第26話「包囲」
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評議会の決定は迅速だった。三日後、レイン・アルヴェスとリュカ・フィッシャーの入学資格について「詳細な査問会」が開かれることが宣告された。その査問会は、事実上の退学勧告の前段階である。
学園内の噂はすぐに広がった。学生たちの間で、二人の出身背景についての議論が飛び交った。中には、星杯大会でマルクスに勝利した者たちへの憎悪めいた批評も混じっていた。
レインはその全てを冷静に観察していた。自分の時間が制限されていることに気づいていた。そして同時に、この圧力が単なる嫌がらせではなく、精密に計算されたものであることも理解していた。
食堂で朝食を取るとき、アリシア・ヴァレンスが自分の隣に座った。彼女の表情は怒りで張り詰めていた。
「不当です。これは権力による抑圧です」
アリシアは声を低めて話した。周囲に聞こえないように配慮しながら。
「マルクスの父親、ハルヴェス侯爵が仕掛けたのです。星杯大会での敗北が悔しくて。ですから、あなたたちの出自を攻撃することにしたのです」
「そうだろうね」
レインは淡々と返答した。
「だが、それに対してどうするかが問題だ」
アリシアは食事を置いて、レインを正面から見つめた。その瞳に、一つの決意が宿っていた。
「ヴァレンス家の名を使います。私が評議会の面々に働きかけます。うちの家の資金援助と政治的な影響力を持ってすれば、マルクスの動きを牽制できます」
「お前が余計に巻き込まれるだけだ」
「それでいいです」
アリシアの返答は即座だった。
「あなたたちのために身を危険にさらすことが——同じ学園の仲間のために。それは私が選ぶことです。ですから、遠慮なさらないでください」
その直後、ノエルがリュカと共に食堂に現れた。ノエルの顔も、普段の陽気さを失っていた。
「俺もやる」
ノエルはレインに向かって宣言した。
「カルドゥス一族の人脈を使う。俺の家も学園への関与は深い。マルクスの動きに対抗するために、俺たちのコネを動かすしかねぇ」
「ノエル」
リュカが呟いた。
「お前らが巻き込まれていいのか」
「当たり前だろ」
ノエルは笑った。それは強張った笑いではなく、本当の笑みだった。
「お前らは俺の仲間じゃん。何も助けないなんてあり得ねぇ」
レインは四人の顔を順番に見つめた。アリシアの決意。ノエルの仁義。リュカの不安。そして自分自身の複雑な感情。
前世の蓮は——いや、現在のレインは初めて気づいていた。一人で全てを負うことが、唯一の方法ではないのだと。
「わかった。頼む」
その言葉を口にするとき、レインの心中に何かが変わった。信頼をする側から信頼をされる側へ。負荷を一人で抱える者から、他者の力を受け入れる者へ。
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査問会の三日前。
ゼノンはレインを研究室に呼んだ。地下への調査について、助力を要請するためだ。
「地下遺跡の位置がほぼ特定できた」
ゼノンは古い地図を広げて見せた。
「だが、アクセスルートが問題だ。公式に学園評議会を通じて調査許可を取ろうとしても、今のこの状況では許可が下りない。マルクスの圧力で、全てが後回しにされてしまう」
「つまり、非公式に調べるしかないってわけだ」
「そういうことになる。だが危険だ。古代の遺跡には何が眠っているか、わからない」
レインはゼノンの表情を見ていた。興奮と不安の混在。
「手伝う。だが、その前に査問会に対応する必要がある。三日後、決着をつける」
「君は通過すると確信しているのか」
「いや。だが、三日間で十分な対策ができる。そしてその後、地下の調査をする」
レインは既に計画を立てていた。査問会での反論。その後、マルクスの動きの本当の目的を見極めること。そして、地下遺跡の秘密を知ること。
時間は少ないが、やるしかない。
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評議会の部屋は、厳格な雰囲気に満ちていた。石造りの古い壁、高い天井、そして権力を象徴する家紋が刻まれた長いテーブル。その両側に、学園の評議員たちが座っていた。
その中央に、レインとリュカは立たされていた。対面には、マルクスの父親——ハルヴェス侯爵の代理人である学園の理事ライフェルドが座っていた。彼の表情は、始めから判決を下した者のそれだった。
「レイン・アルヴェス。お前の出身地はアルヴェス家ではあるが、その詳細な素生については不明な点が多い。特に、なぜ十歳の現在まで、星脈術師としての教育を受けていなかったのか。その点が不透明である」
これは事実である。レインは転生者だから、前世の記憶で学問や理論は備えていても、現世での正規の教育を受けていなかった。その矛盾を突かれていた。
だがレインの返答は冷徹だった。
「アルヴェス家の教育方針です。次男であり、継承権も見込まれていない私には、公式な星脈術の教育を受ける必要がないと判断されました。代わりに、家のコネクションを通じた人脈形成に重きが置かれました。その結果、この学園への推薦を受けることができたのです」
それは嘘ではなかった。グレン侯爵が、実際にそう決定していた。転生者の素性を隠すために。
「だが、入学後の成績は申し分ありません。星杯大会での優勝。吸収能力の優秀さ。実績が証明しています」
レインは冷静に事実を並べた。その目は、評議員たちの顔を順番に見つめていた。権力者の顔を。その中には、アリシアが私的な関係を通じて接触してきた者たちも含まれていた。
ノエルの家系の人脈も、この部屋の中に確認できるはずだ。
次にリュカが問われた。
「君の家系は疑わしい。悪人の子息であることは変わらない。学園の規定では、明らかな犯罪者の直系は入学できないはずだが、なぜ君は例外扱いされたのか」
「俺の親父は、確かに過去に悪いことをした。だが、今は違う」
リュカの声は揺らがなかった。ここまで来るために、何度この説明をしてきたことか。
「俺は親父と同じ道を歩みたくない。だからこそ、星脈術師になりたいんです。その可能性を信じて、この学園に来たんです」
その言葉は、どこまでも素直だった。それが、かえって評議員たちの心を動かした。
「実績はどうか。君の吸収能力は、実測値でSランクだと報告されている。これは十代の学生としては極めて稀だ」
「俺の才能は、天のものです。親父が誰かってのは、その才能の価値を変えるもんじゃないと思うんです」
リュカは続けた。
「俺はここで学びたい。ここにいる仲間たちと、共に成長したい。それだけです」
その後、アリシアとノエルが証言台に立った。彼らは、レインとリュカの能力と人格について証言した。その言葉の背景には、家系の政治的な圧力も含まれていた。
結果として、レインとリュカの退学勧告は却下されることになった。評議会は、マルクスの父親の圧力よりも、確実な才能と実績、そして複数の有力家族による推薦を優先したのだ。
査問会の後、石廊下でアリシアはレインに声をかけた。
「勝ちました」
「お前たちのおかげだ」
レインはそう答えた。その視線は遠く、別の場所を見つめていた。
「だが、これはまだ序章だ。マルクスが本当に狙っているものは、別にあるはずだ」
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その夜、学園の地下からは奇妙な光が漏れていた。それは星脈術師のそれではなく、もっと古い、もっと異なる光だった。
だが学園の全員がそれに気づくことはなかった。ただ、重圧の季節がさらに進むことだけが、静かに告げられていたのだ。
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