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首筋にペットボトル

 夏休みの中盤、街はアスファルトの熱気と、どこか浮かれたような蝉時雨に包まれていた。私は駅前の大型ショッピングモールの前で、待ち合わせの相手を探して背伸びをした。

「…隣子ちゃん」

 控えめな声に振り返ると、そこには普段の文学少女とは見違えるほど綺麗におめかしした理澄ちゃんが立っていた。

「わあ、理澄ちゃん! そのワンピース、すごく似合ってる!」

 彼女が着ていたのは、透き通るような淡いブルーのワンピースだった。風に揺れる裾が、まるで涼やかな水面のようで、彼女の白い肌によく映えている。

「ありがとう。隣子ちゃんが選んでくれたやつ、勇気を出して着てみたの」

 眼鏡の奥で、理澄ちゃんがはにかむように笑う。以前の、重い鎖を引きずっているような彼女の面影はもうどこにもない。私たちが、理澄ちゃん、隣子ちゃんと名前で呼び合うようになったのは、あの音楽室の日からすぐのことだった。


 私たちはモールの中を歩き、涼しい風に当たりながらウィンドーショッピングを楽しんだ。一通りお店を回った後、ふと吹き抜けの下にある広場のベンチに目をやった時だった。

「あれ?」

「どうしたの、隣子ちゃん」

「ほら、あそこ。…やっぱり、多田見君だ」


 人混みの中で、そこだけ時間が止まっているような場所があった。多田見君は、天窓から陽の光が覗く噴水近くのベンチに座り、買い物袋を抱えて行き交う人々をじっと見つめていた。本を読むわけでも、スマホをいじるわけでもない。いつも通り、ただそこにある景色を、呼吸をするように眺めている。

「…相変わらずだね」

「本当。夏休みだって言うのに、場所が変わっただけみたい」


 私たちは少し離れた場所にあるカフェに入り、冷たいレモネードを注文した。そこからは、多田見君の横顔がちょうどよく見える。

「ねえ、理澄ちゃんはどう思う?」

 私はストローで氷を転がしながら、疑問を口にした。

「多田見君、どうしていつもあんなに一生懸命人を見てるんだろう。太陽君の時もそうだけど、ただの趣味にしては、ちょっと熱心すぎる気がしない?」

 理澄ちゃんは、自分のグラスに浮かんだミントの葉をじっと見つめてから、ぽつりと答えた。

「…多分だけど、多田見君は、何かを探してるんじゃないかな」

「探してる?」

「うん。うまく言えないんだけど…多田見君の目は、ただ珍しいものを見てるんじゃなくて、欠けているパズルの一片を探しているみたいに見えるの。この世界の中に、何か、彼にしか見えない答えみたいなものが落ちているのを、ずっと待ってるような…」

 理澄ちゃんの言葉は、すっと私の胸に落ちてきた。確かに、彼の観察には、悪趣味な覗き見とは違う、どこか切実な静けさがある。

「答え、かあ。…でも、あいつって自分のことは全然話さないよね。私たちのことはあんなに詳しく見てるくせに。ちょっとずるいよね」

「ふふ、そうだね。でも、きっと彼が何も言わないのは、まだ口にする言葉を、自分の中で積み上げている最中だからなのかも」


 私たちはしばらく、遠くのベンチに座る観察者を、逆に観察した。多田見君は、迷子になって泣きそうな子供や、時計を何度も気にする待ち合わせ中の女性、足早に通り過ぎるサラリーマンを、等しく同じ熱量で見つめている。彼はヒーローになりたいわけじゃないし、正義の味方でもない。ただ、そこにいる人がどう動き、どう交わっているのかを、誰よりも実直に確かめようとしているだけなのだ。


 レモネードを飲み終える頃には、外の日差しも少しだけオレンジ色を帯び始めていた。

「ねえ、理澄ちゃん。差し入れ、していかない?」

「いい考えだね。多田見君、ずっとあそこにいて喉も乾いてるだろうし」

 私たちはカフェを出て、自動販売機でキンキンに冷えた緑茶のペットボトルを二本買った。一本を理澄ちゃんに渡し、私はもう一本を手に、多田見君の背後から忍び寄った。


 彼は相変わらず、前方の一点を見つめて動かない。私は足音を殺して彼の真後ろに立つと、手に持った冷たいペットボトルを、彼の白い首筋にぴたっと押し当てた。

「うわっ…!?」

 あの冷静沈着な多田見君が、椅子から飛び上がるほど驚いて振り返った。

「片原…! お前、何するんだ」

「あはは! びっくりした? 観察に集中しすぎて、隙だらけだったよ」

 私は笑いながら、ペットボトルを彼に差し出した。隣には、理澄ちゃんも少し申し訳なさそうに、でも楽しそうに立っている。

「これ、差し入れ。ずっとそこに座ってるから。室内とはいえ、熱中症になっちゃうよ」

 多田見君は首元を押さえながら、忌々しそうに私を睨んだが、受け取ったペットボトルの冷たさに、少しだけ表情を緩めた。

「…ありがとう。ちょうど、喉が渇いていたところだ」

 彼はキャップを開け、一気に緑茶を飲み干した。喉が動くたびに、彼もまた一人の、喉が渇き、暑さを感じる普通の高校生なのだという当たり前の事実に、私はなぜか少し安心した。


「多田見君、今日は何か面白い発見はあった?」

 理澄ちゃんが優しく尋ねると、彼は空になったペットボトルを見つめて、短く答えた。

「特にはない。ただ、今日はいつもより、歩く人の歩幅が広い気がする。連休前で、みんな先を急いでいるんだろう」

 やっぱり、多田見君だ。特別なことは言わない。ただ、彼が見たままの事実を、彼は教えてくれる。

「そっか。じゃあ、私たちも少し急ごうかな。理澄ちゃん、さっきの雑貨屋さん見ていい?やっぱりあれ、気になっちゃって」

「うん、行こう!」


 私たちは多田見君に手を振って、再びモールの散策へと向かった。振り返ると、彼はまた静かにベンチに座り、空のボトルを隣に置いて、人混みを見つめ始めていた。理澄ちゃんの言った探しものが何なのか、本当に何かを探しているのか、今はまだ分からない。けれど、彼がそれを見つけるまで、私はこうして時々、彼の静寂を騒々しくぶち壊してあげようと思った。


「隣子ちゃん、このストラップ、お揃いにしない?」

「いいね、それ! あいつの分も買っちゃおうか?」

「彼…、付けてくれるかな?」

「いいの。カバンの中に放り込んでおくだけでもさ」

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