約束の夏 13 家族
まずは、家族の話からききたいと。
黒城海将補達には遠慮してもらい、本家の一室をかりて密と弓香に話を聴こうとおもった由樹乃だが。
―――間違ってたかも、…わたし?
家族の話の方が、よくわからない封呪とかいう話より。
―――普通だ、とおもったのが錯覚にすぎなかったことを。
むしろ、普段一緒に暮らしもしている家族だからこそダメージがおおきいなんてことを。
つまり、その。
「母さんが、…――勇者?」
茫然として由樹乃が問うのに、密が腕組みしたまま深くうなずく。
戸惑った由樹乃が思いつくことを並べて云う。
「えっと、勇者って、ゲームとか、ファンタジーとか、…ロールプレイングとか、…そういうので出てくる、勇者?」
「そうだな、大概そういうもので出てくるらしい。みたことはないが」
「みたことないって、…?」
「ああ、由樹乃も知っている通り、わたしは母上の書くような物語とかは苦手でな。つまり、―――何といえばいいのかな?」
極真面目に考えながら、密は由樹乃の問いに答えている。
「母上は、此処とは別の世界に生きている勇者でな?」
「え?」
だから、それってなに?と固まっている由樹乃に困り切って密が弓香を頼る。
「何というのだろう、…弓香、説明できるか?どうもこういった説明は苦手でな」
末妹に振る密に、弓香が天使の笑顔で答える。
「かあさまは、異世界で勇者として暮らしておられて、とうさまと出逢ったの。とうさまは、最初かあさまが別の世界に生きていると知らなくて、それでもがんばってお嫁さんになってもらったんですって」
「…―――まって、最初から情報が濃すぎるから、…黒城さんの話だけでも一杯なのに、…」
額を押さえる由樹乃に、密が困った顔でいう。
「まあ、わたしたちの問題は単なる属性だ。母上が異世界か?此処ではない世界の出身で、だから、たまにしかこちらにはこられない。よく、父上が母上の顔がみられなかった、といって泣いてるだろう?」
「…あれって、任務が忙しくて会えなくて泣いてるんじゃないの?」
びっくりしている由樹乃に、すこし何処か遠くをみて密がいう。
「まあ、似たようなものだな。つまりは、もともとそんなに会えない状況下だというのに、任務で忙しくしているからな、…あれは、父上にも責任があるのだが」
腕組みしてうなずいている密をみて、由樹乃がコメントにつまる。
「…あ、でも、かあさんは小説家だって、…―――
それで締め切りがあって部屋に籠もると殆ど出てこないって、そうおもってたんだけど…それも本当はちがうの?」
そうきいてたけど、という由樹乃に弓香がいう。
「それは本当だよ?かあさまはね、」
「あちらの世界で得た体験などを、こちらで小説にしていてな?それで、此方の世界で生きるたつきの道にしているんだ。やはり、どちらの世界でも暮らして行くには原資となるものが必要だからな?」
「…―――かあさん、…久し振り?」
突然、会話に入ってきた母、静の姿に、びっくりして。
勇者といわれると、普段から男気のある――父は本当に比べるべくもない――ハンサムな印象のある母になにか納得したものを憶えてしまう。
「それで、その?別の世界って?異世界って、一体なに?」
「それは総称だな。それぞれ別に呼び名はあるのだろうが、異世界とかいうくくりで話してしまえば楽だろう。代名詞のようなものだ。わたしは、別の世界の出身で、…――昔から、そこでは勇者をしていてな?」
「…勇者って、…かあさんが?」
静がおもむろにうなずく。
「そうだ。仕事でな?本多の自衛官のようなものだ。あちらでも、色々と騒動があってな、それを退治したりするのが、うちの家系で代々継いでいる仕事なんだ」
「…しごと、…代々?」
「うん。本多の家が代々、武士の家系だったようなものだ。そしてな、由樹乃
――すまなかった」
言葉を切り、母がしずかに由樹乃をみつめて謝る。
「かあさん?」
驚いている由樹乃に、何処か寂しそうに微笑んで。
「わたしの血が、邪魔をしたんだろう。勇者の血筋は濃いから、それが密に強く出た。もう一方の家系は聖女だから、それもな、…」
「聖女!それって、弓香は大丈夫なの?密ねえは、剣士で、勇者の血とかいわれてもわかる気がするけど、…弓香、大丈夫なの?」
聖女の話題を思い出して、半ばパニックになっていう由樹乃に、なだめるように静が笑む。
「大丈夫だ。弓香にもだから、わたしの血筋が強く出てな、…弓香は歴代の聖女のなかでも最強クラスだから、かなり強いから心配はしなくていい」
「…―――そういえば、つよいって、」
弓香を振り向いて由樹乃が思い出してつぶやく。弓香を庇った由樹乃に泣いて、わたしの方が強いようなことをいっていたけれどと。
「…―――もしかして、ほんとうに、…わたしより、強い?」
由樹乃の問いに、弓香が照れるように肩をすくめて、天使のように微笑んだ。
えっと、…―――それって。
「以前なら、そういえたが、いまはわからないな」
「かあさん?」
振り向く由樹乃に、心配する視線で。
「由樹乃には、力の顕現がなかったから、普通の子として大事に育てていたんだ。…密には本多の家を継ぐ為に小さいときから修行をしてもらった。弓香は聖女だから、異世界で役割があるしね」
「…ちから?いまもわたし、なにもないけど?」
普通だよ?と戸惑っている由樹乃に静が笑む。
「そうだといいと願っていたんだが」
「え?…――密ねえ?ゆみか?」
二人をみるが、密は真面目に腕組みしたまま難しい顔をしていて。
弓香もまた、すこしだけ困った顔をして由樹乃をみている。
「わたしに、なにが?」
力なんてなんにもないよ?という由樹乃に困った顔で静が見返す。
「わたしの血が邪魔して幼い頃に力が顕現しなかったのだろうと思う。
本多の家には、封呪の巫女が間隔をおいて生まれるんだ。先の巫女は百年以上前に生まれたという」
「…みこ、――ふうじゅ?」
「呪文とかいうだろう?その呪を封じる力を持つのが本多の巫女だ。代々の当主は、本来、神子として神に仕え舞を奉じる。それにより、世の闇と魔を封じ、安穏のうちに世界が続くよう願い奉るのが、当主の仕事だ」
「…とうさん、…能楽を舞うけど、それって」
「もとより、能は神々に捧げる舞だからな。神世と繋がる為に舞は納められ、世の安泰は贖われる。本多は、神子としては非常に優秀で歴代でも珍しいほどのちからをもつそうだ。…だから、それにもマスクされて、由樹乃、おまえのちからが隠されていた」
「とうさんの?」
不思議そうにいう由樹乃にうなずく。
「あれは、本当に力が強いからな、…自覚は無いが。エイリアン対策に駆り出されているくらいなら、世の安寧を願い舞を奉じていてほしいとおもうんだが。その方が余程、世の中の役に立つだろうに」
最後の方は愚痴のように顔をしかめていう母に、密が苦笑してとりなす。
「それでも、父上はあれで自衛官としては非常に優秀で必要とされているのです。それに、例のエイリアン対策には、父とアレックス殿が二人揃っていなければ、防衛条件が発動しませんからね?」
「…困ったものだ。本来、神子として護られてあるべきものが、前線で闘っているというのだからな、…。この世界の業務分担がうまくいっていないことには、やはりあきれる」
くちをむすんでいう母に密が笑う。
「そういわれましても。そちらのように、王様が政治をして中央集権がうまく理想的に働いているわけではありませんからね。世界ごとに特性は違うのですから、我慢してください」
「それはわかっているのだがな、…。由樹乃?」
「――その口振りだと、わたしを除いてみんな、異世界かなにかしらないけど、仲良く話をして、わたしをはんごにしていたのね?」
「ハンゴって、いつの時代だそれ?」
密が由樹乃の抗議に突っ込み、静が謝る。
「すまん。あくまで普通の暮らしを由樹乃にはしてほしかったから、…」
困惑している静に、おおきく溜息をついて由樹乃が天井を睨む。
「いいんだけど。そりゃあ、わたしみたいに普通の子が、そんなの知っても何もできないし。剣とかだってつかえないし!」
すねる由樹乃に、密と静が慌て出す。
「…ゆきの、…―――これは母上がわるいですよ?」
「それは、…だが、」
「ゆきねえも、今度、かあさまの世界にいく?いっしょに!わたしがまもってあげるから!」
そして、うれしそうに弓香がいうに至って。
「ゆ、ゆみか?」
混乱が収拾つかなくなってきたと、由樹乃は白旗をあげていた。
「つまり、弓香は聖女で、密ねえは剣士で、…――かあさんは勇者なの?家は!」
「そういうことだ」
「…――――本当に?」
額をおさえて目をとじる由樹乃に、心配そうに密が覗き込む。
「ゆきの?」
「ゆきねえ」
「…由樹乃?」
二人の声と、勇者だとかいうのに小声な母、静に。
――うん、もう。
なんで秘密にしたの?とかもういろいろと突っ込みたかったのだけれど。
なんだか、もうどうでもいい気がしてきた、…。
そもそも、母が勇者だろうが、妹が聖女だろうが、なにかかわるだろうか?
密ねえが自衛官で剣士なのはかわらないし。
弓香がアイドルで聖女―――、そして、母が勇者で小説家だなんて頭が痛いけれど。
もしかして、とうさんとわたしが、本多家人間勢で、…――本多家最弱?
尤も、もとより父が母に一つでもなにかで勝ったことがあるとは知らないのだが。勇者ということは、自衛官の父にも物理で勝つのかもしれない、―――。
本当に、喩えじゃなくて物理でとうさんに勝つのかも、かあさんって。
そんな話をしていたら、あっというまに夜が更けて。
気がついたらねむくて、由樹乃は黒城海将補達と自身の関わりを。
本多家の封呪の巫女と。
そうしたすべてを、わすれてねむってしまったのだ。―――
それが、意図されたことであったのかは、わからないが。
由樹乃は、ゆめをみた。
やわらかにやさしい声が、ゆきのにたのむ、そのゆめを。…―――
あるいは、本多家と黒城の持つ永き刻とそのかかわりを由樹乃がこのとききかなかったのは、必要なことであったのかもしれない。
ゆめを、みて――――。
その翌日。
由樹乃は、黒城海将補――その姿は十九才となったままだが――と一緒に、海辺を歩いていた。
本多家にある日本庭園が模す海ではなく。
本物の海辺を。
波が寄せ、白く砕ける。
ひいてはまた寄せる波がおだやかに砂をあらう海辺を。
それは、…――由樹乃のしるはずのない約束。
浜辺をあるく、というそれだけの約束を。




