第5話「名前の重さ」
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適性試験の結果は翌日、本館の掲示板に張り出された。
新入生五十名の名前と、各項目のスコア。レインは掲示の前に集まった人だかりの後方から内容を確認した。
首席はアリシア・ヴァレンス。全項目A。二位はノエル・カルドゥス。複相の特記事項付き。レインは七位。上位ではあるが、突出してはいない。リュカは吸収のSが目立つ一方、総合では中位に沈んでいた。
クラスは二つに分けられた。甲組と乙組。成績順ではなく、バランスを取った配置だと説明があった。レイン、リュカ、アリシアは甲組。ノエルも甲組。同じクラスだ。
初日の午後、甲組の教室で最初の授業があった。
星脈術理論。担当はゼノン教授だった。
「はい、えー、では。星脈術の歴史から始めましょう。——とは言ったものの、歴史は退屈なので、まず質問です」
ゼノンが黒板に白墨で大きく書いた。
「大崩壊とは何か?」
教室が静まった。大崩壊——七百年前に古代文明を滅ぼした大災害。名前は誰でも知っている。しかし「何か」と問われると、答えられる者は少ない。
「知っている人?」
数人の手が上がった。アリシアの手も上がっている。レインは上げなかった。知識はある。しかし今は——観察したかった。
「ヴァレンスさん」
「古代文明が極めて高度な星脈技術を発展させた結果、星脈の均衡が崩れ、大規模な崩壊が起きたとされています。原因の詳細は不明です」
「模範的な回答ですね。教科書の記述そのままだ。——では、なぜ原因が不明なのでしょう?」
ゼノンの目が、教室を一巡した。その視線がレインの上で止まった。
「アルヴェスくん。何か思うところがありそうな顔をしていますね」
レインは一瞬迷い、口を開いた。
「……記録が残っていないからです。大崩壊そのものが記録媒体ごと破壊した可能性がある。加えて、古代語の解読が不完全なため、残存する断片的記録も正確に読めていない」
ゼノンの眉が上がった。
「古代語の解読に言及するとは。——ヴァルター翁の弟子だと聞いていますが、古代語も学んでいるのですか」
「はい。基礎的な碑文程度なら」
その時、ふと、レインの脳裏をある仮説が掠めた。古代文明は一夜にして消え去ったわけではない。崩壊の直前、彼らは何らかの準備をしていたはずだ。知識だけでなく、その体現たるものを——星脈の流路そのものの中に、何か物理的な実体を埋め込んでいたのではないか。そうした思考は、しかし、今は追求するべき問いではない。レインは軽く首を振り、その考えをひとまず隠した。
「ほう」
ゼノンは眼鏡の奥の目を細めた。何かを値踏みするような、しかし悪意のない視線だった。学者が有用な資料を見つけた時の目。ヴァルターが古代語の原典を前にした時と同じ種類の光。優秀な者を見つけた時の欲望。知的な欲望。
その視線の中には——敵意ではなく、期待がある。この子供は何ができるのか。どこまで学べるのか。自分の研究にどう貢献できるのか。
レインはそうした視線に慣れていた。むしろ、そうした評価の方が信頼できる。好悪ではなく、有用性で判断される。そこには政治的な利害関係が最小限に抑えられている。
授業が終わった後、教室の外でレインはリュカと合流した。
「なあレイン、お前すげーな。あの教授と対等に話してたじゃん」
「対等ではない。基礎知識を述べただけだ」
「いやいや、他の奴ら全員黙ってたぜ? あの子——アリシアって子以外は」
廊下を歩いていると、背後から声がかかった。
「アルヴェスさん」
振り返ると、アリシアが立っていた。手に教科書を抱え、まっすぐにレインを見ている。
「先ほどの授業での発言、興味深かったです。古代語の碑文解読をされているのですか」
「ヴァルター先生の——師の書庫にあった文献を、いくつか」
「第三期書記体系まで読めますか」
「……断片的に。対訳辞書を使えば」
アリシアの表情がわずかに変わった。変わったと言っても、眉がほんの少し上がっただけだが。
「私も独学で古代語を学んでいます。もしよろしければ、いずれ議論させていただけませんか」
「……ああ、構わない」
アリシアは軽く頷き、去っていった。その背中は真っ直ぐで、一切の揺れがなかった。
リュカが小声で囁いた。「なあ、あの子、お前に興味あるんじゃね?」
「古代語に興味があるだけだろう」
「そうかなぁ」
午後の実技の授業の後、寮に向かう廊下で、レインは再び声をかけられた。
今度は——マルクス・ハルヴェスだった。
マルクスは三人の上級生を従えていた。取り巻き。貴族子弟特有の「側近」だ。マルクス自身は穏やかな微笑を浮かべ、廊下の中央に立っている。
「アルヴェス。少し話がしたい」
「はい」
マルクスがレインの隣を歩き始めた。リュカが後ろからついてこようとしたが、取り巻きの一人が道を塞いだ。
「二人で話したいんだ。——邪魔をしないでくれるかな、平民」
リュカの顔が強張った。「平民」という言葉が、棘のように刺さっている。
レインが口を開く前に、マルクスが手を振った。「やめろ。失礼だ」——しかしその声には、本気の叱責はなかった。
「レイン。適性試験の結果を見た。悪くない。辺境の出にしては、な」
「ありがとうございます」
「父から聞いている。君は随分と——策に長けた少年だと。十歳にして侯爵を交渉で追い詰めたとか」
マルクスの声は穏やかだった。しかしレインは、その言葉の配置を読んでいた。「追い詰めた」という表現。これは事実の叙述ではなく、「お前が父を追い詰めた」という認識の表明だ。
「あれは——家族を守るための交渉でした」
「もちろん。誰も責めてはいない。——ただ、学院は領地紛争の場ではない。ここでは同じ学生として、対等に過ごしたいと思っている」
微笑。レインは——あの笑顔を知っている。前世の商談で、競合他社の役員が見せた笑顔と同じだ。「友好」を装い、相手の出方を見る。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
レインも笑みを返した。計算された笑み。鷹司蓮が何千回と使った、ビジネスの仮面。
マルクスが去った後、リュカが駆け寄ってきた。
「あいつ、何なんだよ。偉そうに。お前のこと知ってるとか言って——」
「気にするな。ああいう人間はどこにでもいる」
レインはそう言ったが、表面上の言葉の奥は別の思考で満ちていた。前世の社会人生活で学んだ、「本当の顔」と「建前の顔」の使い分け。その技術が、あの瞬間に発動していた。
しかしレインの内心は、別のことを考えていた。
マルクスの目。あの冷たさは——父親譲りだ。しかし父親と違うのは、マルクスの冷たさの裏に「必死さ」があったことだ。侯爵の息子として、父の期待に応えようとしている。ハルヴェス家の名を背負い、レインを監視する役目を担わされている。自分より弱い相手と見なした者に対して、上位性を示す。それが身についている。
十二歳の少年が、父親の政治に駆り出されている。
——前と同じだ。
かつてレインが見誤ったもの。侯爵の「屈辱」。感情を読めなかったことが、母の死に繋がった。
あの時、もし自分が侯爵の心を少しでも理解していたなら。相手の屈辱を感じることができていたなら。母は——生きていたかもしれない。
今度は——見誤りたくない。マルクスの目の奥にあるものを。その必死さの根源を。その冷たさが本当は何なのかを。
しかし、それが何なのかは——まだ分からなかった。分かるまで、見守るしかない。見守って、考えて、人の心を学ぶ。ヴァルターが教えてくれた方法で。
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