第13話「星杯戦」
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「ねえレイン、聞いた?」
昼食時、リュカは何も前置きなくそう言った。かぶりついたパンを口に詰めたまま、彼は目を輝かせている。まるで何か大きな秘密を知ったかのように。
「何をだ」
「星杯戦だよ。毎年やる大会。四人で一チームになって、星脈術で戦うんだ。すごいんだぜ、決勝戦は全学年が見に来るらしい」
アリシアが補足する。「王立星脈学院の最大の年中行事です。各学年から複数チームが参加し、トーナメント形式で優勝を競い合います。課程や身分に関わらず、誰もが参加できるのが特徴です。ただし、大貴族の子弟が大抵優勝するというのが実態ですね」
ノエルは淡々と答えた。「退屈だな」
「だからさ、俺たちで組もうぜ」
リュカは立ち上がった。テーブルの上で両手を広げ、まるで大きな舞台を示すように。エネルギーが彼の身体から迸っている。
「俺、ノエル、アリシア、それとレイン。この四人なら、マルクスたちにだって勝てる」
楽観的だ。いや、無邪気というべきか。ソレイユの漁村から来た少年は、身分の差も実力の差も、そこまで気にしないのだろう。
「マルクス・ハルヴェスか。確か最上級生の選抜チームに所属しているはずだが」
レインは即座に情報を思い出した。大貴族の長子は当然のように上位チームに組み込まれている。それは学院の習慣だ。
「そうです。大貴族の息子たちで固められたチームですね。実力は確かに上位です」
アリシアも認める。だが彼女の声には躊躇がない。ノエルは黙ったままだが、表情は悪くないように見える。
――勝つとすると、どうするか。
レインは頭の中で即座に分析を始めた。戦術、配置、役割分担。星脈術の団体戦は個人戦とは異なる。吸収、変換、構築——三段階のプロセスにおいて、誰がどの段階を担当するかで全体の効率が決まる。
「いい」
レインは返答した。「参加する。だが勝つためには、戦略が必要だ」
「そっそう、レインならそう言うと思った。で、どうすんの?」
「まず現在の実力を正確に把握する。リュカは吸収特化型だ。その代わり変換が遅い。ノエルは 地相と炎相の二相を操る。変換速度は並程度だが、構築の精度に長けている。アリシアは三段階すべてにおいて秀逸。」
レインは指を立てながら続ける。「そしてまず確認するべきは、チーム全体の星脈流量がどの程度か。個人の能力の足し算ではなく、連携による相乗効果を測定する必要がある」
「複雑だな」
ノエルがそう呟いた。「だが間違っていない」
「実は俺も考えてたんだ」
アリシアが落ち着いた声で言う。「リュカの吸収力を活かすには、彼が吸収した星脈を素早く変換する人間が必要です。それは私かノエルです。そして実際の構築は、複雑な攻撃呪文ならノエル、微細な制御が必要ならば私。シンプルながら効果的な配置ですね」
議論は進んだ。昼食時という限られた時間の中で、彼らは基本的な役割分担を決めた。ここに吸収者。ここに変換者。ここに構築者。そしてレインが全体を統括する。
二週間後、星杯戦の予選が始まる。その告知は昨日、正式に掲示板に貼られたのだ。
リュカは毎日のように練習を提案した。「放課後に中庭で合わせようぜ」と、何度も。熱い呼吸で、弾むような歩調で。
ノエルは黙ってそれに応じた。鍛冶場での修行と学院での授業の合間を縫って。
アリシアも、「ええ、いいですね。段階的に難度を上げていきましょう」と首肯した。完璧なる言葉遣いで。
そしてレインは——戦術図を描いた。
紙の上に四つの円を配置し、矢印で星脈流をシミュレートする。吸収者がここに、変換者がここに、構築者がここに。敵陣との距離、地形的優位性、魔法属性の相性。全てを計算の上で。敵がどこから攻撃し、自分たちがどう応じるか。その先の先まで。
チェスのようだ。完璧な配置で、完璧な勝利を導く。
前世で——いや、そういう自分を意識することは、今のレインは避けていた。ただ、戦術図を見つめながら、微かな違和感を感じた。こうして敵を図解するとき、敵は駒に見える。動く対象物に。
「な、なあレイン」
練習三日目、リュカが息を切らしながら言った。「もう一回、同じ配置でいい?」
「効率が上がっていない。再度確認が必要だ」
「わかった」
リュカは頷く。疲れているはずなのに。汗が額から滴り落ちているのに。
何度も、何度も、同じシミュレーションを繰り返す。吸収の位置を変え、敵への応答をシミュレートし、成功パターンを増やしていく。一度目は 8.4 秒。二度目は 8.1 秒。三度目は 7.9 秒。数値は確実に上向いている。
ノエルは不平を言わない。アリシアも。だが、その表情は——何かの光を失いつつあるように見えた。五日目には、アリシアの返事が短くなっていた。六日目には、ノエルが視線をそらすようになった。
予選一週間前、アリシアが直言した。
「レイン。戦術は完璧です。ですが」
「何だ」
「チームには、『空気』が必要なのです。信頼、一体感。そうしたものが、理屈だけの戦術を生かすのです」
レインは彼女を見た。
完璧なる貴族の少女は、完璧なる言葉を並べていた。だが、その奥に疲れが見える。視線には翳りがあり、唇の端が垂れ下がっていた。
「理解した。調整する」
そう答えたが、本当にそれで十分なのか、レインには判然としなかった。調整すれば、あの光は戻るのか。
ノエルの呟きが聞こえた。
「お前の計画は、実に正確だ。だが、戦いというのは計画通りに進むことはない」
その言葉が、これからの戦いの本質を言い当てている。
だが、レインはその意味を、まだ完全には理解していないのだった。完璧な計画こそが、完璧な勝利を約束すると信じていた。何故なら、前世でそうしてきたから。
その夜、レインは自分の部屋で戦術図を描き続けていた。星杯戦までの時間は限定的だ。二週間という期間で、どこまで四人の連携を上げられるか。
リュカの吸収速度はS級に近い。同年代では類を見ない量の星脈を瞬時に取り込む。問題は、その先の変換が追いつかないことだ。
アリシアが変換を担当する場合、処理量はノエルより明確に上回る。しかしその差は、術式の構築段階に入ると縮まる。流量が落ちれば、構築の質も落ちる。
ならば構築の効率を上げることに注力すべきだ。ノエルの地相術は基本的に防衛型。相手の攻撃を受けながら、反撃を狙う手法だ。だが、星杯戦は制限時間付きの試合。相手の星脈が有限なら、徐々に有利になる可能性がある。
あるいはアリシアの多属性を活用するか。彼女は複数の相を扱える。地相との連携もいい。その代わり、細部が複雑になる。リーダーとしてのレインが、その全てを計算しなければならない。
レインは紙の上にあらゆるパターンを描いた。敵が水属性ならこう。火属性ならこう。複数属性混合ならこう。冷たい計算。完璧なるシミュレーション。
敵陣の配置。予想される攻撃パターン。その全てに対する防衛戦術。そして、反撃の時間と場所。
その中で、常に自分たちが優位に立つ位置を探す。
完璧さを求めて。
完璧さを手に入れるために。
やがて、朝焼けが窓から入ってきた。徹夜していたのだ。だが、戦術図は完成していなかった。敵の全ての可能性を予測することは——不可能だ。
だが、前世の蓮は、それでもなお、完璧さを目指していた。だから、孤立したのだ。
レインは、その完璧さの重さを、まだ知らなかったのだ。
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