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鼓動 ――約束の夏――  作者: 御厨つかさ


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約束の夏 12 聖女と吸血鬼



「つまり、黒城さんが――――…こんな風になるから、わたしが反対すると思って?」

「由樹乃、自分が負った闇で、つまりだ。おまえをたすける為にかれが深い傷を負う必要があると知ったら、契約に同意していたか?」

「うん、ゆきねえには無理だとおもう」

由樹乃がきくのに、密が逆に問い直し。その傍らで、弓香が深く頷いている。

「その、…あの、それで、―――平気なんですか?いえ、平気じゃ絶対ないでしょうけど、…」

由樹乃が心配してみるのは、黒城海将補。

 十九才という当時の年齢――その姿に戻った黒城は、全身が血に塗れているのにも構わずに黒髪を掻き上げ、落ちる血をゆびから額につけてしまって苦笑していた。

「ああ、…大丈夫だ。傷は治る。私は、死ぬことが出来ない身だからな。…着替えて来た方がいいか?」

「確かに、その通りでございますが。処置はいたしますので、いましばしお待ちを」

「…樋口、さん?」

現れた、としかいいようのないタイミングで。

 黒城海将補の影からまるで出て来たようにして、その身を支え樋口がいうのをみて由樹乃が驚く。

 ――何処から、現れたんだろう?

「っていうか、―――!どうして、平気なの!いきなり、呪がどうとかいいだして!それで、―――突然、こんなことになって!しかも!」

 そう、事態は間髪入れずに行なわれた。

 由樹乃が契約結婚に呆然とし、抗議もろくにできないままいたときに。

 緋毛氈を敷いた和室。

 立席に使われる卓が食事を終えて運び出されるのは、見慣れた光景だった。

 それが、しかし。



 黒城海将補が、由樹乃に向き合い。

 由樹乃の前に膝を即き、その手を押し戴いて額をふれ。


「きみに、落ちた―――呪を、ひきうける」


 しずかに告げる声。

 黒城海将補の静かな声をきいたとき。

 それは、もう由樹乃に拒否する言葉をもつことも許さずに強引に行なわれていたのだ。

 結果、血塗れになり深い傷を無数に負った黒城海将補がいる。

「どうして、こんな」

「急いでいたからな。由樹乃、すまん」

「密ねえ!」

 怒るのにも、力を込められない。先は、黒城のあまりな有様に怒ったが。

 そして、こんなとんでもないことに気がついて。

「…―――もしかして、毛氈の下に、ビニールかなにか敷いてる?」

「ああ、当然だろう。始末をつけるのにははやい方がいい。だが、畳をダメにしては本家のものなのだから申し訳ないだろう?」

「…――密ねえ、…それはなにか間違ってる気がする、…」

確かに、最初からこれだけ血が出るとわかっているのなら、それは必要な準備というものかもしれなかったが。

「まるで、…それ、殺人鬼とかだよ?血がこんなに出るからって、最初から汚さないように準備って、…――」

なにか間違ってる、密ねえ、と頭痛を憶えて由樹乃がかるく額を押さえていると。

 とん、とその毛氈の下に血液が染込まないようにとビニールかなにかが敷かれているその上を、美少女が恐れ気もなく血塗れの黒城海将補に近づいていって。

「あ、弓香!―――」

そういえば、こんな凄惨な場面に弓香を立ち会わせてしまった、と。

「密ねえ、毛氈の下にそんな準備してるくらいなら、弓香にいまみたいな光景、」

密を振り向いて抗議しようとした由樹乃が、その気配に振り向いていた。

「…ゆみか?」

 屈み込んで訊ねるのは。

 樋口が、黒城の背を支えて。

 その前に、数歩を於いて弓香が天使のように微笑む。

「てつだうわ」

「ゆ、弓香?なにを、」

こんな血塗れで傷だらけの相手に弓香を近寄らせるわけには、と。

保護者モード全開で、由樹乃が黒城海将補のことなどまったくわすれて止めようとしたとき。

 天使が微笑んでいた。

 弓香の淡い金髪がゆるやかに光を放つようにしてゆれる。

 それを見あげた樋口が無表情なままに。

「わかりました。お願いします」

「…お、お願いって?」

 由樹乃は気付いていなかった。

 隣りに立つ密がまったく動じていないことに。

 それに。

「わかりました。それでは、」

 美少女が、ちいさな手をかざす。

 血塗れの黒城海将補に、その額へとかざすようにと。

 そして、樋口が黒城の背後で、身を支え、…―――。

 黒城の首筋に、くちづける。

「え、…―――?」

 由樹乃が驚く前で。

 天使から、弓香の手から光の波紋が見えた気がして。

 淡い金髪の波打つままに、波状となり金の優しい癒やす光が黒城へとながれる。

 或いは、この部屋にいるものたちへと。

 血の穢れが、光に祓われていく。

 柔らかな金の光が満ちていき。

 そして、…―――背後から黒城海将補を抱きしめる樋口がくちづけた箇所から。

 まるで、血が吸われるようにして、黒城の身に無数に散る血の跡が。


 きえていく、…―――奇跡のように。


「…一体、なにが」

 呆然とみている由樹乃の前で、金の波紋が黒城を包み。

 血の穢れが、拭い取ったようにして一筋も残らずに。

 消えていた。

「そうか、…。貴殿は吸血鬼だったのか。気配がつかめないわけだ」

樋口を見据えていう密に、対して樋口も。

「そちらは、聖女ですね?」

美少女を、金の波紋を纏う弓香を指して樋口がいう。

「せ、聖女?」

「奇跡を起こす存在のことだ。傷を癒やし、――…治すことができる」

密の言葉に、由樹乃が声もでないで驚いていると。

振り向いた弓香がいう。

腰に手をあてて、少し怒った風にくちをふくらませて。

「いやだ、密ねえ、ゆきねえには自分でいおうとおもってたんだから!」

「すまんな。…だが、此処で力を使ってはバレるに決まっているだろう?」

「そうだけど、…ね、ゆきねえ、きらいにならないでね?」

上目遣いで、小首をかしげておねがい?をする弓香に由樹乃が混乱する。

「…ゆ、ゆみか?弓香が聖女?それって?…きらいに?それはむり、」

 混乱していう由樹乃に、にっこりと弓香が笑顔になる。

 黒城の前から、すぐに由樹乃の前にもどってその腕に飛びついて。

「ゆきねえ!だいすき!」

「…―――う、うん?もちろん、だいすきだよ、…?ゆみか?」

唖然呆然が続けば、もうどうなにを考えてもどうにもならないかもしれないと。

混乱したまま由樹乃は弓香の頭を撫でて、それから。

「…あの、黒城さん?」

「ああ?」

髪を払い、身を整えて立ち上がろうとしていた黒城をみてびっくりして見直す。

「あの、血は?」

「わたくしが吸い取りました。この方の血は放置しますと、色々と問題がありますので。回収させていただきました」

「回収って、…そんなフロンガスみたいに」

おもわず何故かその台詞が出て、我ながらなんで?と額を押さえる。

 だがしかし。

「その喩えは悪くないな。私の血は、ある意味有害でね。放置しておくととても拙い。樋口には、苦労を掛けるが私がこうして傷を負った際には回収をしてもらっているんだ」

当然のようにいう黒城に頭痛を憶える。

「…――それって、どんな、…」

「…由樹乃、先にいった通り、汚れを防ぐ為というのも本当だが、こうした事情もあってだな?ゆるしてくれないかな?」

おもわず頭痛を憶えている由樹乃に、密がその顔を覗き込んでゆるしを求める際のとっておきの表情でいうから。

 ―――ここに、わたし以外に常識がある人って、…いないの?

おもっている由樹乃の背後で、黒城海将補が樋口に感謝している。

「いつも済まないな、樋口」

「いえ、貴方の血は美味しいですからね、構いません」

吸血をみられた為だろうか?もう隠す気もなく会話している樋口と黒城海将補に。

 ―――…少しは遠慮した会話をしてほしい気が、…。

由樹乃がそんなことを思っているとも知らずか。

姉が、かわいらしく首をかしげてみせて、美しい黒瞳で由樹乃をじっと見つめて云う。いつのまにか、両手に由樹乃の手をとって。

「かわいい妹に殺人鬼予備軍みたいな思われ方をするのはつらいんだ。…由樹乃、かれの血はそもそも流出すると拙いものでな。それもあって、畳に染込むと後の処理が大変だから、血が染込まないように準備してたんだ」

「…――密ねえ、…」

情緒も何も無いというか。それってやっぱり殺人鬼予備軍みたいな思考なんじゃ、とか。ついそんなことをおもいながら、由樹乃が考える。

 妹が聖女で、姉は自衛官で剣士で、―――。

 契約結婚?した相手が、…――――。

 怪我をしても死ねないって、――不死!?

 そして、その側近だと紹介された樋口が、…吸血鬼?


 一体、何が起こってるんだろう?


 つい先日までは、普通に極普通に、美人な姉と美少女でアイドルな妹に挟まれて、平凡で普通な女子高生生活を送っていたはずなのに?


「由樹乃?ゆるしてくれるかい?」

そして、美人な姉が由樹乃の両手を取り、その赦しを請うている。

「…密ねえ、――弓香」

「ああ?」

「なあに?」

 すう、と息を吸い込んで。

 思い切り、ストレス解消もかねて由樹乃は叫んでいた。

「…―――説明して!聖女とか!黒城さんのこととか!いろいろ全部!」

そう叫んだ由樹乃のことを、誰も責めることはできないだろう。



 

 後日、本家の主である曾祖母――とても厳格だ――から、お叱りがあったとしてもである。





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