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鼓動 ――約束の夏――  作者: 御厨つかさ


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約束の夏 15 「約束の夏」 fin



 それは、ちいさな約束。


 ひそかにねがう、とてもささやかな。

 かないはしないことがわかっていて、―――。

 すこしだけ、叶うといいなと。


 ちょっとよくばりかもしれない、とおもいながら、希んだ。




 


 叶うことのなかった、ゆめ。



 一緒に、あの御方と、――――。









 浜辺の砂をあらう波の音がしている。

 白い砂浜はとてもきれいで、早朝の海はしずかだった。

「黒城、さん」

 波音をききながら、隣をゆっくりと由樹乃の歩調にあわせてあるく黒城をみあげる。こうして隣りを歩く黒城は、まるで本当に唯の十九才みたいにみえた。

 黒髪が海風に乱れて、それをくせのように落ちる髪を指で掻き上げる。

 右手でそうして髪を掻き上げて、ゆっくり由樹乃の隣を歩く黒城に、気がついてしまった。

「本多の家が、――巫女とか、わたし全然知らなかったんだけど」

「ああ、そうきいている」

深い声が響いて、穏やかなまなざしが由樹乃が語るのを促す。

背の高い黒城と歩いていると、なんだかとても不思議だな、とおもう。

「ゆめをみたの。――前の、ときの巫女?彼女から、あなたのことをたのまれた」

「…――――」

衝撃に言葉を失い見返す黒城の無防備な表情に、わかってしまった、とおもった。


 ―――ああ、わかっちゃったなあ、…――。

 このひとは、とてもまだ好きなのだ。

 失ってしまった、先の巫女であるひとのことを。

 そして、―――いまも、



 由樹乃は、歩きながらあしさきを、砂を洗う波打ち際をぬれずに歩くのに集中しながら、しずかにいう。

「しっかり、まもってってね?」

ゆめなんだけどさ、とつづけながら。

 不思議なことが続いてる中では、本当に控え目といっていいくらいなゆめ。

 しばし、言葉が選べないでいるような黒城が、いるから。


 あのゆめは、ほんものなんだろうな、とおもう。


 随分として、黒城がいった。

 ちいさく、失いそうな希望をたしかめるような。

 少年が、まるでくちにするみたいに。

「―――それは、私が、ということでいいのだろうか?」

 真剣に、夢と語る由樹乃に対しても真面目に問う黒城の姿勢に。

 真摯に訊ねるその眸を、ちょっとおしいな、なんておもいながら隣を歩いて。

 空を仰ぐ。晴れてて良かったな、なんておもいながら。


 ――だってね?これって、ちょっと意識したかどうかなんて自分でもわからないけど。


 歩きながら、みつけた石をちょっと蹴ってみる。

 ちゃんと、気がつく前に。自分でわかるまえに失恋だもの。

 空を仰いで青いなあ、なんておもってみた。

 世界はひろい。

 白い雲に青い空。きっと、由樹乃に向いた相手は別にこの広い世界のどこかにいるさ?とかおもってみる。

 うん、そうだよね?

 そもそも、隣を歩く相手は永遠を生きていて、側近とかいう吸血鬼をはべらせていて。その上、――――。

 とてもハンサムで反則なくらいだから。

 黒城海将補としては知らないけれど、十九才だというときに戻った黒城青年は本当に規格外にハンサムだ。

 平凡と平和を愛することにした女子高生としては、これまで通り普通の生活を送っていく為にも、こういったハンサムには近づかないに限るよねとかおもうのだけど。

 だから、いう。

「逆だよ」

「…――逆とは?」

首をかしげる黒城に、すこし肩の力が抜けてわらう。

「由樹乃どの?」

 まったくだよね、とおもう。

 ほんの少ししか会話だってしてないひとなのに。

 それなのに。

 知らない相手でも、まるで人のことを護るのが当り前みたいに護って。

 血塗れになって痛くても、全然ひとのせいにしない壊れたひとで。

 だから、そう。

「わたしが、守るの」

 振り仰いでいた。

 まっすぐ、見詰め返す。

「ゆめに出て来てくれた巫女は、あなたのことが心配だって」

「…それは」

 驚いている青年に、これは本当にほんとうの唯の若造な十九才みたいだよね、とおもいながら。

 隣をあるく足先が。

 波をかぶってすこし、ぬれた。

「だから、守ってあげる。本多の巫女はつよいんだよ?」

 聖女も勝てないかもっ、ていってたしね?と。

 後から少し聞いた家族からの話でおもう。朝、梅干しとお茶漬け食べながらする話ではない気がするんだけど。

 まあ、それに関しては家族間の力関係の話なんだけどね?とか思いながら。

 え、でも。それだと、弓香にわたしが勝てる処なんてひとつもない?とかちょっと考えたりしながら。

 聖女=弓香に勝てる方程式はひとつも浮かばない。

そんなばかなことを考えている由樹乃に、真面目に。

「由樹乃どの」

古風な呼び方をする黒城を隣りに少しあるく。

「よく、わかんないんだけどね?でも、ひとつだけ、わかる」

 つよくいいきる。前を向いて。

 それだけは、普通で平凡で何の力も無い女子高生にだって理解できた。

 浜辺の砂がきれいにしろい。

「世界が滅ぶとか、そんな難しいことはわからないけど」

 黒城が真面目に訊ねるようにして由樹乃をみる。

 そのとなりで、いまはあるいて。

 空をみあげる。

「ひとりで、―――背負うなんて、だめだよ」

 驚いて黒城がいうのがきこえる。

 小さな声で、それは。

 ――――…、と。

 その名は、多分とても大切すぎて。

 いつも、声に出していうことさえ、黒城にはむずかしいのだろうとおもう。

 その名を、くちにしてしまうことさえ。

 かわりに、いう声がきこえた。

「――…由樹乃どの」

 それに、平気な顔をして振り向く。

 黒城が不思議そうに由樹乃をみる。

「本多の巫女は、代々あなたをたすけてきたんでしょう?」

 闇とか魔とか、よくわからないものから、世界を護る為に、と。

 明るくいう由樹乃に、戸惑いながら黒城が返す。

「その通りだ。常に、本多の巫女には助けられてきた」

「それって、どのくらいのあいだ?」

訊ねる由樹乃に考えるようにする。

「そうだな、…――記憶している限りでは、千年よりすこし前までは確実だが」

「…――千年?」

「二千年はあるとおもうが、そこまでいくと年を計る為の記録が当時ばらばらでな。大体になってしまうが」

あくまで真面目に問いに対して答えようと考えている黒城に。

「そんなに、永いこと協力してたんだ?」

驚いていう由樹乃に、黒城が微笑む。少しばかり懐かしむように、歩きながら。

「私は、常に多くの人々に助けられてきた。…勿論、本多の血筋のものにも、――だから」

「だから?」

見あげると、穏やかに黒城は微笑んで強い眸で前をみていた。

「私は、…――だから、この世界をまもりたい。多くの人に出逢い、此処まで助けられてきた。かれらの生きたこの世界を、私はだから護りたいとおもう」

遠くをみる視線は、幾多の記憶に残る人々を思い返しているようで。

「その人達が、いたから?」

「その通りだ。わたしは、年を取らない。いや、取ることができない。理由はしらないが」

「しらないんだ」

 由樹乃の言葉に黒城がちいさくわらう。

 本当に、唯の青年みたいにみえるよね、と。

 由樹乃がおもうことをしらないように。

「しらない。気がついたら、これだったからな。…――だが、世界を護る為に、魔を払い、闇を封じるのにこの身が都合が良いことは理解した」

切られても生きる身体は、魔と闘うに都合が良い、と。

 手を眺め、それから薄蒼の空を黒城が仰ぐ。

「私は、死ねない。それは死ぬ定めの者達からすれば気味が悪いことだろう?」

「…黒城さん」

「別にそれはかまわない」

 砂浜を、あるく。






「唯、いままで出逢った人達を憶えていて。

  ――だから、まもりたいとおもう。――――…」

 それは、本当に唯そうおもっているのだと。

 そんなひとの。

 となりを、あるいて。

「なら、いまはわたしが黒城さんを守るからね」

「…由樹乃どの」

困惑してみる黒城の隣りで、腕をうんと上にのばして。

「だって、頼まれたものね?ゆめで、あなたの巫女に」

 ゆめだから、本当かどうかわからないけどさ、と。

 いっている声はきこえているだろうけれど。

 それに、黒城が。

「――――…」

 かのじょが、と。

 ほんとうにちいさく、音にせずにくちにするのを。

 まったく、砂浜が白いよねとおもいながらとなりを歩いて。

「だって、たのまれたもの」

いいきる由樹乃に、空をあおぐ耳にとどいた。

 ちいさな、こえ。

 ゆめとの約束に、真面目に礼を告げる。

「―――――…ありがとう、」

 消えそうにいう黒城に。

 なんだかこっちまで泣きそうかも、とおもいながら空を仰いだ。

 泣きそうなのを誤魔化すには、上を向いて空を見るのが最高だとおもう。

 本当にいろんなことが短い間にあって。

 だけど。

 そもそも、なんにもわかってなんかいないけど、と。


 大丈夫だよ、とおもう。

 先の巫女に。

 このまるで泣き虫みたいな十九才は、この浜辺でだけなんだろうけど。


 だから、大丈夫だ。

 先の巫女にぞっこんで、初恋かもってわかる前に失恋していても。

 全然、大丈夫だ。


「一緒に、がんばろう」

「…由樹乃どの」

微笑む黒城が、多分絶対わたしのことを守るなんて思ってくれてるんだろうな、と少し困りながら考えて。

 ま、いいか。

 それって、千年以上もやってたとしたら、くせみたいなものだろうしと。


 それなら、わたしがそれよりもっと、守ればいいんだものね?


 砂に潜った石を、少し蹴ってみる。

 石は、きれいにとんで軌跡を空にえがいた。

「うわ、とんだ!」

「飛んだな」

 空を跳ぶ石の軌跡を二人してながめて。

 魔とか闇とかなんとかはよくわからないけど。

 青空を二人してこうしてながめるのは、わるくないとおもった。


 いろんな出逢いがあって、これから。

 別れだってあるんだろう。


 母が勇者で、姉が剣士で、妹が聖女なんていうとんでもない家族で。

 最弱は自衛官の父で。

 それで、わたしが封呪の巫女だなんて、設定盛りすぎだとおもうけど。


 夏はそれでもきて、いつか季節はかわっていくから。



 普通で平凡な女子高生の夏を、精一杯生きようとおもう。

 先の巫女は生きられなかったという。

 その時間がゆるされているだけでも。


 そして、この自分の痛みをしらないひとをとなりに。


 

 失恋したんだけどね、とおもいながら。

 砂を蹴って、波打ち際をあるく。



 約束を、しよう。―――



 いつか、浜辺をあるくやくそく。

 彼女が叶えることができなかった約束を、歩こう。



 


 




 闇とか魔とかいうものから世界を護るとかいう。

 ――――とんでもない夏を。



 一緒に、歩こうと。




 わたしが一緒にいるよ。

 だから、ひとりで背負っちゃだめだよ?と。

 そして、かのじょにも。




 約束の夏を、あるく。――――









 

 


 海を風が渡り、浜辺を吹き抜ける。

 本物の海を、その浜辺をあるく。


 それでも夏は来て、去って行くから。

 刻まれる鼓動を、となりにして――――。





 鼓動――約束の夏を、あるく。


























                           鼓動――約束の夏を。


                                  了




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