第30話「追手」
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森の奥から現れたのは、精鋭の術師集団だった。
十人程度。すべてが上級術師だ。その装備、その歩き方、その気配——すべてが訓練を受けた者のそれ。アリダ守護領の兵士とは比較にならぬ、質の高さ。
その先頭に立つ人物。
ダリウス。
ハルヴェス侯爵の側近。学院で見かけたことのある、高位の術師。
「捕捉しました」
ダリウスが、後ろを振り返らず、声だけで話した。何か通信魔具を使っているのだろう。
「五人揃っています。はい。了解」
ダリウスが五人に向き直った。その顔は冷徹だ。
「若様。お待たせしました」
マルクスへ向けた言葉。
「父上の指示で参りました。一度、領地へ戻っていただきたい」
マルクスが返答しない。
ダリウスが手を上げた。指示。その瞬間、精鋭術師団が五人を囲む。
「抵抗はなさらぬよう」
ノエルが剣を抜いた。
「戦うしかないな」
激闘が始まった。
五人対十人。数では劣る。だが五人は既に結束した集団だ。互いの動きを理解し、連携している。
ノエルが前衛で剣を振るう。地相と炎相の力を込めた一撃。敵の一人が後ろに吹き飛ぶ。
リュカが側面から水相の波動を放つ。二人の術師が動きを止められる。
アリシアと マルクスが中央で敵の術を相殺する。識相の力で、敵の攻撃を制御する。
レインが上空から風相の刃を放つ。複数の敵が傷つく。
最初の数秒は、五人が優位だった。
だが——ダリウスが動いた。
その動きは、学生とは比較にならない速度だ。実戦経験。何百、何千の戦闘を重ねてきた術師。その身体がどう動くか、最適化されている。
彼は、ノエルへ接近した。
剣と剣。衝突する。
ノエルの全力の一撃が、ダリウスの片手で受け止められた。
「強くなりましたね」
ダリウスが呟く。だがその手の圧力は、増す一方だ。ノエルが後ろへ吹き飛ぶ。
「我々は訓練生ではありません」
ダリウスが言う。精鋭術師団が、五人を包囲する。
五人は劣勢へ追い込まれた。
ノエルがダリウスと対峙する。その戦闘は一方的だ。ダリウスの技量が、圧倒的に上だ。
その中で、ダリウスが言う。
「若様。お父上のご計画をご存知ですか」
マルクスが応答しない。
「侯爵は、世界を救おうとしているのですよ」
その言葉が、戦闘を一瞬中断させた。
「星脈が枯れていく。人類は滅ぶ。侯爵は、その脈動を完全に統制し、最適な流れへ改変しようとしている」
ダリウスが続ける。その声は、単なる報告ではなく、何か説得のようだった。
「古い守護者たちの失敗を繰り返さぬよう。力で支配するのではなく、理性で管理する。それが侯爵の目標です」
マルクスの身体が揺らいだ。
同様に、レインも——
その言葉の中に、真実があった。古代の長は力で支配しようとして失敗した。だが侯爵はそれを知っている。知った上で、同じ道を歩もうとしている。
違う方法がある。管理による支配。理性による統制。
それは——本当に間違っているのか。
「侯爵は決して悪ではありません。むしろ、世界を救う者です」
ダリウスの言葉は、甘い誘いのように聞こえた。
だが——
ノエルが剣を握り直した。
「言葉だけで何が分かるか」
彼の声は、確固としていた。
「俺たちは見た。死域を見た。星脈が枯れた世界を。その上で、侯爵のやり方が本当に正しいかどうか、自分たちで判断する」
リュカが続く。
「力で支配するのか、理性で管理するのか。どちらにしても、世界を一つの意志で統制する。その結果が、本当に救いなのか。俺たちには分からない」
アリシアが言う。
「ですが確かなことは。侯爵の計画は、私たちを選択肢なく従わせるということです。それは支配です」
マルクスが、ダリウスへ向き直った。
その目は、もはや迷いがない。
「父上は私を道具として見ていた。今も、その変わりはない。だが私は、もう父上の道具ではない」
ダリウスの表情が、わずかに変わった。
「そうですか」
彼は再び動いた。今度は、容赦がない。
戦闘が再開された。
だが状況は変わっていない。五人は精鋭術師団に追い詰められていた。エスキナの濃密な星脈の中では、経験差が如実に出ている。
リュカが傷つく。アリシアが吹き飛ぶ。
「退却」
レインが叫んだ。
五人は泉へ向かって走った。
ダリウスが追う。精鋭術師団が追う。
泉に到達した時、五人は一つの決定を下した。
古い仕掛けがある。古代の守護者たちが、侵入者を排除するために作った装置。それを、起動する。
アリシアが碑文に手をかざした。古い術式を、逆に利用する。
泉の周囲に、光の壁が現れた。防魔陣。だが進化した形。古代のそれ。
ダリウスと精鋭術師団が、それに衝突した。
光の壁が、彼らを遮断する。
ダリウスが力を込める。その手から、強大な識相の波動が放出される。古い壁が、軋む。だが——
壊れない。
古代の技術の方が、上だ。
「若様」
ダリウスが叫ぶ。その声には、感情があった。命令ではなく。
「再度申し上げます。お父上の選択を、受け入れてください。世界のために」
マルクスは、答えなかった。
古い装置がさらに強く発動する。
光の壁が、周囲を包み込む。泉の周囲の空間が、ダリウスたちから完全に遮断される。
ダリウスの姿は、光に消えた。
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五人は、泉のほとりに倒れ込んだ。
古い防魔陣は、一時的なものだ。長くはもたない。だが、今は大丈夫だ。
マルクスが呟く。
「父上は、本当に世界を救おうとしているのだろうか」
誰も答えられない。
だが、ダリウスの言葉は真実を含んでいた。敵の言葉が真実を含んでいることがある。そしてそれが、最も厄介なのだ。
正義と悪の区別がつかなくなる。何が正しいのか分からなくなる。
レインはそれを感じていた。侯爵の計画は、純粋に世界を救うことかもしれない。だが、その方法が正しいかどうか——それは別だ。
五人は、古い防魔陣の内側で、夜明けを待つことにした。
外の世界では、侯爵の計画が進んでいる。王国や帝国の貴族たちとの密約。古代装置の起動準備。
だが五人は、今は何もできない。
種子は、なお眠ったままだ。
虚相の力が必要だ。だが、その力はどこに。
朝になり、防魔陣の外を見ると——
ダリウスたちはいなかった。
だが彼らは、確実に五人を見つけた。いつでも戻ってこられる。
時間は、かぎられている。
五人は防魔陣の強化に専念した。
アリシアとマルクスが識相で古い術式の全体を再構築する。破損した部分を修復し、より強力に。
ノエルが地相と炎相の力で、防魔陣の基礎を強化する。
リュカが周囲から星脈を吸収し、防魔陣に供給し続ける。
レインが風相で、外界の脅威を常に監視する。
その作業は、丸一日続いた。
ダリウスは何度も力を込めて壁に衝突した。その度に古い防魔陣は軋む。だが崩れない。古代の技術の強さ。
やがて、ダリウスは試みるのを止めた。
彼は壁の外で、五人を見つめていた。
その目には何かがある。失望か。悲しみか。あるいは確信か。
「若様」
ダリウスが声を上げた。
「三日後、王都で星脈会議が開催されます。各国の代表が集います。そこで、侯爵の計画が正式に発表されるでしょう」
その言葉は警告だった。
時間がない。その警告を、ダリウスは与えていた。
「その前に。お帰りになられることを、強く勧申します」
続く言葉。
「さもなければ、新たな追手が参ります。今度は、侯爵の直属の術師団が。私たちなどではなく」
五人は沈黙した。
その言葉の真実。その言葉の脅威。
ダリウスはそれ以上何も言わず、精鋭術師団とともに森へ消えていった。
五人は、防魔陣の内側で夜明けを待った。
朝になっても、敵は現れなかった。
だが外界は静かではない。遠くから、何かが動く気配。複数の足音。複数の気配。
新たな追手の接近。
レインはそれを感知していた。
「いつ来るか」
ノエルが問う。
「わかりません。ですが確実に近づいています」
マルクスは考えていた。
父上の計画。古代装置。星脈の一元管理。
その計画が、本当に世界を救うのか。それとも世界を支配するのか。
その答えを得るには、種子が目覚める必要がある。虚相の力が現れる必要がある。
だがそれがいつ起きるのか。あるいは起きるのか。
すべてが、不確定だった。
五人は防魔陣の強化を続けた。
外界の脅威に備えながら。同時に、希望を待ちながら。
その時間の中で、彼らは何度も何度も、同じ問いを繰り返した。
虚相とは何か。
どこに存在するのか。
誰がそれを持つのか。
その答えが、世界の運命を左右するはずなのに。




