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第19話「月下の稽古」

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 月が昇ってから、二時間が経っていた。


 練習場はすでに誰もいなくなっている時刻。だが四人は、灯りなく、ただ月光だけを頼りに稽古を続けていた。準決勝は三日後。その前に、どうしても確認しておかなければならないことがある。


 学園の公式な稽古時間は、日の入り前までだ。だが、レイン・アルヴェスにとって、それでは不十分だった。試合に向けて、もっと詳しく、もっと深く、四人の連携を構造化する必要があった。昼間の通常稽古では、教員たちの目があり、完全な試験的な技を試すことができない。だからこそ、夜間の秘密稽古を提案したのだ。


 誰もが、その提案に乗った。


「はい、もう一度」


 レイン・アルヴェスは、リュカと向き合って立った。月光の下で、二人の影が長く伸びている。


 リュカは頭をかきながら、溜息をついた。額には、集中による汗が輝いていた。


「毎回毎回、同じとこで止まっちゃうんだぜ。吸収のときは完璧じゃん。変換も問題ない。なのに構築で、毎回シフトするんだ」


 シフト。つまり、星紋エネルギーの流れが狂う現象。吸収した純粋なエネルギーを変換し、次に構築する段階で、流れが一度ズレるのだ。それは、わずかな時間ロスをもたらし、術の威力を減少させる。


「それは、お前が意識しすぎているからだ」


 背後から、ノエルの声がした。


 彼は三日前の停学から戻ってきたばかり。顔には、まだ軽く青あざが残っていた。誰かを殴ったことで受けた処罰ではなく、その相手から受けた返り血。その相手とは、リュカを侮辱した三年生だった。ノエルは何も言わず、ただ稽古に合流した。その無言の参加こそが、彼の友情の示し方なのだろう。


「意識しすぎ?」


「ああ。お前は自分の吸収がどれだけ正確か、分かっているんだ。だから変換のときに、その『完璧さ』を保つことにばかり気を取られている。そうなると、構築の段階で、流れが詰まる」


 レインは月光の下で、リュカの吸収の動きを観察していた。


 風紋読みで捉えるそれは、澄んだ青のような色をしていた。吸収段階での精度は、本当に優秀だ。ただし——


「お前の吸収は、変換のための動きではなく、吸収そのものを完成させることに特化している。それ自体は素晴らしいが、次の段階との繋ぎが甘い」


「だからどうしろってんだよ」


「もう一度、やってみろ」


 レインは自分の吸収を始めた。リュカの動きに合わせるのではなく、少しずれるように。リュカが吸収を終えたとき、レインはまだ吸収の途中だ。だが変換へ移る準備は整っていた。


「今、感じたか?」


「あ、あ……!」


 リュカの目が輝いた。


「タイミングをずらすと、次が繋がりやすいんだ。お前の完璧さを壊すんじゃなくて、それを活かすために、こちらが合わせる。そういうことか」


「そうだ。ただし」


 レインは眉をひそめた。


「同じタイミングずらしでも、相手によって角度が違う。お前に合わせるなら、こう。ノエルに合わせるなら、別の角度。アリシアの場合はまた違う。その都度、判断と調整が必要になる」


「つまり、毎回イチからか」


「ああ」


 月光の下で、少年たちの稽古が続いていた。


 ノエルが火と土を融合させた攻撃パターンを仕掛け、アリシアがそれを制御する水で受け止める。一見すると相反する属性だが、ここで重要なのはバランスだ。ノエルの攻撃が強すぎると、アリシアの制御が破綻する。アリシアの制御が強すぎると、ノエルが操作できなくなる。


「ノエル、今のはお前が強すぎた」


「わかった」


 次の一撃。微妙に弱められた火と土。アリシアの水がそれを包み込み、そして——


「レイン、いけ」


 アリシアの掛け声で、レインが風を放つ。水と火と土を螺旋状に纏わせた、三つの属性が合致した一撃。力と制御が一つになって、練習場の的まで一直線に飛ぶ。


 命中。


 的の板が、粉々に砕けた。


「やった!」


 リュカが叫び、ノエルが低く唸った。アリシアは静かに息をついている。


「初めて、うまくいったね」


「ああ」


 レインは、その瞬間を分析していた。


 四人の呼吸が、合致していた。ノエルが攻撃を放つとき、アリシアの制御のタイミングは自動的に、本能的に、ノエルの動きに追従していた。リュカの吸収もまた、その流れに乗っていた。そしてレイン自身も、その隙間を埋めるように風を構築していた。


 誰も指示していない。


 全員が、相手を信じて動いていた。


「もう一度やってみよう」


 そう言ったのは、アリシアだった。


「さっきは、たまたま上手くいったのかもしれない。でも、もし構造化できたら?」


「構造化?」


「意識的に、その流れを再現する。同じ呼吸で、同じテンポで、同じ距離で」


 ノエルは眉をひそめた。


「相手の感覚に合わせろってことか?」


「そう。そしてレインは、私たちの動きから最適な風の角度を計算する。その二つが組み合わさったら、『技』になる」


 レインは、その提案を分析していた。


 それは理に適っている。四人の個性を活かしながら、一つの流れにする。ただし前提条件がある——相手を信じる。相手の動きを、妨害せず、補完する。相手の弱点を、責めるのではなく、自分の強みで埋める。


 それは、レインが今まで経験したことのない形の協力だ。


 前世では、指示者であり判断者であった。優秀な部下たちに、最適な指令を下すことが、仕事だった。だが今ここでは、自分が「指示者」であってはいけない。四人が、あくまで「対等」であり、互いに信頼しなければ、この形の稽古は成り立たない。


「やってみよう」


 四人は、再び配置についた。


 月光の中、四つの風紋が交差する。リュカの青。ノエルの赤と茶。アリシアの白。そしてレイン自身の、淡い銀色。


 今度は、失敗なく成功した。


 不思議だ。


 同じ動きなのに、さっきより明らかに調和している。風が、より深く、より速く、より確実に螺旋を描く。的に命中したとき、さらに大きな爆発が起きた。破片が、月光の下で輝きながら散った。


 レインは、その光景を風紋読みで追っていた。四つの属性が完全に一つの流れになっていた。不協和音がない。遅延がない。ただ、純粋な調和だけがある。


「完璧だ」


「あれ、できちゃったね」


 リュカが、笑っている。


 ノエルも、珍しく口元が緩んでいた。アリシアは、小さく頷いている。


 そしてレインは——


 唐突に、笑っていた。


 自分がいつ笑うことに決めたのか、分からない。でも口元は上がり、胸の中に温かい感覚が広がっていた。四人で何か一つのことを成し遂げた。計画通りに。いや、計画を超えて。


「なんだよ、珍しい」


 リュカが、からかうように言った。


「レイン、笑った」


「……黙れ」


 だが、声に気がない。


 そしてレイン自身も、驚いていた。自分が、こんなことで笑うようになったのか。分析なしに。計画なしに。ただ友人たちと、何かを達成したというだけで。


 月はさらに高くなっていた。まだ深夜で、明け方までは時間がある。


 四人は、再び稽古を始めた。今度は、新しい技を試そうと、リュカが提案した。『さっきの技をもっと強くできないか』と。ノエルが、それに乗った。『攻撃の威力をもっと出せば、敵の防御を一発で破れるはずだ』と。アリシアが指摘を始める。『だが、威力を高めると、制御が難しくなります。バランスが崩れます』と。


 レインは、それらの意見を聞きながら、自分たちの呼吸が一つになっていくのを感じていた。


 計算ではなく、感覚で。


 信頼で。


 言葉なしに、相手の次の動きを理解する。相手がどこで躊躇するか、どこで加速するか。そういったものが、全員に一つの流れとして見えている。


 それが、どんなに自分を変えていくのか、その時はまだ分かっていない。だが、分からないままでいいと、レインは思った。全てを計算し、予測し、制御しようとする癖から、少しずつ自分を解放していく。その過程こそが、大切なのだろう。


 明け方が近づくまで、四人は稽古を続けた。



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