第4話「選別の日」
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適性試験は入学三日目に行われた。
実技棟の中央、天井の高い円形の訓練場。床に星脈の紋様が刻まれた測定用の石板が据えられている。新入生五十名が壁際に並び、一人ずつ石板の上に立って測定を受ける。
測定項目は三つ。吸収力、変換精度、構築速度。星脈術の三段階それぞれの適性をS・A・B・C・Dの五段階で評価する。
イレーネ教官が測定を統括し、二人の補助教官が記録を取っていた。
レインは壁際から他の生徒の測定を観察した。風紋読みを微かに使い、石板から発せられる星脈の反応を感じ取る。
測定の仕組みは、ヴァルターが説明してくれた適性検査と原理は同じだった。石板に込められた基準星脈を体内に取り込み(吸収)、指定された属性に変える(変換)、そして術式として放出する(構築)。各段階のスコアが石板の紋様の発光パターンで表示される。
最初の数人は緊張のためかスコアが伸びなかった。吸収Cが多い。変換もC。一人だけ吸収Bを出した少年がいたが、構築でDに落ちた。
「ノエル・カルドゥス」
名前を呼ばれた少年が、のっそりと石板に向かった。大柄だ。十二歳にしてはやけに肩幅が広い。赤銅色の短髪に、浅黒い肌。北嶺の民の特徴だ。表情は仏頂面で、周囲を一切気にしていない。その歩み方さえ——荒削りで、直線的。計算と余裕の余地のない、純粋な物理的存在。
石板に手を置いた瞬間、紋様が強く光った。
吸収A。
訓練場がざわめいた。新入生でAが出るのは珍しい。何人かの教官が身を乗り出し、石板の表示を確認した。しかしノエルは反応を示さず、呼吸一つ変わることなく、次の段階に移った。その無関心さは——傲慢ではなく、むしろ星脈に淡々と向き合う職人気質の表れに見えた。
変換。石板の指定は——地相。ノエルの手の下で、石板が重く振動した。A。
続いて二度目の変換指定。通常、一つの相で測定は終わるが、教官が何かを感じ取ったらしい。「もう一つ、炎相で試してください」
ノエルが無言で従った。石板の紋様が赤く燃え上がった。変換B。
——地相Aに炎相B。複相術師だ。
教官たちが顔を見合わせた。複相の素養を持つ者は百人に一人もいない。ましてや入学時点で二つの相を発動できるのは——。
構築速度はB。荒削りだが、力は本物だった。
ノエルは石板を降り、壁際に戻った。周囲の視線を無視して、壁に背をもたれた。レインと目が合った。ノエルの目には——挑発でも自慢でもなく、ただ「だから何だ」という退屈さがあった。
「アリシア・ヴァレンス」
アリシアが石板に歩み寄る。一つ一つの動作に無駄がない。石板の前で静かに目を閉じ、手を置いた。
紋様が柔らかく光った。吸収A。
変換。識相——精神と知覚の属性。紋様が青白く、繊細に発光する。A。
構築速度。紋様が一瞬で完全な幾何学模様を描いた。A。
全項目A。
訓練場が沈黙した。完璧なスコアだった。教官たちの表情が変わっている。イレーネ教官だけが、無表情のまま記録を確認していた。
アリシアは表情一つ変えず石板を降りた。当然の結果だと言わんばかり——いや、違う。レインには分かった。あの無表情は「誇り」ではない。「これくらいは当たり前」という、自分に課した基準線だ。
「リュカ・フェルミ」
リュカが緊張した面持ちで石板に向かった。手を置く。
紋様が——爆発するように光った。
訓練場全体に星脈の波動が走る。レインの風紋読みが跳ね上がった。桁違いの星脈吸収量。石板が振動し、床にまでひびが走りかけた。
吸収S。
教官たちが目を見張った。Sは最上位。歴代の新入生でもほとんど記録がない。
しかし変換の段階でリュカの顔が歪んだ。吸い込んだ膨大な星脈を制御できていない。紋様が乱れ、色がめまぐるしく変わる。
変換D。
構築に移るが、変換が安定しないまま力を形にしようとして——石板の紋様が弾け飛んだ。
「止まれ!」
イレーネ教官が鋭く声を発し、片手を翳した。見えない力がリュカの周囲の星脈を押さえ込む。暴走が止まった。
構築C。
リュカはしょんぼりと石板を降りた。「……ごめんなさい」
イレーネ教官はリュカをしばらく見つめた後、「吸収力は問題ない。制御を学べば化ける」と短く言った。
レインはリュカのスコアを頭の中で分析していた。吸収Sは驚異的だ。このクラスで最高値。おそらく学年全体でも稀有な数値だろう。問題は変換と構築の制御。しかしこれは技術の問題であり、鍛錬で改善できる可能性が高い。リュカの脈路は——器が大きすぎるのだ。大きな器に水を注ぐと溢れやすい。注ぎ方を覚えればいい。
それはリュカの直感力と組み合わせれば、強力な術師になるだろう。理論では測れない、感覚的な補整。それがあれば——。
レインは一瞬、何かに気づいた。自分がリュカの可能性を評価している。分析ではなく、評価。この差は何か。それは——相手の成長を願う心の現れではないか。
「レイン・アルヴェス」
自分の番だった。
石板に手を置いた。星脈が流れ込んでくる。ヴァルターの下で二年以上鍛えた脈路が、安定して星脈を受け入れる。
吸収B。
予想通りだった。レインの脈路は「広い」わけではない。中の上。ヴァルターの最初の評価と変わっていない。
変換。風相。レインの最も得意な属性。石板の紋様が鮮明に発光した。A。
ヴァルターの指導で磨き上げた変換精度。理論の裏付けがある分、変換の効率は高い。
構築速度。術式を組み立てる。風紋読みの応用で編み出した独自の構築法。紋様が素早く、しかし完全ではなく光った。B。
総合評価——上位。しかし最上位ではない。アリシアの全Aには届かない。ノエルの複相の衝撃にも及ばない。リュカの吸収Sのような突出した才能もない。
石板を降りた時、レインは静かに受け止めていた。自分の才能の「限界」は、ヴァルターに教わった時から分かっている。術の威力では勝てない。
——しかし、術の「使い方」なら。
壁際に戻ると、リュカが落ち込んだ顔で座っていた。その背中には——敗北感が全身に染み付いていた。期待と現実のズレが、少年を圧していた。
「俺、やっぱ駄目だな。吸収だけ良くても意味ねえよ……」
「意味がないとは限らない」
リュカが顔を上げた。その瞳には——期待と不信が混在していた。
「吸収Sは、この学年で君だけだ。制御は技術で補える。——練習すればいい」
レインの声は淡々としていた。感情ではなく事実を述べている。しかし——その事実の提示の仕方には、思いが込められていた。否定ではなく、可能性の提示。
リュカの顔が少し明るくなった。その変化は小さかったが、確かだった。
「……お前って、時々すげー冷たいけど、時々すげー優しいよな。どっちが本当なんだ?」
レインは答えられなかった。自分でも、分からなかったからだ。しかし——多分、どちらも本当なのだろう。冷たさは自分を守るための鎧。優しさは、その鎧の隙間から漏れ出る本物。二つは矛盾していない。ただ、同じ存在の異なる面なだけだ。
——少なくとも、今のレインはそう信じたかった。
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