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第33話「四つの星」

---


「やります」


レインは、宣言した。


結晶の前に、四人は立つ。マルクスは、後ろで意識を保とうとしている。その見守りは、もう誰の役割でもない。四人全員が、この装置の停止に集中するしかない。


「手順を説明します」


レインが、古い刻印を読む。その言葉は、複雑で、古い言語だが、彼の脈路がそれを正確に理解していた。


「古い停止呪式は、五つの段階があります。第一段階は、暴走する星脈エネルギーを、一つの核へ集約させることです。リュカ、これはお願いします」


「任せろ。吸収能力の出番だな」


リュカは、懐中石を消した。代わりに、全身で星脈エネルギーを吸引する。ただの吸収ではなく、意識的な制御下での吸収だ。彼の身体が、緑色に輝き始める。散乱していた暴走エネルギーが、一点へ集束していく。


広間が、徐々に静かになる。だがそれは、危険の減少ではなく、むしろその逆だ。エネルギーは消えたのではなく、集約されただけ。リュカの身体に、莫大な力が圧縮される。


「第二段階。その集約されたエネルギーを、構造的に保持する。ノエル、です」


ノエルが、大地へ沈んだ。地相と炎相が、複雑に交錯する。大地の力で、リュカの周囲に、見えない枠組みを構築する。同時に、炎相がそれを温め、固定する。


「頑張れ」


リュカが、歯を食いしばる。吸収したエネルギーの圧力が、彼の限界に近づいている。だが、ノエルの地相と炎相が、それを支える。二人の脈路が、激しく共鳴する。


「第三段階。エネルギーの弱点を特定する」


アリシアが、識相を最大出力にした。彼女の瞳が、深い紫色に輝く。結晶の内部構造を、細部まで感知する。その複雑な魔法回路の、最も脆い部分を、探り出す。


「西北東の部分です。ここが、制御核となっています。もし、ここを破壊すれば、装置全体の動作は停止します」


「分かりました。第四段階」


レインが、古い言語で呪式を構築し始めた。その言語は、彼の脈路を通じて、アリシアが特定した弱点へ向かう。呪式は、単なる破壊の力ではない。装置の内部構造を理解した上での、精密な干渉だ。


だが、その精密さが、同時に限界でもあった。


レインの構築精度は、高い。だが、その高さだけでは足りない。装置は、千年以上、稼働し続けているのだ。その複雑さは、一人の脈路では制御しきれない。


「レイン。あと一歩」


リュカが呼ぶ。彼の身体は、限界を超えて、吸収を続けている。その吸収能力の中に、彼の直感型の思考と、莫大な経験が、詰まっている。


「お前の理論と、俺の感覚。合わせたら、いけるんじゃねえか」


リュカは、手を伸ばした。レインの手に、彼の手が触れた。


瞬間、二つの脈路が繋がった。


リュカの吸収能力が、暴走エネルギーを制御するだけでなく、その流れの「感覚」を、レインに教える。エネルギーは、単なる力ではなく、生きた、変動する何かだったのだ。その流れを、感じることで、初めて、正確な構築が可能になる。


「アリシア、ノエル。今です!」


レインが、叫ぶ。


アリシアの識相が、その弱点を、更に精密に定位する。ノエルの地相が、装置全体を支える土台を、瞬間的に引き抜く。そして、炎相が、その弱点へ、渦巻く炎を送り込む。


轟音が鳴った。


結晶が砕ける。白く、激しい光が放たれる。


「ノエル、支えて!」


ノエルが、全身の力を込めて、地相を拡張する。装置が崩落しないように。広間が落ちてこないように。少年の両腕が、震える。


「持つ、持つぜ。ここは――」


彼の言葉は、吐血によって中断された。だが、地相は揺るがない。


結晶の光は、徐々に減速した。白い光から、淡い紫へ。そして、最後には、かすかな輝きへ。


エネルギーは、静まった。


装置は、停止した。


---


だが、静寂はただ一瞬だった。


その瞬間の次に、レインは涙が流れているのに気づいた。自分の頬を、涙が伝っている。何故だか、分からなかった。喜びか、安堵か、それとも別の何か。


「リュカ」


アリシアが、倒れようとする少年を支えた。彼の意識は、ある。だが身体は、限界を超えている。吸収の反動が、全身を痛めつけている。


「大丈夫か」


ノエルが、膝をついた。彼も、地相の大規模使用で、脈路が枯渇している。だが、笑顔は消えていない。


「できたな。俺たち」


「はい」


アリシアが、静かに呟く。彼女の識相は、まだ最大出力のままだ。だがその瞳には、達成感が満ちていた。


レインは、マルクスの下へ走った。青年は、意識はあるが、身動きが取れない状態だ。


「マルクス。貴方は」


「俺は……」


マルクスは、空を見上げた。この深い地下で、見えるのは何もない。だが、彼の視線は、何かを追っている。


「俺は、何をしていたのか」


その言葉は、悔恨と、新しい何かが混在していた。支配欲に支配されていた者が、それから解放される、その瞬間だった。


「それは、後で考えましょう」


レインは、マルクスを抱き上げた。彼の体重は軽かった。少年の身体には、もう、かつての傲慢さはない。代わりに、何か壊れた印象が、そこにはあった。だが、それは回復の途上だ。


「今は、ここから出ましょう。四人で」


「五人で」


リュカが、口を開いた。アリシアに支えられながら、だが、その声は清々しかった。


「俺たちは、マルクスを一人で背負わせたりしない。誰も一人じゃない」


その言葉が、広間に響いた。


装置の核は、今、完全に沈黙していた。その中には、もう、支配の欲望はない。ただ、古い時代の悲哀だけが、静かに眠っている。


上へ登る道は、何度も折れ曲がっていた。だが、今回は、古い防衛機構は起動しない。装置は、既に彼らを敵と見なしていないのだ。


やがて、階段の先に、光が見えた。地上の光だ。学院の廊下だ。


五人は、地下から出た。


学院の廊下は、既に大混乱になっていた。先ほどの地震や、星脈濃度の異常によって、教職員や上級生たちが、事態の把握に奔走していたのだ。


「待て、君たち!」


見張りの上級生が、駆けつけた。だが、その足は、止まった。


五人の姿は、見るもの凄惨だったのだ。レインは、倒れたマルクスを背負い、自らも疲弊している。リュカは、アリシアに支えられながら、ほぼ立っていられない状態だ。ノエルは、両膝から血が滲んでいる。アリシアも、その顔は蒼白だ。


「地下の装置は、停止しました」


レインが、淡々と報告した。


その言葉で、上級生は理解した。この五人が、学院全体を危機から救ったのだ。


医療担当の教員が、駆けつけた。マルクスと、リュカが、特に重い状態として、別室へ運ばれた。ノエルも、応急処置を受けた。


そして、数時間後。


ゼノン教授が、レインの下へ来た。


「よくやった」


教授は、その言葉だけで、十分だと判断したようだ。


「マルクス君は、父親の命令に従っていたのですね」


「そう思われます」


レインが答える。


「だから、彼を責める気は、ありません。彼も、恐怖に支配されていたのです」


「そうか」


教授は、静かに頷いた。


「君は、あの時、あの子を庇った。記録によるとね」


「いいえ。俺は、彼を庇ったわけではなく」


レインは、正確に言葉を選んだ。


「彼の恐怖が、理解できたのです。前世の蓮が、何度も他者の恐怖を無視してきたから。だから、今の俺には、それが見える。そして、見えたなら、放置することはできません」


ゼノン教授は、新しい何かを見つめるような目で、少年を見た。


「君は、本当に良い少年だ。だが、同時に、重い道を歩んでいるのだと思う」


「はい」


レインの返答は、短かった。


教授は、部屋を出た。その後ろ姿には、何か満足した印象があった。


---


数日後、リュカは、完全に回復した。吸収能力は、すごまじい再生能力も持っていたのだ。ノエルも、地相による回復で、ほぼ復活している。アリシアも、無事だ。


だが、マルクスは、まだ深い睡眠の中にある。その意識が、現実へ戻るまでに、数日かかるだろう。学院の医療室の報告では、身体的な損傷は軽微だが、脈路の消耗が激しいとのことだった。


「レイン」


リュカが、廊下で呼びかけた。


「よ、お前、これからどうすんだ。マルクスの野郎、目覚めたら、どう反応するかなあ」


「分かりません。だから、その時に、聞きます」


「何を?」


「彼が、これからどう生きるのかを。彼の意志を」


その言葉は、シンプルながら、確固としていた。


「俺たちは、彼を支配しません。彼が何を選ぶのか、それは彼自身が決めることです」


リュカは、その言葉に、何度も頷いた。


「そっか。そっか、か」


漁師の息子は、笑った。その笑顔は、最初に合った時の、野性的な輝きが戻っていた。


「また秋に会おうぜ。夏休み、どっちも実家に帰るんだろ」


「はい。父上の書状も来ています。帰宅を命じられました」


「ならよ、秋に、また会おう。装置の話とか、いっぱい聞かせてくれよ」


「分かりました」


ノエルが、横から割り込んだ。


「鈍らねえようにしろよ。この一年で、俺たちはお前に、いろんなことを教えた。夏休み中に、馬鹿になるんじゃねえ」


その言葉は、親友としての言葉だった。厳しく、だが優しさに満ちた。


最後に、アリシアが、近づいた。


「……お元気で」


彼女は、いつもの敬語で、別れを告げた。だが、その顔は、わずかに赤い。


レインは、それに気づいた。同時に、自分も、この少女の成長を、この一年間で見てきたことに気づいた。元々の完璧さに、僅かながら、人間らしさが加わった。感情が、光を放ち始めた。


「君も――たまには笑った方がいい。似合うから」


その言葉は、出ようとは思っていなかった。だが、口から出た。


アリシアの顔が、一層赤くなった。


「……余計なお世話です」


彼女は、背を向けて、歩き去った。その背中は、妙に急いでいるように見えた。


レインは、自然に笑った。


それは、この57年間の人生で、最も純粋な笑顔だったに違いない。


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