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第32話「五つの答え」


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戦闘は終わった。


ダリウスと親衛隊の撤退で、一時的な平穏が訪れた。だがその静寂は、むしろ五人の心を揺さぶった。戦いの最中には気が張り詰めていたが、今、その糸が緩むにつれて、言葉の重さが押し寄せてくるのだ。


エスキナの心臓の泉。その傍らで、五人は坐っていた。


リュカが先に口を開いた。


「侯爵って、本当に世界を救いたいと思ってたのか。それって何なんだ。何でそんなことのために、人を殺すんだよ」


誰も答えない。リュカは両手で顔を覆った。


「難しいことは分かんねえ。けどさ。大事な人を守りたい。その気持ちだけは、絶対だ。他に何もなくても、それだけは」


ノエルが静かに言った。


「カルドゥスでは、鉄を打つ時に曲がったら折れる前に直す。侯爵は、その直し方を間違えた」


「間違えた」


マルクスの声は静かだが、その奥には深い怒りがあった。


「父上は間違えた。理由が正しくても、手段が誤れば全てが歪む。母さんを殺すことで、父上の計画は根本から歪んだんだ。だから俺は、父上を止める」


「出来るのか」


ノエルが問う。


「親には逆らえん。ましてや侯爵ともなれば、政治的な力を持つ」


「それでも」


マルクスが言った。


「俺は人でいたいんだ。人間でいたいんだ。自分の父親を前にして、できます感じで許してしまう人間にはなりたくない」


アリシアが、静かに言った。


「完璧な解決策はありません。しかし不完全でも諦めなければ、道は開ける。父君の計画には、矛盾がありました。世界を救う名目で、人を殺す。その矛盾を前にして、私たちは別の道を選ぶ。それでいいのではないでしょうか」


マルクスはアリシアを見た。わずかに瞳が揺らぐ。


「そうだな。その通りだ」


そして、ついにレインが口を開いた。


「俺は、前の人生で同じ間違いを犯した」


その言葉は、泉の上に降った石のように、静かに波紋を広げた。


「商社の役員だった。社員、取引先、ライバル企業。皆を、駒として見ていた。俺の目標を達成するための駒として。それで、どれだけ多くの人間を踏みにじったのか。数えられない」


リュカが、レインの顔を見る。その顔は、まるで過去の自分を審判しているかのように見えた。


「侯爵と俺は同じだ。目的が正しければ、手段は問わないと思っていた。世界のためなら、人を踏みにじってもいいと。その判断が、どれだけの悲しみを生んだのか。どれだけの人生を破壊したのか」


マルクスが、レインの肩に手を置いた。


「お前は、ここにいる。生き直している。そこに何の意味があるんだ」


レインが静かに答えた。


「二度目の人生では、違う道を行く。一人も犠牲にしない。一人も踏みにじらない。そういう道を」


「不可能だ」


ノエルが言った。


「この世界で生きれば、誰かを傷つける。俺たちはそれ以上に傷つけられる」


「それでも」


レインが言った。


「完全には不可能だが、目指すことはできる。侯爵のように諦めない。装置に頼らない。人間らしく、不完全なままで、歩み続けることはできる」


五人の間に、沈黙が降りた。


泉の水は、光の粒をきらめかせている。星脈の種子は、かすかに脈動している。六相の力を注入した後なのに、虚相だけが欠けたままだ。


アリシアが、ゆっくりと言った。


「あなたたちの答え。聞かせてくれますか。これからどうするのか。この種子をどうするのか」


リュカが言った。


「大事な人を守りたい。親父、姉貴。そして皆。それのためにこの種子を覚醒させたい。星脈が戻ってくれば、世界はまだ死なない。それで十分だ」


ノエルが言った。


「鉄を折る前に直す。侯爵の方法じゃなくて、俺たちの方法で。破壊して再構成する。それが鍛冶師の道だ」


マルクスが言った。


「母さんの死を無駄にしない。そのためには、俺が父上を止める。どんな手段を使ってでも。政治的に、思想的に、人間として。俺はそこを目指す」


アリシアが言った。


「完璧でない道の方が、人間らしい。だから私たちは諦めない。星脈が全て戻らなくても、私たちは歩み続ける」


レインが言った。


「二度目の人生を生きる意味。それを見つけるために。母さんが殺されたその現実と向き合いながら。灰から生まれ直した自分たちが、何を作れるのか。その答えを求めて」


五人の答えは、一つの誓いになった。


その誓いは、装置の起動でもなく、計画の成就でもなく。ただ、人間らしく歩み続けることだ。不完全なままで。不確実なままで。だが温かく。


レインが立ち上がった。


「种子を覚醒させる。虚相が足りないが、試してみよう。六相だけで」


マルクスが言った。


「無理かもしれん。完全な覚醒には至らないかもしれん」


「それでいい」


レインが答えた。


「不完全でいい。だがここで止まるわけにはいかない。世界はまだ死んでいない。星脈もまだ息をしている。その微かな命に、俺たちの手を差し伸べる。それだけだ」


五人は泉に近づいた。


星脈の種子は、その光をますます強くしている。六相の力に呼応している。虚相なしでも、何かが動き始めている。


あるいは、虚相とは何か。


時間を超えた意志。二度の人生を生きるレインの記憶。そこに何かがあるのかもしれない。


「俺たちは、ここから始める」


レインが言った。


「完璧な解決策ではない。装置も起動しない。侯爵の計画も挫折する。だがそれでいい。不完全なままで、不確実なままで、人間らしく。その道を俺たちは選ぶ」


「一つの道だな」


ノエルが言った。


「俺たちが選んだ道。侯爵と違う。何かを失うかもしれない。だが何かを得ることもできる。それが人間だ」


マルクスが言った。


「母さんの死は消えない。だが母さんの死に応えることはできる。俺たちが生きることで。正直に。人間として」


リュカが言った。


「何か大きなことが起こるんじゃないか。この先」


「そうかもな」


レインが答えた。


「だがそれは、俺たちが決めるんだ。侯爵でもなく。装置でもなく。俺たちの手で」


アリシアが、静かに微笑んだ。


「では参りましょう。種子の覚醒へ」


五人の手が、種子に触れた時、世界が震えた。


泉の水が輝き始めた。光が渦を巻く。星脈の種子は、かすかな脈動から、より強い鼓動へと変わっていく。


六相の力が、種子に流れ込む。吸収、変換、構築。リュカが星脈を集め、ノエルが地相と炎相で種子の外殻を刺激し、アリシアとマルクスが識相で種子の意識に触れようとする。


だがレインは何もしていなかった。


ただ、種子に手を置き、目を閉じている。


その心の中で、二つの人生の記憶が流れていた。前世の記憶。商社の役員として、数多くの人間を踏みにじった記憶。そして今世の記憶。この世界で出会った人々。母さんの温かさ。父さんの厳しさ。友人たちの笑顔。


すべてが混ざる。すべてが流れ込む。


「レイン」


マルクスが呼ぶ。だがレインは応答しない。何かの扉を開こうとしている。虚相とは何か。時間を超えた意志とは何か。二度の人生の交差点で、何が起こるのか。


種子の光が、ますます強くなる。


泉のほとりで、五人は立ちつくしていた。何かが起ころうとしている。世界が変わろうとしている。その瞬間を、彼ら自身が創造しようとしている。


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