約束の夏 6 闇の手
由樹乃は、悲鳴をあげることさえできずにみあげていた。
声が、でない。
―――どうしよう、…普段、声なんておおきい方だっていわれてるのに。
だのに、動けなくて。
こえも、でないで。
闇の雫が、滴り。
もう額にふれようというのを、とじることもできない瞳でみあげていた。
学校から、帰って。
鞄を家において。
それから、もう一度外へ出た。
着替えなかったのは、面倒くさかったから。
制服のままでいった方が、もし姉のお見合い相手にあったときいいかとおもったからで。
父もいるかもしれないから、…――本家に顔を出そうと、歩いていて。
だから、こんな。
―――…なに?これは?
闇としかいいようのない、禍々しいものが滴り落ちてくる。
これを、額に受けてしまってはいけないと何故かわかった。
どうしたらいいのか、何ができるのか?
身を縛られたようにして動かせず。
このとき、由樹乃は理解していなかった。
闇の雫、魔の雫が落ちるとき。
人の身なれば、けして抗うこと叶わぬという。
それだけのことを、知らずに動けずにいたのだ。
魅入られたように、みあげる。
誰か、とおもうのに。
声がでなかった。
―――密、ねえ、…。
心のうちで呼んだのは、本家でいま見合いをしているはずの長姉だ。
自衛官で、格好良くて美人で、…憧れている、自慢の姉。
強くて、剣を持たせたら凄くつよくて。
声が、でない。
本家まで、広い庭だとて限りがある。
声の限りに叫べば、通じるだろうに。
声がでなかった。
その絶望に瞳が染まる。
黒く、いや、魔と深く闇に染まるしずくが。
まるで、由樹乃という依り代に取憑こうかというように闇の狭間から手をのばす。
獲物をみつけたと、なにものかが笑む気配さえ何処かに漂わせて。
…た、すけ、―――…て、
こえが、でない。
涙が、動けずにいる由樹乃の頬を滑り落ちた。




