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鼓動 ――約束の夏――  作者: 御厨つかさ


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約束の夏 4 闇より来たる


 夜の庭に。

 水面に踊る灯が揺れて、―――波立つと同時に空にそれが現れた。

 宙に何も無いはずの其処から生まれるのは闇。

 夜の闇よりも深くなにものかが蠢く闇が、宙から零れ落ちるように生まれようとしていた。

 本多家の広大な庭。

 闇に沈む池の水面を波立たせて、宙から闇が零れ振動が伝わってくる。


 わかっていたことだ。

 これが約定の理由なのだから。


「来たか」

 黒城海将補がいい、右手に朱塗りの鞘を手に膝を起こす。

 朱塗りの鞘には金粉が細かく細工され、淡く金を纏う朱鞘には不思議な力が感じられた。それを手に、無造作に黒城が床を蹴る。

 音も無く庭に降り立つ黒城海将補を前に。

 密もまた脇に置いていた黒塗りの鞘―――此方は、漆を深く黒く塗り込めた漆黒の鞘――を手に、同じく身軽に庭へと降り立っていた。

 共に、実をいえば此の予測が為に、非常識に靴を履いたまま座敷に上がっていた。畳を痛めない為に毛氈がひかれてあったから、まあ後の掃除は特に問題はないだろうが。

 そんなことを、少しおかしくおもいながら、笑んで密が「それ」に向き合う。

 禍々しい気配を闇から零す――空間が何処か途中から裂けて溢れているとしかみえないなにか。

 「これ」が。

 異界の魔であり、約定の刻を果たす為に訪れたのだと。

 長女であり、本多家を継ぐ役割を幼い頃からその身としてきた密は知っていた。

 本多家が代々武官であるのも。

 いまの世で、自衛官という職に就いているのも、それが理由だ。


 武家の世ならば、武士として仕えていただろう。

 幾代を経て幕府などとうになく。

 されど、約束の闇はこうして現れる。


「面白いものだな」

深く皮肉に、けれど何処か楽しげに笑んでいう密を、あきれたように黒城海将補がみる。

「確かに、きみはあの本多一佐の娘御だな」

「褒め言葉と受け取っておきます」

「そうしてくれ」

黒城海将補がいい、金を刷かれた朱鞘を手に僅かに腰だめに落とす。それに、黒鞘を手に密もまた右に鞘をさげ、左手を柄の上に添えて待つ。

 タイミングを。

 それはとても単純だ。


 宙から漏れ出でる闇と汚泥を混ぜたような得体の知れないなにものか。

 闇と異界からの使者ともいうべき、なにものかを。

 その、溢れ出るなにものかを、越えるべき一線を。


 闇が裂け、溢れる闇を。


「いまだ」

短い黒城海将補の一言を、密は逃さなかった。




抜刀する。


黒城海将補の金朱鞘から、煌めく白刃が闇を一閃する。

本多密の黒鞘から、朧に紋様を纏う刃が美しく白き光を返す。


二条の美しき白刃が光。―――



零れ落ちる闇は、白刃に切断され、宙を零れ落ちて。

まるで、まぼろしのように水面に落ちる前にきえた。






闇より来たる異界のくち、ひらいて、――――。


とじる。




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