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第15話「予選」

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 星杯戦の会場は、校舎の南側に作られた専用フィールドだった。


 土を敷き詰めた広場を四方からロープで区切り、その中央に四つの白線で示された陣地。各陣地の距離は十歩足らず。星脈術の練習では常に扱う距離だが、実戦となると違う。


 空気が違う。


 周囲に集まった観客たちの視線。審判席に座る複数の教員たち。全てが戦闘を見守っている。プレッシャーは、瞬間的に跳ね上がった。


「よろしくお願いします」


 アリシアが礼を尽くす。対面のチームも返礼する。二年生チーム。身分は平民と下位の貴族で混成。顔ぶれから判断すると、並程度の実力だ。だが、その緊張の表情は本物だ。


「星杯戦一回戦、第五試合。四分間のマッチ、開始!」


 審判の声が響いた。


 リュカが動いた。瞬間、中庭での練習と同じ形で四人が配置される。だが、その中には計算だけでない流動性があった。リュカが吸収を始めると、ノエルが「来たぜ」と頷く。その頷きの中に、信頼がある。


 アリシアは流れるように立ち上がり、ノエルの手に星脈を流す。美しい。その動きは息と一つになっている。


 そして、ノエルの地相術が敵陣の中央を裂いた。


 相手の二人がよろめく。その隙をついて、リュカが再び吸収を開始する。循環が完成する。吸収と変換と構築が、一つの流れになっている。


 二分十三秒。


 相手チームの吸収者がひざをついた。星脈が尽きたのだ。続く者たちも矢継ぎ早に力を失っていく。圧倒的だ。完全に。


「勝負あり」


 審判の声は淡々としていた。だが、それでいい。勝つこともできた。


 控え室に戻ると、リュカは息を切らしながら言った。「やれた。俺たち、本当にやれたんだ」


「です。良い流れでしたね」


 アリシアも満足げだ。だが、その満足感の中に何か別のものが混在している。


 だが、レインは何かを感じていた。


 戻り際、彼は敵陣の最後の方——青年の顔を見た。


 その青年は、座り込んでいた。涙を流していた。


 完全に圧倒されて。完全に希望を失った状態で、敗北した。敵は一度も反撃の機会を得ず、こちらの完璧な戦術の前に、何もできず終わった。


 それは、敗北だけでなく、恥だ。屈辱だ。


「へい、レイン。何ボーッとしてんだ」


 リュカが手を掴んだ。その手は冷えていた。


「強いな。俺たちって」


 その言葉に、違和感があった。


 強いの? 本当に?


 彼らは相手を圧倒した。だが、それは敵が弱かったからではなく、自分たちの戦術の完璧さゆえだ。敵に反撃の機会さえ与えないほどの精密さで、相手を追い詰めた。


 それは優雅ではなく、冷酷だ。美しくない。


「ノエル。何か感じるか」


 質問を投げかけると、ノエルは首をかしげた。「何をだ」


「敵の戦い方だ。彼らは工夫していた。小さな工夫だが、確実に」


「そうだな。だが、それでも足りなかった」


 ノエルの返答は正確だ。だが、それでいいのか。相手の努力を無視して、完璧に踏みにじることが。


 控え室の隅で、レインは一人考えていた。


 二回戦の対戦相手が決まった。掲示板の前で、レインはそれを確認した。


 上位グループとの戦いになる。そこには——マルクスとその仲間たちの名前があった。


 可能性として、決勝戦へと進むことになるだろう。二チームが生き残ることで。


 だが、何か重い。


 その重さの正体が、レインには判然としなかった。


 アリシアが横に立った。「思い詰めていますね」


「勝つだけでは足りないのか」


「いいえ。勝つことは大切です」


 彼女の声は静かだ。その向こうに、何かの葛藤が見える。


「ですが、勝つ過程も大切なのです。敵を尊重しながら、自分たちの力を見せる。そうした勝利だけが、本当の勝利なのだと思います」


 その言葉の意味を、レインはまだ完全には理解していなかった。


 だが——確かに、何かが違う。敵の青年の涙が、その意味を語っていた。


 勝利の形が、何か違う。


 翌日、その違いはより明確になった。


 朝礼で、敵チームの一人が欠席していたのだ。昨日の試合で失敗の責任を感じたのか、学院を離れる決断をしたのかは不明だ。


 だが、それは事実だ。


 レインたちの完璧な戦術が、一人の青年を学院から去らせた。


 控え室で、その話を聞いたとき、リュカの表情が変わった。


「あ、あいつ……退学?」


 その声には、喜びはなく、重さがある。勝利の後に来る、虚しさ。


 アリシアは黙っていた。その沈黙が、全てを物語っていた。


 レインは何も言わなかった。だが、心の中では疑問が膨らんでいた。


 これが勝利なのか。これが正義なのか。


 星杯戦は、その点で教えてくれるものがある。勝つこととは何か。その代価は何か。


 二回戦の前日、レインはあの青年について、学院の人間関係の中で考えていた。


 彼はおそらく、中位の貴族の子弟だろう。学院に来るために、親の期待を背負っていたはずだ。そして、完璧に砕かれた。


 それは、単なる敗北ではなく、自分たちへの信仰の喪失だ。親への信仰。学院への信仰。自分自身への信仰。


 レインたちは、その全てを奪ったのだ。完璧に。


 だが、それが勝利の形なのだろうか。


 翌朝、レインは敵チームが退学させた青年のことを何度も思い出していた。その涙の形を。その絶望の姿を。


 その青年の名は、おそらく誰もが忘れてしまう。星杯戦の記録には残るだろう。だが、人としての記憶には残らない。


 敗北者だから。


 完璧に敗北した者だから。


 レインは、その重さを感じていた。それが、勝利の代価なのだと。


 リュカは表面的には元気にしていた。だが、その目の奥には何かが失われている。勝利の喜びではなく、何かの罪悪感だ。


 ノエルは黙っていた。その沈黙が、全てを物語っていた。彼も、同じものを感じているのだろう。


 アリシアは、図書室で本を読んでいた。だが、その目は動いていなかった。何かを考えていたのだ。勝利とは何か。その意味とは。


 二回戦までの二日間、チーム内に微かな亀裂が走っていた。見えない亀裂だが、確実に。


 完璧な勝利によって、生まれた亀裂。


 それは、敵の青年一人を失わせただけではない。チーム内にも亀裂を走らせていた。


 その亀裂を埋めるためには、アリシアの言葉が正解だった。敵を尊重する。その過程を大切にする。勝利の形を問い直す。


 レインは、その意味を深く考えていた。学院の歴史を。星杯戦の歴史を。そして、自分たちの未来を。


 完璧な勝利は、長く続かない。やがて、敵は反発する。あるいは、味方さえも反発する。なぜなら、完璧さは人間を疲れさせるから。


 だが、尊重された敗北者は。完璧さを下した敵に敬意を払う。その過程を見守った観客も、その美しさに心を動かす。


 二回戦までの二日間で、レインたちは無意識のうちに、その転換を遂行していたのだ。


 完璧さから、人間らしさへ。計算から、信頼へ。敵から、仲間へ。


 それが、星杯戦のテーマなのだろう。優勝することではなく、何を学ぶか。


 二回戦の朝、レインはアリシアとノエルとリュカに言った。


「もう完璧さは目指さない」


「わかってる」


 ノエルが答えた。その答えの中に、決意がある。


「では、何を目指すのですか」


 アリシアが訊いた。


「敵を尊重すること。そして、自分たちの力を本当に見せること」


「それだけか」


「それで十分だ」


 その言葉が、全てを変えた。完璧さという重荷を下ろしたとき、四人は初めて自由になったのだ。


 勝つことよりも、その過程を大切にする。敵よりも、自分たちの心を見つめる。


 そうした心構えで、二回戦へ臨むことになったのだ。


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