約束の夏 1 由樹乃
本多由樹乃は、本多家三人娘のうち真ん中の一人だ。
住んでいる家は本家というやたら広い庭がある一角に建った古い家で、信じられなくくらい格式とかがある家らしい。いや、それは本家か。
由樹乃が住んでいる家は、本家の広い日本庭園の一角に建っているというだけで、別に由緒があるというわけでもないらしい。由緒がないというのは違うだろうか?
築百年以上、黒瓦を使った屋根とかやぶき屋根が小さな家にあり、欄間とか色々建築様式とやらはとっても珍しいものでもあるらしい。
その家は古くて誰かが世話をする必要があることから、由樹乃達一家が住むことになったらしい。手入れをしないと、家はすぐにダメになるのだそうだ。
だから、由樹乃はこの古い家から学校に通っている。
日本庭園を奥に石が点々と苔むす庭に並んでいて、それを辿っていくとつくのが家だったりするのだ。
――あんまりないよね?まあ、古いだけだけどさ?
静かな庭を歩いていく。今日は、確か長姉の密がお見合いをしているはずだ。
本家で。
気にならないといえばウソになるけれど、本家には怖い曾祖母がいて近づくのも怖いから、近づかずにまっすぐ帰宅することにして石を辿っていた。
学生鞄なんていうものを手に、深い森と見紛う日本庭園の庭を歩く。
本当に、都市にあるとは思えない深い森だ。
――密ねえ、どうしてるだろ?
彼女達の父は自衛官だ。航空自衛隊で仕事をしていて、殆ど家にいない。その父が、姉の見合いの為に本家に戻ってきているらしいとも聞いていた。
――後から、顔を出してくるかな?
由樹乃は、父親が好きでもきらいでもない。唯、色々いそがしくて母になかなか会えないでいるのは、ちょっとかわいそうかな、とおもう。
かわいそうだよね?…多分だけど。
敷居を跨がせてもらえなくて、泣いていたりするのをよくみるから、多分かわいそうなのだろう。
忙しすぎるのがダメなんだと思うけど。
任務とやらで、長いこと留守にしているから、おかあさんに邪険にされるのよね?
森を歩く。やっぱり、ほとんど森だよね、とおもう。
妹は帰ってきてるかな?と家がみえてきて考えてから、あ、海外だった、と思い出す。
思い出すというか、…姉は父と同じ自衛官で、これもとっくに家にはほとんどいなくて。妹は、実は日本だけじゃなくて海外まで飛び回っている美少女でアイドルだったりする。名前をいうと、日本人なら誰でも知っているアイドルが妹なんて、理解しがたい環境だよね?と。
高校でも、由樹乃だけ、なんでそんなに普通?とかいわれている有様だ。
「…――――いいんだけど?」
別に、アイドルしたくはないし、自衛官とかになって忙しく働いたりもしたくない。理想をいうなら、多分、そう。
母のように、亭主元気で留守がいい、を実現して手に職をもって悠々自適に暮らすのが夢だ。
それって、身も蓋もないわよね?と。
容赦ない一言を浴びせてくれたのは高校の友人である御園百合香だが。
――ま、確かにね。
本多由樹乃は本多三姉妹の中では、平凡で本当に目立たないのだ。
ストレートの髪を伸ばしてみてはいるけど、普通の顔立ちで背も高くない。特に姉のように美人でもなく、妹のように激かわな美少女でももちろんない。
制服も特に似合うとかでもなく、似合わないとまででもなく。
つまりは、普通。
どこにもロマンの欠けらもない。
普通で、平凡で特技とかもなくて運動神経だってない極々当たり前の高校生。
属性として珍しいとしたら、いまどき三姉妹の真ん中ということくらいだろうか?
それが、本多由樹乃なのだ。
「本当にね」
ちいさく、つぶやいて。
鞄をすこし振って、石を一つ跳んだ。
平凡で特徴のない極々普通の高校生。
出来る美人の姉と、アイドルで美少女な妹に挟まれた、平凡で普通な容姿の高校生。
別に、何も将来なりたいものもわからないまま生きている。
それが、本多由樹乃。
極、普通の取り柄もない少女。
それは、なにひとつかわりはしないと思っていたのだけれど。――――
その刻、その偶然が。
或いは、それこそが必然だったのか?
世界の滅びを告げる鼓動―――。
その刻を告げる、唯一人。
孤独と血に塗れ、運命に死と別離を刻まれた魂。
契約の血を背負い、永遠の刻を生きる呪いを受けて。
その滅びの刻を告げる鼓動を抱く。
その唯一人に、出逢う偶然を。
そして、始まるのだ。
彼女は、その鼓動の持ち主と出逢う。
そして、刻が動き出す。
物語が始まる。
それは、長く残酷な別離と永遠に呪われた血を祝福する悲劇の物語。―――




