第5話「故郷からの手紙」
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学院の集配室に、複数の手紙が着いた。
秋も深まり、央域から周辺国家への連絡は、気象の関係で遅れ始める季節だ。そのため、故郷からの文は、貴重だった。
レインの元には、セドリックからの手紙が届いた。
兄の字で書かれた文は、いつもの事務的な内容ではなく、何かの懸念を秘めていた。
『弟へ。学院での修行は順調か。こちらの報告だが、領内の星脈灯の調子が、わずかに異常を示している。これまでのように均一に光っているのではなく、濃淡が生じ始めているのだ。グレン師範も異変に気づき、調査を始めた。ヴァルター殿の支援もあり、何らかの原因究明に着手している。特に、作物の不作が心配だ。星脈灯の弱化は、すなわち農業への影響も大きい。こちらでは、対応策を検討しているが、これが一時的なものなのか、それとも恒久的なものなのかは、未だ判明していない。』
レインは、手紙を読み直した。
星脈灯の弱化。作物の不作。
それは、ゼノンが示した『星脈枯渇』の兆候なのか、それとも単なる季節的な変動なのか。
その判断に、レインは慎重になった。
一方、リュカの元には、ソレイユからの手紙が着いていた。
彼が親友たちと共有した情報によれば、ソレイユの漁獲量が著しく減少しているという。星脈灯を用いた漁業技術が、最近になって効率が落ち始めたのだ。
そして、ノエルの元には、カルドゥスからの手紙。
彼の故郷では、星脈結晶の産出量が減少し始めているという。採掘の際の星脈感知が、以前よりも困難になっているのだそうだ。
三通の手紙が、指し示すものは一つ。
『世界規模の星脈異変』
レインは、それを瞬時に理解した。
そして、それは、ゼノンの計算と整合していた。星脈が、確実に枯渇し始めているのだ。
四人が食卓に集まった。
マルクスは、手紙を受け取っていなかった。侯爵家との連絡は、主にゼノンやその他の教授を通じて行われるのだ。だが、彼も、他の四人の表情から、『何かが起こっている』ことを感じ取っていた。
「故郷から手紙をもらった」
レインが、切り出した。
「我が領内でも、星脈灯の弱化が始まっている」
「ソレイユもだ。漁獲量が落ちてる。星脈灯の効きが悪くなってるんだって」
リュカが、不安そうに言う。
「カルドゥスもだ。結晶の採掘がうまくいかなくなってる」
ノエルが、唸るような声で述べた。
四人の目が、レインに集中した。
レインは、あえて現時点での仮説を述べた。
「これは、各地域での個別の問題ではなく、世界規模での星脈への影響と考えられます」
「どういうことだ」
ノエルが追求する。
「各地の星脈灯が同時期に弱化し始めているのであれば、その原因は、各地の個別の問題ではなく、全世界共通の『何か』です。それは、あるいは星脈そのものの衰弱に起因しているのかもしれません」
レインの言葉は、慎重に選ばれていた。ゼノンの秘密には触れず、しかし確実に、事態の深刻さを伝えるために。
「星脈が衰弱するって、そんなことがあり得るのか」
リュカが問う。
「理論的には、可能です。星脈は有限の資源です。採掘、利用が続けば、いずれ枯渇へ向かうはずです」
「つまり、央域の星脈が、枯渇し始めているということか」
ノエルが、その意味を噛み砕いた。
「可能性は、高いと考えられます」
レインが確認した。
アリシアは、じっと考えていた。
「では、学院はこのことを知っているのですか」
彼女の質問は、政治的な視点を含んでいた。
「教授陣の一部は、おそらく気づいているでしょう。だが、公には発表されていません」
「つまり、『秘匿されている』ということですね」
アリシアが、確認した。
「おそらく」
レインが、曖昧に答えた。
マルクスは、ずっと沈黙していた。
「侯爵家からの連絡では、こうしたことは触れられていないのか」
レインが、彼に問いかけた。
「いいえ。何も」
マルクスが答える。
「だが、父の最近の動きは、何かの不安を反映しているようだ。学院からの連絡に、以前よりも注視している。そして、央域の政治的な動きについて、より詳細に知ろうとしている」
マルクスが指摘したことは、重要だった。
五大国家の指導層は、おそらく既にこの事態を認識し、その対応を模索し始めているのだ。
「では、秘匿されているのは、一般民の間での『パニック』を避けるため、ということですね」
アリシアが、その意図を推測した。
「そう考えられます」
レインが頷いた。
「もしこれが公開されれば、社会は大混乱に陥るはずです。星脈に依存した現代文明は、その基盤そのものの危機に直面することになるからです」
五人の食卓は、静寂に包まれた。
各地からもたらされた情報が、世界規模での危機を示唆している。だが、その危機は、公には認識されていない。学院の中でも、知る者と知らない者に分かれている。
「で、俺たちは、何をするんだ」
ノエルが、率直に問う。
「今は、情報を集め、正確な状況を把握することです。そして、その上で、対応策を考えるべきです」
レインが答えた。
「対応策。何ができるというんだ。個人の術師たちが、世界規模の星脈枯渇に対応できるはずがない」
ノエルの言葉は、無力感を含んでいた。
「直接的な対応は、難しいでしょう。だが、知識を広げ、自分たちの力を最大限に伸ばすことは可能です。何らかの対応策が必要とされた時に、その力を活かすために」
レインが、静かに言った。
「つまり、今は『準備期間』ということですね」
アリシアが、その意味を理解した。
「そうです」
レインが確認した。
マルクスが、ようやく言葉を発した。
「情報の秘匿。それは、各国の指導層が、民を保護しようとしている側面もあるが、同時に、自国の優位性を確保しようとしている側面も強いだろう」
彼の政治的な洞察は、正確であった。
「各国は、秘密裏に対応策を模索しているのだ。星脈の枯渇が避けられないのであれば、それにいかに適応するか。その競争が、既に始まっているはずだ」
「では、学院は」
リュカが問う。
「学院は、中立の立場を保ちながら、最新の知識を集約する機関です。各国の権力闘争から一歩身を引いて、学問的な視点から、この危機に対応しようとしているはずです」
マルクスが分析する。
「ゼノン教授も、そうした立場の代表だろう」
レインは、マルクスの分析が正確であることを認識した。
ゼノンが、この秘密を自分に託した理由も、その延長線上にある。学院の中での位置づけを考えれば、ゼノンは当然、この情報の重要性を認識している。そして、それを『正しく』活かせるような人物を、育成しようとしているのだ。
「では、俺たちが今すべきことは」
リュカが、現実的に問う。
「まずは、各地の情報をより詳細に集めること。そして、それを基に、世界規模での星脈異変の正確な規模と進行速度を把握すること」
アリシアが、実務的に提案した。
「それから」
ノエルが続ける。
「俺たちの修行をもっと本気で進めることだ。個人の実力がなければ、何もできない」
マルクスも頷いた。
「同意だ。各国の指導層は、既に動いている。我々も、それに対応するだけの力を備える必要がある」
五人は、その夜、長く語り合った。
外は、深まる秋の夜。学院の廊下から聞こえる足音も少なくなり、教室の灯も消えていく。
だが、食卓に着く五人だけは、その灯を消さず、未来へ向かって話し続けるのだった。




