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鼓動 ――約束の夏――  作者: 御厨つかさ


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12/23

約束の夏 11 契約結婚

「結婚してほしい。私と、無論、契約としての形だけのものだが」

「え?どうして?わたしと?」

落ち着いた表情で若い姿となった黒城海将補がいうのに、由樹乃はパニックになって聞き返していた。

 本家に設けられた食事の席。

 夕餉のあと、各自に茶菓子等が配られた際。

 何故か朱塗りの膳と盃という謎に満ちた一式が、向き合う黒城海将補と由樹乃の前にだけ運ばれたのに首を傾げていたのだが。

「…結婚?でも、それは密ねえと?」

驚いている由樹乃に、黒城が視線を首座に座る父へと向けるのを。

「説明はしていないのか?」

「まだだ。…―――見合いの席には同席できず済まなかった」

短くいう本多一佐――つまり、本多家を継ぐ次代と思われている父が、その白い容貌に表情を変えずにいうのを、瞬いて由樹乃はみて。

「えっと、その?」

「いや、それは構わない。彼方の方は片付いたのか?」

黒城海将補が落ち着いて問い返すのをみて、二人を見比べて。

「あ、…あの?」

由樹乃が戸惑っているのに構わず、父と黒城は話を進めている。

「途中だ。また、行かねばならん。…――後を任せてもいいか?」

「―――…かならず護れるとは約束はできない、といえば残るか?」

「―――――…」

父が無言で溜息を吐いた。

この席にあるのは、密、由樹乃、弓香。そして、黒城海将補と父だ。

本家の座敷をひとつ畳に毛氈を敷き。

立席に茶を点てるように、食事の仕度をして並べた席となる。

「残念だが、いく必要がある。―――密」

「はい」

父と向き合う席、つまりは長い卓子の一番端と端に席を取っている――に座る密が返事をする。

 それに、淡々とみえる無表情で本多一佐が。

「任務があり、戻る。後を頼む、密」

「わかりました」

「…密ねえ?父さん?」

二人をみている由樹乃に、黒城海将補が朱杯を手に取る。

「固めの盃をしよう。それだけでいい。きみが、形だけでもわたしの妻という契約を交わせば、きみのうちに潜んだ魔を、私は代わりに引受けることができる」

「由樹乃、後で詳しい説明は私がする。父が立ち会いに割ける時間があるいまのうちに、正式に固めをしよう」

「え?――どういうこと?つまり?」

 驚いている由樹乃に、本多一佐が視線を向ける。

 白い美貌は、冷徹に常に感情の見えないものだ。

 黒髪に艶のある不思議な炯を宿す鋭い眸に、白い美貌。

 年齢のわからないことでいえば、父と以前の黒城海将補は張るだろう。

 その年齢も感情も何処かに置き忘れたようなしずかな美貌で、由樹乃をみる。

「すまないが、時間がない。…弓香、由樹乃の盃に酒を注いであげなさい」

「はい、とうさま」

弓香がとなりから席を立つと、由樹乃の前に伏せられていた盃に朱の器から酒を注ぐ。それを、おもわず見守ってしまってから。

 あわてて、目の前の黒城をみると。

 淡々と、これは手酌で朱の器から盃に酒を注いでいる黒城海将補がいる。

 ―――えっと、あの?

 何がどうなって?

 残念ながら、由樹乃のあわてたようすにも、疑問にも誰も頓着せずに。それどころか。

「ゆきねえ、はい」

「うん?」

朱の盃を弓香から手渡されて、しらず由樹乃は受け取ってしまう。

 もとより、妹に弱いのだから、これでお願いなどされてしまった日には。

「ゆみかがついだんだよ?こぼれなかったでしょ?ね、ゆきねえ、のんで?」

「…ゆみか?」

半分自動的に、弓香をみながら盃をなにも考えずにくちに運んでしまったのは、だから。

「あ、」

にっこり、破壊力のある弓香のエンジェルスマイルが目の前にあって。

 ね、とくびをかしげておねがいなんてされて、――――。

 のんじゃった!?わたし?

「あ、あの?これって?」

「契約成立だな」

視線を伏せていう黒城海将補の肩が少しばかり震えるのを抑えているのは、気のせいではないだろう。

 多分、あれは笑うのを堪えている。

「あ、…あの!」

怒ろうとした由樹乃のそばで、にっこりと弓香が笑顔になって。

「よかった!これで、ゆきねえとくろきさんがけいやくけっこんできたんだよね?」

「そうだ、成立した」

密が末妹に甘い表情で微笑んでいう。

「え?え?…いまので、こんなので?」

驚愕している由樹乃に、顔をあげた黒城海将補が正面から視線をあわせていう。

「成立だ。きみには、説明を先にしては拒んで契約させるのは無理だろうという、きみの母君と密殿、そして、弓香殿からのアドバイスがあってな」

「え?その?それは、…?」

あわてている由樹乃に、ひとつうなずくと本多一佐が席を立つ。

「私と密で立ち会いも済んだ。二人証人がいれば契約は成立だ。後を頼む、密」

「わかりました。お気をつけて」

本多一佐の言葉に、密がいい頭をさげる。

それに、しずかにうなずいて本多一佐が座を離れる。

「あ、あの、?父さん?なにが?…成立?したってなにが?」

あわてて席を立って父の後を追おうとした由樹乃に、冷静な声が。

「私と、きみの契約結婚がいま成立した」

「…―――――え?」

立ち上がったまま、振り向いてみる由樹乃に黒城が冷静にいう。

「つまり、きみと私はこれで契約上の夫婦というわけだ」

「ええええっ?!全然、まったく、きいてないんですけど、…?!」

「いってないからな」

「―――密ねえ?」

叫ぶ由樹乃に、これも冷静に声があり。

声も無く驚いたまま密を見返す由樹乃に、腕組みしたままうなずいている。

「由樹乃は頑固だから、いっても説明して事情を話したら、絶対に断るとおもっていたからな」

「ええ?」

なんでそんな、説明したら断るって!?と何とか云おうとした由樹乃の隣で。

 にっこり、天使が微笑んでいた。

「ゆきねえにいったら、ぜったいことわるもんね!」

「…―――その確信はどうしてなの、…?」

姉と妹、二人共にもたれてしまっている確信に由樹乃が問い掛けるが。







「きみに、落ちた―――呪を、ひきうける」


 しずかに告げる声。

 黒城海将補の静かな声をきいたとき。

 それを、理解した。



 わたしは、これを、―――。

 これを行なうと知って、この人に託すことは出来ない。

 闇の帳が、在ることもしらなかった闇が、由樹乃の身体の奥から。


 それが、魔の疾る矢となり、―――剣となり。

「やめて!」

 黒城の身に襲い掛かる。

 血が、…―――。


 刃が、黒城を裂く。

 血が零れ落ち、滴るなかで。

「密殿、彼女にみえないようにしてくれ」

 痛みがないわけがない、あの、…―――。

「黒城さん!」

 闇と魔が波状となり剣を、矢を黒城の身に突き立てるのを。

「わかった」

 そっ、と密が由樹乃の目を手で覆う。

「すまない、…―――契約による呪の移行は、ある程度近い距離でしか行えない、―――つらいものをみさせてしまったな」

後悔している密の声におもう。

「わたしは!…ちがうでしょ?黒城さんが!」

姉のやさしい手に覆われて血に塗れた黒城海将補の姿はみえなくなった。

 声のひとつさえあげない黒城に。

 見ないでいれば、錯覚できただろうか?

 こんなことは、起きていないと、――――。

「密ねえ!」

「すまない、由樹乃」

 姉に抱きしめられ、みなければ知らないでいられると?

「どうして、…?密ねえ、こんな!」

「闇と魔は、人を侵す。そして、人をくるわせる。…いずれは封呪の巫女であろうと、永久の眠りに就くかしなければ狂うことになる」

「…密ねえ?」

茫然と振り仰ぐ由樹乃を、苦しいように微笑んで抱き留めた密が見詰め返す。

「由樹乃、かれは、…――黒城殿は、古よりその身に封を引受けて来られた御方だ」

「引受けるって、…――――黒城さん?」

「酷いものをみせたな、すまなかった」

血に塗れ倒れていた身を起こし額に落ちた黒髪を掻き上げて。

黒城が流れた血をそのままに笑む。

「…へいき、なんですか?黒城、さん?」

「大丈夫だ、慣れている」

微笑むさまに、―――黒城に。

 一拍をおいて。

「なれてるからって、…!いいわけはないでしょう!」

大音声といっていい声で怒った由樹乃に。

 しばし、誰もが無言でいたあとで。

「…―――そうか」

 床に座り込んだ姿勢のまま、

 茫然としたようにいった黒城海将補が由樹乃をみあげる。

 その姿は、十九才という年相応にみえて。


 ―――まったく、だから、…なんだって!


「ダメに決まってます、…!」

 思い切り、由樹乃は黒城海将補をしかりつけていた。






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