第22話「決勝前夜」
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決勝戦の前夜は、学園の屋上にいた。
月が、ほぼ満月に近い。その光の下で、四人は何もせず、ただ座っていた。実は、誰かが提案したわけではない。自然と、レイン、リュカ、ノエル、アリシアが、同じ場所に集まっていたのだ。
試合前夜だというのに、稽古をしていない。戦略の最終確認もしていない。ただ、月を見ている。その静寂は、いつもの四人ではありえないことだ。だが、今のレインたちには、言葉以上に大切な何かがあった。
「明日だな」
ノエルが、呟いた。
「ああ」
沈黙が、また降りてきた。
四人の中で、最初に話を切り出したのは、意外にもリュカだった。
「なあ、お前らって、なんで戦ってるんだ?」
「は?」
ノエルが、首をかしげた。
「明日の試合。何で出てるんだ?」
それは、簡単な問いに見えて、そうではなかった。
リュカは、自分の動機を述べることにした。
「俺さ、父さんに見せたいんだ。漁師の息子だって、出来るってことを。学園に来る前、父さんは『お前が何をできるのか見てみたい』って言ってた。だから、明日勝ちたいんだぜ」
その言葉は、素直だった。
ノエルが、次に言った。
「俺は、カルドゥス家の名前を背負ってる。二男だけど、その重さは変わらない。次男だからこそ、何かで成功しなくちゃならない。誰かに『あいつはカルドゥス家を代表する才能だ』って言わせなくちゃならない。だから、勝たなくちゃ」
その言葉には、強い執着があった。家族の名誉。身分への抵抗。
アリシアが、静かに言った。月光が、彼女の柔和な顔を照らしている。
「私は……親の期待で戦ってるわけじゃない。家の名前を背負わせられるのは、嫌です。だから、『アリシア・フォルティウス』として、自分自身の力で何か成し遂げたい。それが、明日です」
彼女の言葉は、いつもの敬語ではあるが、その奥底には強い意志がある。家族の期待。貴族の身分。そういったものに支配されることへの、静かな反発。そして、自分自身で道を切り開きたいという、迫切な願い。
三人の視線が、レインに向いた。四人の中で、最も謎めいた存在。最も計算高い少年。最も感情を隠す術に長けた少年。
「お前は?」
レインは、月を見つめていた。その目は、いつもの分析的な光に満ちている。だが、その奥底には、何か異なる感情が蠢いている。
自分の動機は何か?
強くなること。星脈術の知識を深めること。前世での失敗を、この世界で取り戻すこと。古代文明の秘密を解き明かすこと。この世界の本質を理解すること。
全て、そうかもしれない。論理的で、合理的で、計画的な動機ばかりだ。
だが——
レインは、その全てを背後に置いた。
「俺は、お前たちと一緒に戦いたいだけだ」
それは、彼自身にとって、驚くべき発言だった。
「へ?」
リュカが、笑った。
「それだけ?」
「ああ。論理的な理由ではない。計画的でもない。だが」
レインは、初めてはっきりと、その感覚を言葉にした。前世の自分には、こういった言葉は出ることはなかった。
「明日、対戦相手を倒すことも大切だ。勝利することも大切だ。だが、その瞬間、お前たちと一つになって、一つのことを成し遂げる。その感覚。その時間。それが、俺にとって最も大切だ」
月光の下で、四人の表情が、微かに変わった。
「何それ、ロマンティックだな」
ノエルが、珍しく柔らかい声で言った。
「お前らしくない」
「そうだ」
レインも認めた。
「だが、嘘ではない」
アリシアが、静かに言った。
「理由は何であれ、私たちは明日、一緒に戦う。その事実は変わりません」
沈黙が、また降りた。
だが、それは不快な沈黙ではない。むしろ、充足感に満ちた沈黙だった。
リュカが、寝転んだ。
「なんか、変だぜ。こんなこと、半年前にあると思わなかった」
「同意だ」
ノエルも、寝転んだ。
「俺たちって、何でこんなになっちゃったんだろう」
「必然」
レインが、答えた。
「四人の特性が、完璧に合致しているだけだ」
「お前は、本当に、ロマンティックじゃないな」
アリシアが、笑った。普通に、素の笑顔で。彼女のそういう笑顔は、本当に稀だ。常は社交的な微笑みで、相手に不快感を与えない。だが、この笑顔は、心からのものだ。
レインは、その笑顔を見て、自分も僅かに口元が緩むのを感じた。
「四人だからこそ、何かが成し遂げられる。その論理的な事実が、俺にはロマンティックに見える」
レインの言葉は、矛盾している。だが、その矛盾こそが、彼の成長を示していた。
「それ、絶対お前の前世の影響だ」
リュカが、からかった。
誰もが、その言葉に笑った。前世についての言及は、それほど珍しいものではなくなっていた。リュカ、ノエル、アリシアは、レインが別の世界から来たことを知っている。そして、それを受け入れている。
月はさらに高くなっていた。夜中だ。明日は朝から準備がある。
「そろそろ、戻ろう」
アリシアが、言った。
四人は、屋上から降りた。だが、その背中の距離は、いつもより近かった。
廊下を歩く四人を、誰かが見かけたなら、何かが違うことに気付いただろう。四人が、完全に一つの単位として機能していることに。
各自の部屋に戻る時、レインはセドリックへの手紙を書くことにした。
『兄さんへ。明日、決勝戦があります。勝つために、全力を尽くします。だが、それ以上に大切なことがあります。それは、ここにいる三人の友人たちと、一緒に戦うということです。
兄さんが手紙の中で言ったことは、正しいです。責任を持つことの大切さ。一人では成し遂げられないことがあるということ。その全てを、今、理解しています。
明日の試合で、それが全て報われるわけではないでしょう。だが、この時間は、確実に、俺を変えています』
手紙を折った。明日の試合後に、封をして送るつもりだ。
各自の部屋に戻った後も、レインは眠れずにいた。窓の外では、月がまだ輝いていた。
寮の自分の部屋。その机の上には、セドリックへの手紙が置かれていた。まだ完成していない。明日の試合結果を見て、初めて完成させるつもりだ。
「兄さんへ」
その冒頭は、すでに書かれていた。だが、続きは空白だ。
何を書くべきか。勝利について。友人たちについて。この数日間で感じた変化について。
星脈術の知識も、責任も、全てを背負いながら。
そして、友人たちの顔を思い出しながら。
リュカの、素直な笑み。ノエルの、無器用な誠意。アリシアの、珍しい素の笑顔。
明日、彼らは戦う。それも、栄誉や賞状のためではなく、ただ一緒にいたいという、その理由だけで。
それは、論理的ではない。計画的でもない。前世では絶対にあり得ない理由だ。
だが、それが、レインにはもはや最も尊い理由になっていた。
窓を通して見える夜の空。星々が輝いている。その星々も、星脈と呼ばれるエネルギーと関連があるのだろう。古代文明は、星々とこの世界の運命を、どう考えていたのか。
その謎も、いつか解き明かしたい。だが、今は別だ。今は、ただ明日を待つ。




