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第20話「準決勝」

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 試合開始のベル音が鳴った。


 準決勝の舞台は、中央闘技場。観客席は満杯に近い。王族の来場も多いという、重要な試合だ。レイン・アルヴェスは、リュカ、ノエル、アリシアとともに、闘技場に降りた。


 対戦相手は、王都の有名な貴族家から出た、三年生を中心とした精鋭チーム。その中心メンバーは、去年も一昨年も、星杯戦に参加している猛者たちだ。ノエルが呻いた。


「あの連中は、去年の最優秀チームだぜ」


「ああ。だが我々が負ける理由はない」


 レインはすでに、対戦相手の過去の試合映像を何度も分析していた。王都の図書館から借りてきた記録。得意な属性の組み合わせ、連携パターン、スタミナの傾向、弱点の位置置。


 彼らの強さは、個人の力ではなく、集団戦での連携にある。五人が一つのユニットとして動く。個人を狙えば、他の四人が補完する。その補完体制が完璧なのだ。


 だから、レインの戦略は、その完璧さを崩すこと。各個撃破ではなく、彼らの『流れ』を分断することだった。


「リュカ、お前は左の水の術者を相手にしろ。彼は吸収の速度は優秀だが、複数同時の吸収には弱い。一度に複数方向から攻撃すれば、対応できない」


「了解」


「ノエル、中央の火と土の融合タイプだ。あいつの融合は、きちんとした手順を踏む。その手順の隙間に、風属性の摂動を送り込め。バランスが崩れる」


「わかった」


「アリシア、水の女性術者二名と、それを支援する光の術者がいる。お前はこの三人全てに対抗できる。複数同時対応で、彼らの連携を分断する」


「了解」


 戦略は完璧だ。


 レインは自分たちの得意な配置を考えて、その最適な対抗策を用意していた。一人ずつの敵の特性を分析し、四人の役割を明確にした。これ以上に優れた戦術はない。


 ベルが鳴った。


 試合が始まった。


 最初は、自分たちの計画通りだった。リュカが複数方向から吸収をかけると、相手の水術者は対応できず、後退を余儀なくされた。ノエルの風摂動は、相手の融合を何度も中断させた。アリシアは、複数の敵を相手にしながらも、確実に制御を保っていた。


 だが、五分経ったとき。


 敵チームが、戦術を変えた。


 予想外だった。それまでの彼らの試合映像には、こんなパターンはない。彼らは、自分たちの有名な連携を使う。それが最強だと、分かっていたからだ。


 だが今、彼らは違う動きをしていた。


 レインの計算が、その瞬間、崩れた。


 対戦相手の火と土の融合タイプが、突然、中央を離れた。ノエルを相手にするのではなく、レイン自身に向かって来たのだ。同時に、水術者たちもその空いた隙間をついて、複合攻撃を開始した。


 これは、レインを狙う戦略だ。


 レインが動けなくなれば、四人の連携は成り立たない。それを理解した敵は、その弱点を突いた。


「!」


 レインは、即座に再計算を始めた。風紋読みで、敵の新しい動きを追う。


 新しい配置での最適な対抗策は——いや、待て。敵の動きはまだ変わるかもしれない。何か隠れた狙いがあるのか。いや、その前に、現在のノエルの位置では、敵の側面から攻撃を受ける可能性が——


「レイン、止まるな!」


 リュカが叫んだ。


 その声で、レインは意識が引き戻された。現在、レイン自身が敵の攻撃に包囲されつつあることに、気付いた。考えることに夢中で、自分たちの攻撃から防御へ意識を切り替えるのが遅れていた。


「雨脈——」


 防御用の風構築を始めようとした。


 だが敵の攻撃速度が、計算と異なっていた。速い。もっと遅いと思っていた。構築が間に合わない。あと〇・三秒、いや〇・二秒あれば——


「レイン、考えるな!」


 ノエルが、叫んだ。


「感じろ!」


 その言葉は、何か奇妙な力を持っていた。


 レインは、計算を止めた。分析を止めた。ただ、身体で動いた。敵の攻撃を避ける方向は、直感では——この角度。そしてこの速度。


 避けた。


 次の攻撃は、この方向から来る。そういう感覚。そしてその通りに、攻撃が来た。避ける。また避ける。


 計算ではなく、流れの中で。感覚で。


 敵チームの3人の攻撃が、レインを中心に渦巻いている。本来なら、包囲されて圧倒されるはずだ。三つの属性が、同時に襲いかかっている。一つの攻撃ですら対応するのに時間がかかるというのに。


 だが、レインの身体は動いていた。避ける。その次の攻撃が来る前に、別の攻撃を避ける。敵たちの流れが見える。彼らも、完全な連携を構築しようとしている。その隙間。その呼吸の合間。そこを縫うように、レインは動く。


 奇妙な感覚が、その瞬間、彼の星脈構造の最奥に走った。自分の脈路と、背後の三人の脈路が、何かより深い層で共鳴している。三人の同期するエネルギーと、自分の動きが調和する。その振動は、通常の星脈の流れより、もっと根源的な何かの目覚めのように感じられた。ほんの一瞬のことだったが、そこには計算では説明できない、何か温かく生きた呼応があった。


 だが——


「リュカ、今だ」


 レインが声を出した。自分がいつそう言うことに決めたのか、分からない。


 リュカが、即座に反応した。敵の水術者に向けて、単純だが威力のある吸収を放つ。敵はそれに対応せざるを得ず、レイン包囲の一角が崩れた。


「ノエル、くぐれ」


 ノエルが、その隙間をくぐった。同時に火と土の融合攻撃が、敵の中央を狙う。敵チームの火と土の術者が、それに対抗する。


 その一瞬。


 アリシアが、敵の水術者たちを牽制した。


 四人の動きが、一つになった。


 誰も指示していないのに。レインが計画的に指示したのではなく、ただ四人の呼吸が、自動的に合致した。ノエルの攻撃に、リュカの吸収が合わせられ、アリシアの制御がそれを支援し、レイン自身がその全てを纏める風を放つ。


 一撃の光が、闘技場を走った。


 それは、完璧な調和だった。四つの属性が、別々ではなく、一つの生命として動く。ノエルの攻撃の『勢い』を、リュカの吸収が増幅し、アリシアの水がそれを制御し、レインの風がそれを『形』にする。


 敵チームの防御が崩れた。光術者の集中が分散された。他の術者たちも、その圧倒的な力の前に、抵抗の術を失った。


 三人が、後退した。敗北の姿勢だ。


 ベルが、鳴った。


 試合終了。レインたちの勝利だ。


 レインは、その場で立ちすくんだ。


 自分たちが勝った。だが——


「計画通りではなかった」


「あ、あ……」


 リュカが、レインの肩に手を置いた。息は荒い。スタミナは、ほぼ限界だ。だが、その目は輝いていた。


「だけど、勝ったじゃん」


 そうだ。


 計画は、途中で崩れた。敵の予期しない動きによって、最初の戦術は破綻していた。だが敵はさらに崩れた。自分たちは、計画がなくても、一つになることができた。ただ相手を信じて、流れの中で動くだけで。


 計算なしに。


 分析なしに。


 ノエルが、重く呟いた。背中には、敵の攻撃による焦げた跡があった。


「今のは、何だ?」


 それは、レイン自身が知りたかった問いだった。


「コンビネーション」


 アリシアが、答えた。彼女も、かなり疲弊している。だが、その目は清澄だ。


「『技』として成立した、初めての、完全な連携です」


 闘技場の観客席から、歓声が上がっていた。王族の席からも、拍手の音が聞こえる。


 レインは、その歓声の中で、自分の手が微かに震えていることに気付いた。敗北の恐怖ではない。あるいは勝利の高揚でもない。


 単純に、自分がこんなことに驚いているという事実への、戸惑いだった。


 計算では説明できない。予測できない。自分たちの形。


 それは、弱さなのか、強さなのか。その判断もできない。


 いや、その判断は、今はいいだろう。


 ただ、あの瞬間を、もう一度、感じたい。四人が一つになった、あの奇妙で、温かい感覚を。身体の全てが、他の三人と共鳴していたあの感覚を。


 彼は、確かに気付いていない。この瞬間が、自分の人生を変えるきっかけになることに。



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