向で進んでいる。一つは、学問的な分析と将来予測。二つ目は、対応策の研究。そして三つ目が、優秀な人材の育成だ」


ゼノンが、指を三本立てた。


「つまり、俺たちは『人材育成』の一環として見られているのですね」


「そう考えるな。お前たちは『期待される者』ではなく『可能性を持つ者』だ。その可能性をどう活かすか、それはお前たち次第だ」


ゼノンが、レインの眼を見つめた。


「ただし、知っておくがいい。学院だけでなく、各国の指導層も、優秀な術師たちに期待を寄せている。やがては、この修学の段階から、より大きな『役割』への転換が求められるだろう」


「つまり、学院から『現場』へということですね」


「そうだ。時間がある間に、自分たちの力を最大限に研ぎ澄ましておくことだ。それが、やがて直面するであろう試練への唯一の準備となる」


ゼノンの言葉は、重かった。


レインは、その重さを受け止めた。


翌日、五人は新たな修行計画を立案した。


個別の修行に加えて、五人による複合構築の訓練を増やす。より高度な魔法操作。複数術師による連携の精密化。そして、各自の専門領域の深化。


それらは、単なる『学院の課程』ではなく、『将来への準備』であった。


秋は、さらに深まった。


学院の木々は、すべて葉を落とし、冬の到来を待つようになった。その冷気の中で、五人は黙々と修行を続けた。


庭園での訓練の時間が増える。複合構築の精密性を高めるため、複数の測定地点での星脈感知。ノエルの複相術による多層的な観測。アリシアの論理的な統合。マルクスの光相による正確性の検証。そしてレインの総合的な指揮。


その過程で、五人は言葉少なく、だがより深い形での信頼を構築していた。


外部からは見えない緊張感が、学院全体を覆い始めていた。


教職員たちの朝礼での空気が変わっていた。会議の回数が増えている。図書室では、古い文献の貸出記録が増えている。それらは、全て『対応策の模索』を示唆していた。


教職員たちは、それぞれの方向で、星脈枯渇への対応を模索している。


学生たちの一部は、その異変に気づき始めている。特に三年生以上の術師たちは、星脈の『感覚的な変化』を認識し始めていた。かつての濃密さが、わずかに薄まっていることを。


そして、レインたち五人は、その『知識』と『危機感』の中心に位置しながら、黙々と自分たちの力を磨いていた。


世界が変わろうとしている。


その変化は、緩やかだが、確実に進行していた。


一夜、レインは自室で、ゼノンから託された本を開いていた。


古代術師たちの『星脈論考』。その古い紙に記された警告。『もし現代の術師たちが節度を忘れるならば、央域の枯渇は避けられない』という文言が、今、自分の瞳の前で現実化しようとしている。


古代術師たちは、どのような思いでこの警告を記したのだろうか。未来への絶望か。それとも、後世の術師たちへの最後の祈りか。


レインは、その問いに答えを見出せずにいた。


学院の塔の頂上で、ゼノンは再度、古い文献を眼にしていた。


古代術師たちの『星脈論考』。その中に書かれていた、やがて来るであろう枯渇への警告。


その警告は、今、現実となりつつあった。


ゼノンは、煙管をゆっくりと吸った。


そして、静かに思った。


『この時代の若き術師たちが、その智慧と力を結集することができるか。それが、世界の未来を決するのだ』


その思いの中に、一種の祈りが込められていた。古代術師たちが、未来へ向けて託した祈りと同じように。


秋風が、塔を吹き抜ける。その風は、次第に冷たくなりつつあった。


冬が来る。その後に春が来る。その春の後に、さらに多くの季節が積み重ねられる。


その時間の流れの中で、世界は、確実に次の時代へ歩み始めていたのだった。


レイン、リュカ、ノエル、アリシア、マルクス。五人の術師たち。


彼らが何を成すのか。何ができるのか。


その答えは、未だ誰にも知られていない。だが、一つだけ確実なことがある。


世界は変わろうとしている。


そして、その変化の時代に、五人の力が必要とされるだろうということだけは、確実だったのだ。



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