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鼓動 ――約束の夏――  作者: 御厨つかさ


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約束の夏 7 救い主の名



「由樹乃、…――――!」

激しい怒りを秘めた声だ。

走り込み、怒りに任せて密が黒鞘から白刃を抜き放つ。

密の黒髪が風に軌跡を描き、白い美貌が冷徹な怒りを刷いて刃を振る舞う。


 斬、と―――――!


 密の刃が闇を切り裂く。

 由樹乃の額に落ちかけていた雫は、切り払われ宙を舞った。

 その散る闇を、冷静に黒城海将補の刃が薙ぐ。


 動けない見えぬ拘束から、急に解かれて背に倒れ込む由樹乃を、細身の男が受け止めていた。

 はじめてみる顔に驚いて由樹乃がみる。

 それに、慇懃な表情で樋口が自己紹介をする。

「はじめまして、黒城の側近で樋口といいます。遅れて申し訳ありません」

「…おくれて?…――!密ねえ!」

 冷静に樋口に抱き留められた由樹乃をみると、背を向けて庇うようにして立つ姉の姿に由樹乃がいう。

 驚いて見あげる背は、単に動じずに頼もしくみえた。

 微かに、笑んで応えるのは。

 薄く笑み。

「由樹乃、遅くなって済まない。…――黒城海将補殿、此方をいま閉じる為に必要な呪符はお持ちか?」

「…いや、残念ながら、――斬るしかない」

宙を舞うように揺らめいて、まるで何処かへ逃れようという動きをみせる闇の揺らぎに、由樹乃が身を震わせる。

 あれ、がどんなに異様で禍々しいものだったか、いまになって由樹乃は恐怖を憶えていた。

 それは、…――。

 本多密と対峙する位置を取り、黒城海将補が金朱の鞘を無造作にもつ。

 対する密もまた、黒鞘をかるくもち、やさしく由樹乃に話掛ける。

「そちらの、樋口殿は信用してもいい。それだけの腕をお持ちだ。安全な処にさがっていてくれ」

「…―――ねえさん?これ、何、…―――?」

 いいながら、何故かわかっていた。

 なに、と問いながら、それをしっている。

 ―――わたし、…―――は、

 姉の背をみて、なにかいいたくて。

「…大丈夫だ。これを滅するのが、これまで私が修行してきた理由の一つになるのだからな。…家族を、由樹乃達を守ることが、一番の理由だが」

 こうして間に合ってよかった、と。

薄く笑み、滴り落ちる闇を魔を、唯退治するだけのことと見据えていう。

 本多密の背を見つめて、由樹乃は言葉を無くしていた。

 …――何を、姉さんは知っているの?

 それは昔からわかっていた。

 姉は本家を将来継ぐ、と。

 幼いながらにそのことがわかっていた。こどもの頃から、姉は私達、妹達には話さずに、何事かを背負ってきたのだと。

「密ねえ、…」

 でも、とおもう。

 そんな、密ねえだけ、…―――!

 そんなのは、と。

「さ、行きましょう」

樋口が両肩を支えているようにして下がらせるのに、由樹乃に抗う力はなかった。

やさしく促しているだけだというのに、細身の樋口に逆らうことができない。

 いや、確かにこうして姉が向き合う何ものかを前にして、この場にいることは単なる邪魔でしかないと理解はするが。

 だが、…―――それでも。


 密ねえを、おいていく?


 そんなのは、いやだ、とおもう。

 当り前に妹達を守るその背が、いま前にあるからこそ。

「密ねえ!」

 だからといって、何ができるというのか?

 唯、邪魔をして。

 それでも、――――…。

 それでも、おいていくのはいやだったのだ。




 淡い光が、視界の隅にみえたのは。

 そうして、叫んだ由樹乃が密のもとへ駆け出そうと樋口のつかむ手を外そうとふれたとき。

 其処に、…―――――。

「密ねえ?あ、ゆきねえ、…いた!」

 無邪気に笑顔で、見つけた二人がうれしくて駆け寄る姿が。

 宵闇落ちる庭の、闇に染まろうとする其処へ。

 淡い光の束をおもわせる輝きが。

 女神をおもわせる柔らかな金の光は、―――。

「…―――ゆみか!」

 恐怖に彩られた由樹乃の叫びが闇を切り裂いていた。

「ゆきねえ?」

 何もしらず、少女が。

 本多弓香が、帰国したばかりの少女が無邪気に姉達に近寄ろうと走ってきていたのだ。

 うれしくて、他にまわりがみえずに。

 唯、そう姉達に逢いたくて。

 

 その背に、黒く闇の落ちるしずくが。

 だから、…―――。

「…由樹乃っ!…――弓香?!」

振り向いた密が、襲い掛かる闇の雫を切り払い、その白刃を護りに向けようと走るが。

 ――間に合いはしない、と。

 何故か、冷静に由樹乃はおもっていた。

 時が止まったかのように感じる。

 樋口の外せなかったはずの拘束の手を、由樹乃は無意識にゆびさきでふれるだけで解くようにはずしていた。

 ゆっくりと、なぜか周囲がみえる。

 だから、足を踏み出して。


 まるで、動きをとめたようにみえるゆみか――妹を。


 そのちいさな手をひいて、自分の背後に。

 唯、それだけで限界だった。

「…―――、」

 今度こそ、逃れられない。

 それがわかっても、後悔はなかった。

 だって、それは。

「ゆきねえ?!」

 ゆみかの、ひめいがきこえた。

 ごめんね、とおもう。

「…由樹乃!」

怒りと焦りと、無力を嘆くあねの声が聞こえる。

 …――密ねえ、…ごめんね。

 心配、かけちゃってるね、…?

 でも、と。


 でも、あのね、密ねえ。…


「…――――!ゆきの!」

 密ねえの叫ぶ声を聞きながら、由樹乃はひとみを閉じて。

 魔が、額に落ち、しずくが―――その身に。

 闇の雫が額に落ち、由樹乃は意識を失っていた。

 宙を漂う破れ、その残滓が。

 何故だか、それが密に斬られ消滅したことがわかる。


 倒れる由樹乃を抱き留める密ねえのうでと。

 だから、おもっていた。


 …あのね?密ねえ。わたしもね?


「…由樹乃、…―――!」

 叫ぶ密の声にある苦痛を、瞳をとじてききながら。

 ――わたしも、密ねえを護りたいっ、ておもったりするんだよ、…?

 ゆみかも、わたしも、と。

 いつも守ってくれる姉に。

 抱き留められて、すこしだけ由樹乃は微笑んでいた。

 それは、守りたい人をまもれたから。

 

 いつも、守ってもらってばっかりだものね…?


 いつもありがと、密ねえ、お返しだよ、と。

 抱き留める密の嘆きをしらずに、由樹乃は意識を手放していた。

 樋口に抱き留められた弓香の悲鳴をあげるのをこらえて目をみはるさまと。

 二人の、嘆きをしらずに。

 守れたと、それだけを想いながら。



 とても大事な姉と妹を。




 




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