第21話「ゼノンの発見」
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決勝は三日後だ。その前に、ゼノン教授からの緊急の呼び出しを受けた。
通常、教授からの呼び出しは予定的なものだ。だが今回は「すぐに来なさい。誰にも告げずに」という一文が付いていた。その言葉の重さから、何か重要な発見があったと察しがついた。
学園の図書館の奥、古文献保管室。そこはレインにとって、学園内で最も落ち着ける場所だった。灯りは薄く、本の匂いが満ちている。ゼノン教授は、その中で、一冊の古い羊皮紙を広げていた。その横には、複数の古代言語の辞書。破損した文献の復原用の道具。そして、メモ用紙には、何行にも渡る、古い文字が記されていた。
「見なさい、レイン」
「これは?」
「先日の発掘調査で、新しく見つかった古代文献の断片だ。紀年法で言えば、大崩壊の直前の時代のものと思われる」
レインは、その文献に目を走らせた。古い言語だが、学園で習った古代言語の知識で読める。内容は——
「『星脈の過剰吸収により、地脈の走行が不安定化。安全基準を超えた採掘が続く場合、大陸規模の地殻変動の危険がある。官は即座に採掘制限を発令すべし』」
「その通りだ」
ゼノン教授は、眼鏡を取った。年配の顔が、より老いて見える。疲れている。この発見の重さを、一人で背負っているのだろう。
「レイン、我々は長い間、大崩壊を自然災害だと考えていた。天が怒った。大地が震えた。そういった自然的解釈をしてきた。だが、これによれば違う」
教授は、もう一度、羊皮紙に目を落とした。
「古代人たちの記録は、明確だ。人災なのだ」
「人為的な災害?」
「より正確には、古代人たちの星脈術の過度な使用がもたらした結果だ。星脈から星紋エネルギーを吸収するとき、地脈も同時に枯渇する。その枯渇が、ある臨界値を超えると——地殻そのものが崩壊する」
レインの血が冷えた。
古代文献の警告。それは、過去の実例から導き出されたものだ。つまり、かつて古代人たちは、その警告を無視した。そしてその結果が、大崩壊だったのだ。
現代の星脈術の使用は、どの程度の規模か?
日々の生活での吸収。医療魔法の施術。戦争に使われたとき。兵士たちの一斉吸収。大城塞の防御魔法。そして、もし実際に——セドリックが警告していた増幅装置が存在し、それが使われたら?
その場合、星脈の枯渇は、きっと、指数関数的に加速するだろう。
「先生」
「ん?」
「現在の星脈の枯渇度合いは、計測されていますか?」
ゼノン教授は、眼鏡をかけ直した。
「いい質問だ。答えは、計測できない」
教授は、深く息をついた。
「古代文献に書かれた『基準値』が何であったか、現代では判明していないからだ。また、古代と現代では、星脈術の使用方法も異なっている。彼らは、より直接的に星脈から吸収していたと思われる」
「では、我々の現在の使用が、危険水準か否か、判定できない」
レインは、その含意を理解した。知識があっても、判断ができない。それは、ある意味で、知識以上に危険なのだ。
「その通り。ただし」
教授は、古い羊皮紙をそっと閉じた。
「この情報が、一般に知られてしまったら、どうなると思う?」
レインは、すぐに理解した。
もし一般庶民が知ったら、星脈術師への不安と不信は、計り知れないだろう。もし悪意ある者が知ったら、政治的な武器として使うかもしれない。星脈術を制限させ、別の支配体制を作る口実として。
「慎重に扱う必要があります」
「その通り。だから、この情報は、信頼できる者だけが知る必要がある。レイン、お前は、この事実を知った上で、どう考える?」
それは、簡単な問いではなかった。
レインは、三日後の決勝戦のことを考えた。自分たちが放つ星脈術の一撃。その背後にある、地脈への負荷。
だが同時に、星脈術がなければ、この世界はどうなるのか。医療魔法。照明魔法。輸送魔法。農業用の灌漑魔法。星脈術がなければ、文明は成り立たない。
「人類は、自分たちの行為の全ての結果を知ることはできません」
「ああ」
「しかし、知ったなら、その責任を負う必要があります。星脈術を使う全ての者が、潜在的な危険を知った上で、慎重に使う必要がある。それは、政治家であり、術師であり、学園の教員であり、学生でもあります」
ゼノン教授は、静かに頷いた。
「優れた答えだ。だが、それは困難な道だ。知識は、時に重荷になる」
「はい」
「それでも、お前は知ることを選ぶか?」
「はい。知った上で、誤りうる選択をするのと、知らずに誤りうる選択をするのは、別です」
教授は、老いた手で羊皮紙に触れた。
「お前の兄上から、何か手紙は来ているか?」
突然の質問だった。
「はい。先月、警告が。古代文献と星脈術の関連についての警告です」
「何と書かれていた?」
「『増幅装置の危険性』。星脈術の力を無限に増幅できる装置があったとしたら、その使用は、大崩壊と同等の危険をもたらす、と」
ゼノン教授は、深く息をついた。
「お前の兄上は、優れた研究者だ。おそらく、同じ結論に達しているのだろう。そして、この知識が、どう利用されるか、懸念している」
レインは、ようやく理解した。
自分の兄セドリック・アルヴェスが、なぜあれほど厳重に警告を送ってきたのか。ただ学問的な興味からではなく、現実的な危機への警告だったのだ。
「先生、もし星脈術の無限増幅が、実際に存在したら?」
「世界は滅ぶだろう」
その言葉は、簡潔で、絶対的だった。
「だから、レイン。お前たちが学ぶべきことは、星脈術の『力』ではなく、『責任』だ。この知識を胸に秘めながら、どう生きるか。どう選択するか。その学習こそが、本当の意味での『強さ』だ」
窓の外では、秋の風が吹いていた。
三日後、決勝戦で、レインは星脈術を放つ。それは、美しい光だろう。観客たちは、拍手するだろう。勝利は、喜びだろう。
だが同時に、それは、地脈への負荷でもあるのだ。
その両面を、同時に見る必要がある。
「では、頑張りなさい。決勝戦で」
「ありがとうございます」
レインが、保管室を後にするとき、ゼノン教授は再び羊皮紙に目を落としていた。その老いた背中は、何か重いものを背負っているように見えた。
知識の重さ。責任の重さ。
それらを、この世界を統べる者たちも、背負うべきだと、レインは思った。だがそうではない者たちが、多くいるのだろう。それが、この世界の危険な部分なのだ。
廊下を歩きながら、レインは三日後のことを考えていた。
自分たちが勝つ。観客たちから拍手と歓声を浴びる。星杯戦の優勝者として、栄誉を受ける。その喜びの中で、自分たちが何をしているのか、その責任を感じながら。
地脈への負荷。星紋エネルギーの枯渇。その潜在的な危機を知りながら、なおも星脈術を使う。
それは、矛盾しているのかもしれない。
だが、その矛盾の中で生きることこそが、大人になることなのだろう。知識を持つこと。その知識の重さを感じること。それでもなお、必要な選択をしていくこと。
かつて、前世の自分は、そういう選択を何度もしてきた。だが、その選択に同伴者がいなかった。全ては自分一人で、計算し、判断し、背負い込んでいた。
だが今のレインは違う。あと三日で、その重さを、誰かと分かち合うことになるのだ。
その時がくるまで、レインは知識の重さと付き合うことにした。




