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第30話「選択」

---


吸収段階の逆転——それは、装置の中核的な機能を逆向きに稼働させるということだった。


莫大な星脈エネルギーが、装置に向けて流れ込む状態を、装置から押し戻す状態に変える。その試みは、一種の自殺行為に等しかった。装置との接触を持つ者は、その反発エネルギーに飲み込まれる可能性が高い。


レインはそれを理解していた。だが、やるしかない。他に方法がない。


「待て」


リュカが声を上げた。


「お前一人で行くな」


「危険だ。一人の方が、手数が限定される。効率的だ」


「知るか」


リュカはレインの前に立ちはだかった。


「お前は何度、それを言う。『一人でいい』『お前らを巻き込みたくない』——だが、それはお前の独善だ。お前の分析だ。俺たちには、自分たちのやり方がある」


「リュカ」


「吸収は俺に任せろ」


リュカはそう宣言した。


「お前一人では、装置の吸収段階全体に対応できない。吸収能力S級の俺が、複数の属性を同時に制御する。それで装置の吸い込みを全方向から抑制する。お前は、その隙間を埋めるだけで良い」


ノエルも前に出た。


「俺は構造を支える」


「どういう意味だ」


「装置の周囲の星脈が崩落に向かってる。古い石造りが崩れている。俺が地相を使って、それを支える。お前らが作業している間、建造物が崩れ落ちないようにする」


「ノエル、それも危険だ。地相の複合構造制御は——」


「できる」


ノエルは言い切った。


「俺だって進歩してるんだ。お前らだけじゃなくてな」


アリシアはレインに近づき、彼の手を握った。


「識相で、全体の星脈流動を感知します。あなたたちが行動する際の視界を、私の識相で提供します。装置の状態をリアルタイムで伝える。それが私の役割です」


レインは彼らの顔を順番に見つめた。


覚悟が宿っていた。単なる友情からではなく、自分たちもこの危機を共に担う者としての覚悟が。


「頼む」


レインはその言葉を、初めて真摯な思いで口にした。


「お前たちの力を、俺にくれ」


---


四人は装置に近づいた。


アリシアの識相が、周囲全体に光を放つ。その光は、見える光ではなく、感覚的な光だった。四人全員が、その感覚を共有する。


「装置の吸収段階は、七つの吸い込みポイントを持っている」


アリシアが状況を説明した。


「地相、炎相、水相、風相、識相、光相、暗相——七つの属性ガイドから、星脈が吸い込まれている」


「俺が七つを、同時に圧さえする」


リュカは装置の周囲に位置を取った。七つのポイント——それぞれに対応する場所へ。


彼の吸収能力が、最大値に達した。複数の属性を、同時に、完璧に制御する。その光景は、他の学生たちには見えないような、星脈術の最高峰だった。


ノエルは、装置の周囲の古い石造りの補強に全力を注いだ。地相による複合構造制御——単純には見えるが、複数の圧力点を同時に安定させる作業は、高度な判断力を要求する。


彼は、装置の暴走による星脈異常が、建造物のどこに最大の負荷をかけているかを感知し、その全てに対して支柱を造り出していった。


レインは装置の中核に近づいていった。


星脈の渦巻きが、容赦なく彼を襲う。その異常な流れは、彼の身体を引き裂こうとしていた。だが、彼は進んだ。


自分の星脈を、装置の吸収メカニズムに直接投入する。


それは流れを逆転させるための、重要な触媒だった。


「逆転が始まる」


アリシアが報告した。


「吸収段階が、逆向きに稼働し始めています」


だが、装置の反発は想像を超えていた。


七百年間、自己増幅を続けてきた星脈のエネルギーが、突然、その方向を転換される。その転換に伴う反動は、莫大だった。


リュカが体勢を崩しかけた。


「押さえろ」


レインが声を出した。


「あと少しだ」


リュカは歯を食いしばり、再び吸収能力の圧力を高めた。七つのポイント全てが、均等に機能していなければならない。一つでも崩れれば、装置全体の制御は失われる。


ノエルの額から血が流れていた。複合構造制御の過負荷。だが、彼は止まらなかった。


アリシアは、全身を震わせながら、四人全体の星脈を感知し、その情報をリアルタイムで提供し続けていた。


その時——


装置の吸収段階が、完全に逆転した。


星脈の吸い込みが停止し、代わりに、装置に蓄積されていた莫大なエネルギーが、装置内部に向けて放出され始めた。


変換段階の過負荷が、急速に低下していく。


「構築段階が安定した」


アリシアが声を上げた。


「装置が、自己停止モードに入っています」


古代の装置は、その設計において、自己破壊を防ぐための機能を持っていたのだ。暴走時に、内部エネルギーを装置内部に循環させることで、外部への放出を防ぐ。それは、七百年前の設計者たちが仕組んだ、最後の安全装置だった。


装置は徐々に静寂を取り戻していった。


星脈の渦巻きが弱まり、異常な光が消えていく。


地下は、元の暗さへと戻っていった。


---


四人は、皆、その場に倒れ込んだ。


星脈術を極度に使用した後の、虚脱。身体と精神の両方が、限界を超えて消耗していた。


やがて、ゼノンと学園の講師たちが、彼らを見つけた。


「無事か」


ゼノンが問いかけた。


「装置は——停止した」


レインは、かすれた声で答えた。


「古代の自己停止装置が機能した。暴走は止まった」


学園長は、四人を見つめていた。特に、この四人の一体感を。


「お前たちは、本当に十歳か」


その言葉には、嘲笑ではなく、敬意が込められていた。


---


数日後。


学園の異常は完全に収束していた。星脈の流れも、通常に戻っていた。


講義も再開された。


だが、学園の雰囲気は変わっていた。特にレインたちに対する評価は。


噂は瞬く間に広がっていた。星脈異常を止めたのは、この四人だと。


マルクスは、その後、二度と学園に現れなかった。父親の指示に従い、学園を退学してハルヴェス家の本領に帰っていたのだ。ハルヴェス侯爵にとって、息子の進学など、古代の兵器の獲得に比べれば些細なことだったのだろう。


レインはゼノンに呼ばれた。


「装置の調査を続ける予定だ。だが、今後は学園長と評議会の公式な許可の下で行う」


ゼノンは説明した。


「古代のアンプリフィケーション機構は、単なる歴史的な遺物ではない。星脈術そのものの理解を深めるための、最高の教材だ。そして——」


ゼノンはレインを見つめた。


「本当のところ、お前たちなしに、この装置は永遠に謎のままだったと思う。その感謝を、改めて述べたい」


「先生」


レインは言った。


「教えてください。この装置が、本当に大陸崩落を引き起こしたのか」


ゼノンは、古い記録を広げた。


「確実です。古代の戦争において、一方の陣営がこの装置を使用しました。その結果が、大陸崩落です。七百年前のその出来事が、アストレイアの地形と文明を変えたのです」


「その知識を、ハルヴェス侯爵は欲していた」


「はい。自分の権力を確実にするために、古い兵器を手に入れたかったのでしょう。だが、失敗した。お前たちが止めたのです」


---


その夜。


食堂で、四人は共に食事をしていた。


リュカは、おかわりを取りに行き、戻ってきた。


「俺たちって、すごいやつらなんだな」


ノエルが笑った。


「十歳で古代の兵器を止めるなんて、派手だな」


アリシアは、淡々と答えた。


「極めて危険な状況でしたが、これは仕方のないことだったのです。学園と、そしてアストレイア全体を守るために」


レインは、四人の顔を見つめていた。


本当は、自分一人で十分だと思っていた。自分の知識で、自分の分析で、全てが解決できると。


だが、それは違う。


彼らがいなければ、この危機は乗り越えられなかった。


「ありがとう」


レインはそう言った。三人全員に向かって。


「何か唐突だな」


リュカは笑った。


「でも、こっちこそだぜ。お前がいなきゃ、俺たちは何もできなかった」


「力を合わせることの大切さを、改めて理解した」


アリシアはそう述べた。


「個人の優れた能力は確かに重要ですが、それを活かすのは、周囲の信頼と協力なのです」


ノエルは、レインの肩を叩いた。


「だから次も、一緒にいこうぜ」


「次」


レインはその言葉を反復した。


確実に、次がある。ハルヴェス侯爵の野心は、この失敗で消えたわけではないのだ。そして、アストレイアには、まだ多くの謎が眠っている。


古代の知識。星脈術の本質。そして、何より——


「次も」


レインは言った。


「一緒に行く」


四人は、顔を見合わせ、頷いた。


星杯大会での勝利は、序章に過ぎなかった。


この冬の星脈異常とその克服が、本当の物語を始めたのだ。


王立星脈学園の雪は、相変わらず降り続いていた。


その白い雪の下で、四人の少年少女たちは、自分たちの運命と向き合いながら、次へと進もうとしていた。


成功とは何か。生きるとは何か。


その問いに向かい合い続ける——それが、彼らのこれからだった。


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