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鼓動 ――約束の夏――  作者: 御厨つかさ


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約束の夏 2 密


 本家には久し振りにくるな。

 本多密はしずかにそうおもいながら、本家の庭を望む和室に座していた。

 姿勢は美しく両手は正座した膝に綺麗に揃えられている。彼女のことを美人だという人は多いだろう。その美貌は父ににて玲瓏としているとよくいわれるが。

 白皙の美貌で年齢が不明という点では確実に父である本多一佐には負けるな、と少しばかり面白くなって微苦笑を浮かべて、密は欄干の向こうに広がる日本庭園の非常識な程の広さを瞳に納めていた。

 黒髪が美しく白い美貌に映える。

 本日の見合いに航空自衛隊の灰色の礼服を着てきたのは、相手もまたその身分をもつ存在だったからだ。自衛官の制服を着て見合いの場に臨むというのもある意味どうかとはおもうが。

 それでも、相手が何とあの海将補である以上は、自衛官の制服で会うのが一番無難だと思えたのだ。下手をすると、組織は違うが上官になる相手なのだから。

「お待たせした。―――すまない、遅れて」

低く美しい響きの声が和室から庭へと渡る。長身に白い海将補の儀礼服を着た人物を振り向いて、本多密は己の選択に安堵していた。

 黒髪に年齢不詳の処は父にも似た処のある黒城海将補。

 海上自衛隊でも数名しかいない将補は、例えばアメリカ海軍の階級でいえば少将に当たる地位だ。相手に対する礼儀としても、制服を選択してよかったと安堵する。

 黒城の黒眸が穏やかにこちらを見ていて、黒髪にそのしずかな美貌はより年齢をわからなくさせるなとおもう。

 一礼する黒城海将補に、こちらも座したままではあるが密もまた礼を返して見あげて思う。確かに、人ではないという噂が立つのもわかるほど、落ち着いて不思議な存在感がある相手だとおもう。

「父がまだで申し訳ありません」

「いや、忙しいのはわかっている」

落ち着いた視線で見返し、本来この見合いの席を主導するはずの父が同席しないことを密が謝ると、穏やかに黒城が応えた。

 黒城もまた座し、その姿勢は美しく同じく正座した両手を膝の上に置く姿さえ律された音楽をみるように美しく響くものがある。

 そして、影のように座敷の境より向こう、音もさせずに控える姿があるのを密の視線は捉えていた。

「かれは、お付きの方ですか」

「ああ、樋口だ。私の護衛になる。こうした席に同席させるのは申し訳ないが」

「いえ、当然でしょう。貴方は海将補です。どのようなときでも身を守られる必要があります」

「そのように納得してもらえるとたすかる」

海将補の言葉にうなずき、視線を側近であると聞いている樋口の姿から庭へと移す。細身の自衛官であり、黒城の護衛でもある樋口の姿は影として常に黒城に添うといわれる噂が本当なのだろうと思わせるものだ。

 樋口の忠誠は、黒城個人へと向けられているともきく。

 日本庭園の灯りが朧に闇にたゆたう時刻となり、密は庭をみながら黒城に話掛けていた。

「この度は、わたくしと見合いをしていただきありがとうございます」

白い密の美貌に、黒城が苦笑する気配がする。

「それはこちらがいうことになるか。…―――本多一佐から、理由はきいておられるのか?」

訊ねる黒城に密が石灯籠に灯る淡い明かりを眺めながらうなずく。

 それは、本多家に伝わる古からの約束のひとつ。

 忘れるわけにも、無いことにするわけにもいかない唯の約束。

「私は、この話を断りたいとおもっている」

 だから、その言葉に驚いて振り向いていた。

「しかし、―――…それでは、あなたが」

事情を知り、約束を何故、いま本多家の者が履行しなくてはならないのかを、幼い頃から言い聞かせられてきた身として。

「いけません、―――それでは、あなたが犠牲になる」

強い瞳で見る密に、苦笑して黒城が返す。

「それは、きみにいおう。―――私の為に、きみが犠牲になる必要は無い」

「いいえ、それは、あなたの為だけではありません。この邦を―――いえ、この世界を生きたままにする為に、それは必要なことです」

悲痛なものを何処かに抱く黒眸で黒城がそう告げる密を見返す。

「…この世界を護る為に、犠牲になるのなら本望です」

「本多が同じことをいうとは思えない」

本多一佐――父のことをいうのだろう黒城に密が微笑む。

「あのひとは、甘いですから。娘に」

微苦笑を零していう密に、黒城がいう。

「だからだ。いや、そうでなくとも他人を犠牲としたくはない」

「だから、婚姻をするのでは?他人でなく」

見返す密を困ったように黒城がみる。

「きみは、―――死にたいのか」

苦しいように訊く黒城に、ふと密は微笑んでいた。

「いえ、そのつもりはありません。ですが、やらなくてはいけないことはある。―――古の約定から、あなたの為に本多の家は贄として花嫁を送らなくてはなりません。それが、」

そっと、僅かに俯いて密は微笑んでいた。

「――それが、本多家長女としての役割ですから」

顔をあげて、そう言い切るときには何処か満足した表情を密はみせていた。

 この黒城に嫁ぎ、約定を果たす。

 その犠牲となることがわかっている役目を負うのが、二人の妹達でなく自身であることに安堵して。

「妹達に役目がいかずに済んだことを、私はよろこんでいます」

「…―――きみにも、護りたいものがあるか」

「はい。もし、此処で私が降りたら、確実に約定は妹達のどちらかに引き継がれます。それはゆるせない。…――私は長女として、姉としてあの子達を守る義務があるのです。ですから、黒城海将補」

はっきりと見据えて、密は告げていた。

「あなたに断る権限はもとよりありません。これは古からの本多家とあなたの一族との約定であり、果たされなくてはならないことなのですから」

「―――わたしに、断る権利はないか」

「はい、海将補」

正座をして真っ直ぐに見据えて彼女がいうのを。

 困惑して、黒城海将補は沈黙していた。



 闇に灯籠が浮かび、湖を模した池が妖しく灯を映して揺れる。



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