第27話「地下の闇」
---
査問会から四日後、ゼノンが持ってきた報告は衝撃的だった。
「学園の地下区域に侵入形跡がある」
ゼノンはそう告げた。彼の顔には、動揺と怒りが混在していた。
「私の研究室の記録から判明しました。地下への秘密通路——古い通風口を改造したものですが——の痕跡が新しい。おそらく過去一週間以内に、複数回の使用があります」
「マルクスか」
レインは即座に結論を導いた。
「父の命令で。古代遺跡を調べさせている」
ゼノンが頷いた。
「確実です。そして、もう一つ——」
ゼノンは古い設計図を取り出した。それは学園の正式な建築図面ではなく、さらに古い、恐らく二百年以上前のものだ。
「この設計図には、地下への安全なアクセスルートが記されています。だが現在、そのルートは封鎖されているか、あるいは隠蔽されています。マルクスたちが使用している通路は、より危険な方法——古い通風孔を拡張したもの——のようです」
「危険なのか」
「はい。古い構造物は不安定です。特に地下七層目以深では、星脈の流れが異常です。古代のアンプリフィケーション機構が、まだ何らかの形で稼働しているのだと考えられます」
その言葉の意味するところは、レインにすぐに理解できた。危険な状態の地下に、無知なマルクスたちが入っていく。それは一つの時限爆弾だ。
「いつ調査に向かう」
レインは問いかけた。
「今夜か、それとも」
「待つべきです。マルクスの動きを観察して、彼らが発見したものを把握してから。無用な危険は避けるべきです」
ゼノンの提案は論理的だった。だがレインは別の危険を感じていた。
「いや。今夜行く。マルクスが見つけたものが何かをはっきりさせる必要がある」
その理由を、レインは言葉にしなかった。だが直感が告げていた——時間がないのだと。マルクスの調査が進めば進むほど、何かが加速していく。その何かは、星杯大会での敗北よりも、ずっと危険なものなのだ。
---
真夜中。月は雲に隠れていた。
レインとゼノンは、研究室の地下にある秘密通路の入口に立っていた。古い石積みで造られたそれは、かつては学園の設計者たちが用いた通路だったのだろう。今では誰も知らない、忘れ去られた道。
「懐中火」
ゼノンが小さな灯籠を灯した。その中に、地相の星脈術で調整された光源が仕込まれている。火を使わず、物質の発光性を引き出すもの。古い学問だが、地下での使用に最適だ。
階段を下りていく。最初は石積みだが、段々と素材が変わり、古い建材が露わになる。木造の梁。風化した鉄製の部品。そして、文字が刻まれた石板。
「ここです」
ゼノンが止まった。前方の壁には、鮮明に刻まれた古代文字が残っていた。
「七百年前の古代言語です。ファルネーゼ連合王国の建国時代、さらにその以前の言葉です」
ゼノンは懐中火を近づけた。光に照らされた文字は、慎重な手によって刻まれたものだと一目瞭然だった。それは警告だった。
レインはその刻み込みを読んだ。古い言語だが、星脈術についての知識があれば、その意味は推測できる。
「星脈増幅装置——ここに在り——」
次の文字は、より明確な警告だった。
「大陸崩落の原因——制御不能——」
その下には、さらに古い刻み込みが続いていた。
「この装置を使用することは、大陸全体に対する破滅をもたらす」「吸収から変換、構築への三段階の流れを制御できない」「七百年の呪い——再び起こらぬことを願う」
レインはそれらの古い言葉を、一つ一つ読んでいった。警告だけではなく、懺悔のような、絶望に満ちた言葉だった。
レインの脳が、高速で理論を組み立てた。
「ここの装置が、大陸崩落を引き起こしたということか」
「その可能性が高いです」
ゼノンも同じ推論に達していた。
「歴史では、大陸崩落は自然現象とされています。だがこの遺跡の位置、そしてこの警告から考えると——古代の誰かが、星脈増幅装置を使用して、意図的に大陸を揺らがせたのです」
「人為的な破壊」
レインはそう呟いた。
「人為的な——滅亡」
彼らが進んでいくと、さらに奥深い階層に到達した。そこは広大な空間だった。かつての古代人たちが造った、巨大な機構。
その中央には、幾何学的に複雑な構造物が鎮座していた。石と金属が組み合わされた、明らかに人工物。そしてその表面には、微かに光が宿っていた。星脈の光。
「これが——装置」
ゼノンは息を呑んだ。
「だが、これはまだ稼働している。星脈が流動しています」
それは実に危険な状況だった。七百年間、制御されずに稼働し続ける古代の装置。その中に蓄積されてきた星脈のエネルギーは、莫大なものであるはずだ。
レインは装置を分析した。自分の星脈感覚を研ぎ澄まして。
装置の表面には、複雑な紋様が刻まれていた。それは単なる装飾ではなく、星脈術の複合構造を表した古代の記号体系だった。
「地相が七層に積み重ねられている。水相も混在している。識相の痕跡も。複合的な星脈構造だ。これを造った者たちは、かなり高度な術式を理解していた」
ゼノンも装置を分析していた。その眉が、わずかに寄った。「レイン。この星脈の配置——単なる機械的な構造ではありません。人間がエネルギーを制御するための通常の方法を超えた、何か有機的な流れがある。まるで、生きた網のように、装置の内部が編成されている。古代の建造者たちは、単に物質的なものを埋め込んだのではなく、星脈そのものに意識的な構造を與えていたのかもしれない」
レインは装置の仕組みを脳裏で再構成した。吸収段階では、大陸全体の星脈を吸い込む。その膨大なエネルギーを、変換段階で一種の破壊力に変形させる。そして、構築段階で、その破壊力を集中させて放出する——
つまり、これは星脈を兵器化する装置なのだ。古代の技術で作られた、究極の兵器。
その刻み込みの下には、さらに古い文字が存在した。
「吸収制御不能。装置永続稼働。終わりなき連環。これより始まる」
「最後の文字は——」
ゼノンが指差した。それは最も新しく刻まれたものに見えた。
「これは七百年前ではなく、もっと最近だ」
その文字は、警告というより請願のように見えた。
「救いを求める言葉が」
---
その時、上階から音が聞こえた。足音だ。複数。
「誰かが来ている」
ゼノンが声を落とした。
やがて、懐中火の光が見えた。それはゼノンたちのものではなく、別の光源からのもの。
現れたのは、マルクスとその調査団だった。後ろには、学園の古い記録を管理する職員が三人。彼らは装置の存在に気づいていた。
「レイン」
マルクスは驚いた表情を隠さなかった。
「お前も知っていたのか」
「今、知った」
レインはそう答えた。それは嘘ではない。確実な形で装置を認識したのは、今なのだ。
マルクスは装置を指差した。その顔には、執念のような光が宿っていた。
「父上から聞いた。大陸崩落の原因は、この装置にあるのだと。そして——」
マルクスは次の言葉を、慎重に選んだ。
「この装置が完全に暴走すれば、再度、大陸に同様の災厄をもたらすことができるのだと」
その言葉の意味するところを、レインは理解した。
「つまり、父上は——この装置を兵器として使おうとしているということか」
マルクスは動かなかった。否定も肯定もしなかった。それが全ての答えだった。
この地下の秘密は、単なる古代の遺跡ではなかったのだ。それは、王国全体の運命を左右する兵器だ。そして、ハルヴェス侯爵はそれを手に入れようとしている。
レインの脳が再び高速で動いた。この知識の重さ。この責任の大きさ。
「マルクス。お前は本気で、これを手に入れたいのか」
「当たり前だ」
マルクスはレインを見つめた。その目に、ついに本来の姿が現れていた。星杯大会での敗北などは、この野心の前では塵のようなものだったのだ。
「強い者が統治する。それが世界の理だ。父上がこの力を手にすれば、ファルネーゼ連合王国全体を支配できる。そして、俺はその力の一部を受け継ぐ」
「その代償が何かを理解しているのか」
レインは問いかけた。
「大陸全体の滅亡だ」
マルクスは、その問いに対して何も答えなかった。ただ、その瞳が揺らいだ。ほんの一瞬だが、迷い、あるいは恐怖が走った。
だが、それは瞬時に消えた。代わりに、執念だけが戻ってきた。
「父上は言った。強い者だけが生き残るのだと。この力を手に入れることができたなら、我が家は絶対不動の地位を得られるのだと。そして、王国全体を統治できるのだと」
「それは狂気だ」
レインは言い放った。
「わかっている」
マルクスは静かに答えた。
「だが、わかっていてもなお、手に入れたいのだ。力を。絶対的な力を」
その時、その瞬間、装置が反応した。
微かな振動——ではなく、明らかな異常が、地下全体を揺らした。地表から七層下の古代装置は、二人の会話に反応するかのように、その稼働を加速させ始めたのだ。
古い光が、装置の表面からもれ始めた。星脈のエネルギーが、制御を失い始めている兆候だ。
---




