第28話「リュカの覚悟」
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査問会は終わったが、その後遺症はリュカの中に深く残っていた。
それは単なる心理的な負担ではなく、学園全体の空気が自分に対して向ける微妙な違和感だった。廊下ですれ違う他の学生たちの視線。食堂での周囲の言葉。自分たちに対する評価が、確実に変わっていたのだ。
レインは才能と実績で全てを押し通したが、リュカはそうではない。自分は「家系に問題のある者」として、常に一歩不利な立場にいることを、リュカは痛感していた。
ただし、その状況下でもリュカの才能は花開いていた。
「リュカのやり方は直感的だが、とても優れている」
星脈術の実技講師、イレーヌは放課後の実習でそう講評した。
「多くの学生は、星脈を吸収する際に一つの属性に集中する。だがリュカは、複数の属性を同時に感知して、その最適な組み合わせを無意識のうちに選択している」
リュカは照れ笑いした。
「習ったわけじゃなくて、なんとなく感じるんっす」
「それが天才と呼ばれる者の特性だ」
イレーヌは続けた。
「吸収S級というランク評価は、単なる数値ではない。お前の場合、その数値の裏には、並みいる同等の術師たちが逆立ちしても辿り着けない直感的な理解力が存在している」
その言葉は、リュカの心に深く刺さった。
「だから、今の状況に負けるな。お前の才能は、お前自身を証明する。それは家系とは無関係だ」
放課後、リュカは学園の練習場で一人、星脈術の吸収訓練をしていた。
複数の属性を同時に吸収する。地相の安定性と水相の流動性。炎相の激烈性と風相の軽捷性。それらを組み合わせて、より複雑な構造を造り出す。
それは、他の学生たちが行う基礎的な吸収訓練ではなく、実質的には構築段階に近い応用術だった。
「うまくなったじゃん」
声をかけたのはノエルだった。彼は鍛冶工房から出てきたところらしく、手には金属製の練習用短剣を持っていた。
「見ててくれてたんですか」
「ちょっと様子を見にきただけだぜ」
ノエルはリュカの隣に立った。彼の顔には、相変わらずの陽気さが保たれていたが、その目は真摯だった。
「査問会の後、いろいろ大変なんだろ。学園中で噂になってるし」
「大変っちゃあ大変ですね」
リュカは吸収を続けながら答えた。
「でも、イレーヌ先生の言葉があったから。自分の才能は家系とは関係ないってのを、改めて理解できました」
「それだ」
ノエルが身を乗り出した。
「お前の親父がどうだろうが、お前はお前だ。そこんとこをしっかり持ってれば、誰が何言おうが関係ねぇ」
「ノエル」
リュカはノエルを見上げた。
「なんで俺のためにそこまでしてくれるんですか」
「何言ってんだ」
ノエルは笑った。
「お前はいいやつで、才能もある。そういう奴がいじめられてるのに、黙ってられるわけねぇじゃん」
それは単純で、しかし揺るがない理由だった。
「それに、お前の親父も」
ノエルは続けた。
「話、聞いたことあるんだ。昔は悪いやつだったけど、今は漁村で地域の人たちに信頼されてるんだってな。それってすごいことだぜ。過去を受け入れて、それでも変わろうとした」
「俺の親父が」
「そう。だからお前も、今がどうか——それが大事なんだ。過去はどうあれ、今のお前がどうか。そして、これからどうするか」
ノエルは肩をポンと叩いた。
「だから、自分の道を進め。お前はお前でいいんだ」
その夜、リュカはアリシアにも会った。彼女は読書室で、教科書の傍ら、法的な文献を調べていた。
「査問会の資料を読み込んでいます」
アリシアは説明した。
「ハルヴェス侯爵が今後、別の手段で圧力をかけてくるときに備えるために。法的な隙をなくしておく必要があります」
複数の法律書が机の上に広げられていた。ファルネーゼ連合王国の教育法。学園の規定書。貴族の権利と義務に関する勅令。アリシアは、それらをすべて読破しようとしていた。
「アリシア」
リュカは思わず声をかけた。
「なんで、そこまでしてくれるんですか」
アリシアは本を閉じた。そして、リュカを真っ直ぐ見つめた。
「あなたたちが、これまで私にしてくれたことを考えてください。星杯大会での戦い。その過程での信頼。あなたたちは、私を完璧な存在として扱わず、一人の学生として扱ってくれました」
「それは」
「それが全てです」
アリシアは続けた。
「社交界では、貴族は貴族として、常に見栄を張ります。完璧であることを強要されます。だが、あなたたちの側にいると——私は単なるアリシア・ヴァレンスではなく、アリシアとして存在できます」
その言葉の重みを、リュカは感じた。
「だから、あなたの家系の問題など、私には関係ありません。あなたは私の友人です。それだけです」
リュカは、その言葉をしっかりと心に刻み込んだ。
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数日後、講師たちの評価会があった。全学生の成績と適性について、指導者たちが意見を交わす会合だ。
その中でリュカについて、複数の講師から高い評価が上げられた。
「リュカ・フェルミの吸収能力は、Sクラスを遥かに超える部分がある」
星脈術の専門家が述べた。
「通常の評価基準では測定できない、直感的な適応能力。これは訓練では得られない先天的なものです」
「背景については」
学園長が問いかけた。
「問題は完全に解決しました。彼の能力と人格は、十分に学園の基準を満たしています」
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数日後、学園の食堂での出来事だった。
他の学生たちが、リュカの前で話題を変えた。それまでの微妙な距離感が、少しだけ縮まった。成績会議でのリュカの高い評価が、学園全体に知れ渡ったのだ。
「リュカの吸収能力は本当にすごいんだってな」
別の班の学生が声をかけてきた。
「ああ。ゼノン先生も褒めてたぜ」
その後、いくつかの課題では、リュカが主導的な役割を果たすようになった。それは、自分が能力を認められたという実感をもたらした。
その翌日、放課後。
リュカはレインに報告された。
「成績会議で、お前は高く評価されたらしい」
「あ、ちょっと聞きました」
リュカは嬉しそうに笑った。それは見栄ではなく、純粋な喜びだった。
「でも、これはまだ始まりなんですね。大事なのは、これからなんです」
「なぜそう思う」
「だって」
リュカはレインを見つめた。その瞳に、はじめて「前に進もう」という意志が宿っていた。
「俺たちは、学園で学ぶだけじゃない。もっと大きなことに向き合ってるんじゃないですか。今、この瞬間に」
レインはリュカの成長を見つめていた。
査問会の圧力の中で、彼は確実に変わったのだ。自分という存在を、より深く理解するようになった。そして、与えられた才能に対する責任を感じるようになった。
「レイン」
リュカは続けた。
「俺は、一人では何もできません。学園に来る前も、一人では何もできなかった。でも、ここにいて、お前たちと一緒にいて——俺は変わった気がします」
「その通りだ」
レインはそう答えた。
「だから、これからも——」
「俺たちは、一緒にいます。そうですね」
リュカは先回りして言った。その表情には、もはや不安はなく、確信だけが残っていた。
星脈術師として。学園の学生として。そして、何より一人の少年として。リュカ・フェルミは、自分の立場を受け入れ、その上で前に進む覚悟を決めたのだ。
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