第24話「勝利の味」
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試合終了から二時間後、学院の食堂は、祝賀の場と化していた。
星杯戦の優勝チーム。レイン、リュカ、ノエル、アリシア。四人は、他の学生たちからの祝福を受けていた。教官たちも握手をしに来た。中にはイレーネ教官もいた。「悪くない」——彼女にとっては最大級の賛辞だろう。ゼノン教授は「いやあ、素晴らしい」と何度も眼鏡を拭きながら繰り返していた。王都の貴族たちも、一言、言葉をかけてくれた。
だが、四人は、食堂の片隅の席に陣取っていた。人目につきにくい、静かな場所だ。
「あはは、もう一杯!」
リュカが、フルーツジュースを飲み干した。その様子は、本当に酔っているようだった。いや、正確には『酔った演技』をしていた。だが、その演技も、本人は真面目にやっている。アルコールは含まれていないが、リュカにとって、その違いは些細なものらしい。
「お前、もう六杯だぞ」
ノエルが、低く笑った。珍しいことに、ノエルも、わずかに口元が緩んでいた。試合での充実感。そして、レイン、アリシアとの時間が、彼をこんなにも柔らかくしていた。
「だって、気持ちいいじゃん。最高の気分だぜ」
リュカが、ふらふらになって歩いている。その姿は、本当に酔っているように見えた。
「バカだ」
ノエルが、そう言いながらも、リュカの肩を支えていた。
アリシアは、デザートのお菓子を、静かに食べていた。だが、その顔は、いつもより柔らかかった。
「アリシア、珍しく笑ってるね」
レインが、言った。
「そう?」
アリシアは、僅かに顔を上げた。
「私は、常に笑顔を心がけています」
「いや、違う。それは、社交的な笑み。今のそれは」
レインは、言葉を探していた。
「『素』の笑み、だ」
アリシアは、少し顔が赤くなった。だが、逆らわなかった。
「そうかもしれません」
そして、彼女は、再びお菓子を食べた。
レインは、セドリックへの手紙を思い出した。先ほど、封をして、学園の配送所に預けてきたばかりだ。
『兄さんへ。勝ちました。
だが、一人では勝てなかった。リュカ、ノエル、アリシア。その三人がいなければ、俺は何もできませんでした。
それが、嬉しいんです。
前世では、自分一人で全てを背負うことが、強さだと思っていました。だが、この世界で、俺は学びました。信頼することが、強さだということを。相手を信じて、自分たちの力を統合すること。その感覚が、俺にはもう逆戻りできない喜びになっています。
明日から、冬が来ます。新しい季節です。新しい試練も、きっと来るでしょう。だが、もう俺は、一人ではありません。
その幸福が、今、俺を満たしています』
手紙の最後に、セドリックの言葉を付け加えた。『貴方の手紙をもらい、俺も学びました。責任を知った上で、それでも人を信じることの勇気を』と。
その夜は、長く続いた。
やがて、夜中になってもなお、学生たちは祝賀を続けていた。教員たちも、大目に見てくれている。星杯戦の優勝は、学園全体の栄誉だからだ。
リュカは、本当に酔っ払ったまま、食堂で眠った。何杯ものジュースを飲み続けた結果、満足し切ったのだろう。ノエルが、彼を背負って寮へと向かった。アリシアは、レインと一緒に、月の下の庭を歩いた。
「綺麗ですね」
秋がまだ名残を留めているが、冬の気配が強くなっていた。風が、冷たい。樹々の葉が、一枚また一枚と散っていく。季節の移ろいは、容赦ない。
「ああ」
レインも、その月を見つめていた。
「レイン、これからどうするんですか?」
アリシアが、突然、質問を投げかけた。
「どうするとは?」
「学園での目標です。星杯戦は、終わりました。次は?」
レインは、その問いに、すぐには答えられなかった。
前世なら、答えは明確だった。次のステップ。次の目標。常に先へ進むことが、生き方だった。昇進、昇給、地位。そういった目に見える達成を、常に追い求めていた。
だが今は――
その人生は、死で終わった。そして、今のレインには、それとは異なる価値観が芽生えていた。
「お前たちと、稽古を続ける。もっと強くなる。そして」
「そして?」
「この世界の秘密を、理解する。星脈術の本質。古代文明の遺産。そういったものを、全て理解することで、初めて、この世界における俺たちの立場が見えてくるんだろう」
アリシアは、静かに頷いた。
「難しいことを考えてますね」
「そうか?」
「でも」
アリシアが、冬の庭で立ち止まった。
「私たちなら、できると思います。四人なら」
その言葉は、シンプルだが、絶対的だった。
レインは、その自信に、静かに同意した。
翌日は、学園全体が、優勝チームを祝う日となった。
王妃陛下から、直接、祝辞があった。皇太子も、レインたちに声をかけてくれた。そして、賞状と、報奨金が授与された。一般の学生たちも、道を歩くたびに、名前を呼ばれた。
レイン・アルヴェス。リュカ・フィッシャー。ノエル・カルドゥス。アリシア・フォルティウス。
その名前が、学園全体に知れ渡った。
だが、その祝賀の中で、レインは一つの光景を見逃さなかった。
マルクス・ハルヴェスの姿を、廊下の向こうに見かけた。
侯爵家の嫡子は、決勝戦の敗北後も学院に残っていた。しかしその目には、以前とは異なる光が宿っている。単なる監視者の冷たさではない。屈辱を受けた者の、何かをせずにはいられない焦燥。父親と同じ目だ。あの時のことを思い出す。侯爵が見せた、追い詰められた者の目。
「あいつ、何か企んでるんじゃないか?」
ノエルが、同じことを感じていたらしい。
「ああ。だが、今は何もできない」
レインは、その事実を受け入れた。
「相手の動きは、こちらが主動的に『待つ』ことでしか、見えない。今は、それで十分だ」
秋から冬へ。季節が移ろうとしていた。
学園の樹々も、色を落とし始めていた。葉が散り、冬の透明な光が、枝を照らしている。そして、その樹々の根では、新しい季節への準備が、静かに進んでいるはずだ。
同じように、レインたちも。
新しい季節への嵐が、来るであろうことを、漠然と感じながら。
星脈術の枯渇の危機。セドリックが警告する増幅装置。マルクスの危険な目。ゼノンが開示した古代の秘密。それらは、全て、遠い未来ではなく、今この時代に、密かに進行しているのだろう。波は、静かに押し寄せている。
だが、その嵐も、今は遠い。今は、勝利の時間を、友人たちと共に、味わう。
その時間が、どんなに貴重か、レインはようやく理解した。
星杯戦の優勝。それは、単なる栄誉ではなく、次への足がかり。そして、その足がかりの先には、誰かが待っているという確実な感覚。
レインは初めて、完全に『ここ』にいることを実感していた。過去でもなく、分析の中でもなく。今この瞬間に。
まだ分からないことは多い。自分が何者で、何を成すべきなのか。しかし——その問いの傍らに、三人の存在がある。それだけで、問いの重みが変わっている。
冬の風が、庭を吹いていた。




