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第25話「冬の兆し」

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秋が深まり、学園の周囲の山々が赤く染まる季節から、やがて白く変わっていった。十月の終わりには初雪が降り、十一月に入ると本格的な冬がアストレイアの北部を覆った。


王立星脈学園の広大な敷地に積もった白い雪は、石造りの建物群を一層厳かに見せていた。講堂の屋根にも、練習場の縁にも、古い樹木の枝にも等しく白が積もっている。朝日を受けてきらきらと輝く光景は美しいものだったが、同時に気温の厳しさを物語っていた。


レイン・アルヴェスは自分の寮室から、その景色を眺めていた。窓の外を見つめる視線は遠く、思考は現在の状況を整理していた。


冬の季節は、単に気象の変化をもたらすだけではなかった。学園の雰囲気にも微妙な変化が生じていた。それは重圧のようなもの——権力の綱引きが、無言のうちに学園全体を覆っているような感覚だ。


「また呼ばれたか」


レインの部屋に届いたのは、学園の評議会からの書状だった。内容は簡潔だった——レイン・アルヴェスの入学資格と修学状況について、より詳細な確認を行いたい、と。


それは見知った手口である。十年前、ハルヴェス侯爵がグレン侯爵を追い詰めるために使った政治的圧力。あのとき、詐欺罪という名目で、だが実は権力の代理戦争だった。


書状を握る手に力が入った。だが、レインの表情は動かない。前世の蓮は、こうした権力の試合を何度も見てきたのだ。組織内での陰謀、上司たちの権力闘争、部下を盾にした政治的な攻撃——全て経験している。そのときの判断基準は、常に同じだった。相手の目的を見極め、状況の全体像を把握してから、対応を決める。


焦ってはいけない。むしろ、この圧力そのものが、何かを隠蔽しようとしている可能性もある。つまり、マルクスやハルヴェス侯爵が本当に狙っているものは、レインへの追放ではなく、別の何かなのかもしれない。


「歴史は繰り返す、か」


レインは書状を静かに机の上に置いた。しかし驚きはなかった。むしろ予想していたほどだ。星杯大会でマルクスが敗北した日、その眼に宿っていた危険な光——あれは単なる敗北の悔しさではなく、何かより深い、計算された意志の現れだったのだ。


同じ時刻、別の場所では異なる圧力が加えられていた。


リュカは学園の会計事務棟に呼ばれていた。背の高い壮年の男性——教育委員を務める元貴族の従者は、机の向こう側で書類を眺めながら話していた。


「リュカ・フィッシャーである君は、学園の入学規定を完全に満たしているのか。商人の子息ではなく、更正者との登録がある。その出身由来について」


「俺の親父は、昔は悪人だった」


リュカは素直に答えた。隠すことではない。学園の資料にも記録されている。


「だが今は漁村で正直に働いている。俺もその血を引いているが、俺は星脈術師になりたいだけだ」


委員の顔は動かなかった。


「不適切な家系背景を有する者の入学には、常に議論の余地がある。特に、才能の優れた学生ほどに。君の吸収能力は確かに傑出しているらしい。だが、家系の不透明性は——」


この言葉の羅列は、結論を先に決めたうえでの論理の装飾に過ぎない。リュカはそれを感じ取った。


同じ日の午後、ゼノンは研究室で新たな発見に興奮していた。


古い文献と学園の地下構造に関する建築図面を組み合わせることで、地下遺跡の位置がより正確に絞り込まれたのだ。学園が建てられた基礎は、実は七百年前の古代遺跡の上に構築されていた。その痕跡は建築図面に暗に示されていた——支持柱の配置、地基の深さ、そして奇妙に補強された地層の構造。


「これは確実だ。学園の直下、南東方向から北西方向にかけて、古代の構造物が眠っている」


ゼノンは一人で声を出した。彼の目は興奮に輝いていたが、同時にどこか不安な光も宿していた。古い時代の物は、しばしば古い秘密を抱えている。


その秘密が、なぜ隠されていたのか。その質問に答えるために、ゼノンは詳細な記録を整理していた。


一方、学園の別の場所——執行部の部屋では、マルクスが計画を進めていた。彼の前には数枚の書類が広げられていた。星杯大会での敗北は挫折ではなく、次の作戦への転換点だったのだ。


父のハルヴェス侯爵から届いた指示は明確だった。直接の対抗では勝てない。ならば周囲から潰すのだ。レイン・アルヴェスの入学資格を問題視する。彼の友人たちの背景を調査する。そして学園の評議会を通じて、圧力をかける——政治的な圧力を。


マルクスは、評議会の複数の面々に私的に働きかけていた。学園の理事ライフェルドは、ハルヴェス家の支援者だ。彼を通じて、徐々に圧力を高めていく戦術。それは、急激ではなく、段階的に相手を追い詰めるやり方だった。


星杯大会での直接的な対抗では、レインに敗れた。だが、権力闘争は別だ。学園という組織の中では、実績や才能だけではなく、背景や出自も重要な要素なのだ。そこをマルクスは狙っていた。


「レイン・アルヴェスはあまりにも出自が明らかでない。アルヴェス家次男という身分は確実だが、何かを隠しているはずだ」


マルクスは呟いた。実際のところ、レインが前世の記憶を持つ転生者であることなど知る由もない。だが、何かが異常である——その感覚は正しかった。


「そしてリュカ・フィッシャー。家系の問題がある。アリシア・ヴァレンスは確かに完璧だが、一人では何もできない」


マルクスの指の先が机の上で軽く叩かれた。戦術の変更。星杯大会での直接対抗から、政治的な包囲へ。


レインは夜更けまで、学園の図書室で星脈の理論と古代の記録を読んでいた。ヴァルター先生から受け取った星脈地図も、繰り返し確認していた。


冬の冷たい空気が窓から流れ込み、キャンドルの炎が僅かに揺れていた。周囲は静寂に満ちていたが、レインの脳裏は高速で動いていた。


政治的な圧力の手法。マルクスの計画。そして、学園の地下に眠る古代の秘密。これらが一つの結び目になって、やがて大きく膨らもうとしているような予感がした。


「前世の蓮は、組織内での権力闘争を数多く見てきた。上司から同僚、部下との関係まで、あらゆる階層での利益の衝突を目撃した。しかし、あのときは武器が金であり、情報であり、人脈だった。ここでは違う。ここにあるのは、星脈術と、古い知識と、そして家系という名義だ」


レインは前世と現世の違いに思いを馳せていた。だがどちらにせよ、本質は変わらない。権力は権力を呼び、秘密は秘密を呼ぶ。


窓の外では、白い雪が静かに降り続いていた。冬は、静けさに包まれた季節に見えるが、その下では多くのことが動いていた。学園全体が、目に見えない圧力に支配されていく季節——それが冬だったのだ。


レインは書状をもう一度読み直した。返答の期限は三日。その時間を使って、彼は何をするのか。攻撃に応じるのか、それとも待つのか。


「待つ」


レインは決めた。まずは状況の全容を把握する。ゼノンの研究がどこまで進んでいるのか。マルクスは何をしようとしているのか。そして、この圧力の本当の目的は何なのか。


翌日、レインはゼノンに会った。研究室では、新たな古い地図が広げられていた。


「地下遺跡の位置が、さらに明確になってきた」


ゼノンは興奮を抑え切れていなかった。


「学園の南東、直下七層の深さ。かなり大規模な古代構造物だ。七百年前のものではなく、さらに古い——おそらく千年以上前のものだと考えられる」


「何か引っかかることは」


レインは、ゼノンの言葉の隙間を読もうとしていた。


「ある。この遺跡が何のために造られたのか。その機能が不明だ。ただ、星脈の流れが異常だ。通常の建造物のそれではない」


その言葉は、レインに警戒心を与えた。普通ではない星脈の流れ。それは、古代の高度な技術の存在を示唆していた。


ゼノンの研究が進めば進むほど、何かが明かされるはずだ。そして、その明かされたものが、マルクスの動きと関係しているのかもしれない。


冬の兆しは、単に季節の変わり目ではなかった。それは、大きな問題が近づいてくることを知らせる、天の警告だったのだ。学園の表面は平穏に見えても、その下では多くのことが動いていた。


権力の綱引き。古代の秘密。そして、それらが交差する時点で何が起こるのか。


レインは窓を閉じた。冷たい風は遮られたが、心中の緊張感はより濃くなった。雪はなお降り続き、学園全体を白く覆っていった。


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