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鼓動 ――約束の夏――  作者: 御厨つかさ


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約束の夏 9 三姉妹

「偽装というのは、つまり年齢に関する印象を操作していたということだろうか?」

密が考え込みながらいうのに、由樹乃も驚いたままくちにする。

「その、…黒城さんは、本当はその姿なの?しかも、十九才って、わたしと二つくらいしか違わない?」

戸惑っている由樹乃に、密も頷く。

「私からしたら、年下ということになるな」

「うん、そうよね、…。あのひとが、黒城海将補さん?なんだよね?とてもそうはみえないけど」

「本人だな。行動を共にしていたから、―――…最初にお逢いしたときには、年齢不詳だとはおもったが、あそこまで若くはみえなかった」

戸惑っている由樹乃の言葉に、密も頷きながら答える。

 処は、由樹乃が寝かされていた部屋。

 流石に、床は払ってある。

 黒城海将補に別室を案内して、いまは医者の診察を待っている処だ。

「処で、由樹乃。疲れてはいないか?」

気遣う密に、由樹乃が微笑う。

「大丈夫、何ていうか、――時間が経ってる気はしないの。それで、何か怖いものが出て来て弓香に近づこうとしてたから、あわてて追い払おうとした処までは憶えてるんだけど」

「…ああいう無茶はもうしないでほしいな」

微苦笑を零して妹をみていう姉に、由樹乃がこまったかおをして見返す。

「…―――密ねえ、…」

「うん?」

しずかに促す長姉に、ためいきを吐いて降参する。

「はい、…ごめんなさい。でも、弓香があぶないのに、…無理しないでとか、できないからね?」

上目遣いでいう由樹乃に、今度は密が降参する。

「…あのね?先にそれをいうかい?まったく、由樹乃は、…困った娘だ」

苦笑して、それでも許すしかなさそうで。その困惑と、妹に甘いことはわかっているので、由樹乃が攻勢に出る。

「だって、ね?密ねえだって、わたしたちの為に命賭けたりしたら怒るんだからね?危ないこと、しないでよ?」

「――――そうくるか、…。あのね、由樹乃。私は自衛官だし、…何より、由樹乃達を守る為に」

開け放ってある障子の向こう、廊下の奥から音がして密が言葉を留める。

「医者が来たか」

いって迎えようと動きかけたとき。

「―――…弓香!」

小さな影が走り込んできて、驚いて密は目を見張っていた。





「…―――どうして、私は自衛官だというのに。…医者の足音の他に、こどもの足音が混ざっていたのをすぐに察知できなかったんだ?」

「…密ねえ、それって、なにか間違ってる気がする。お父さんも真っ当な自衛官じゃないってきいてるけど、…――なにか、自衛官の定義が間違ってない?密ねえ」

自衛官ってそんな足音察知とか、獣を山狩りするような能力がいるものなの?と眉を寄せている由樹乃に構わず。

「…医者の診察では特に異常がないということでよかった。しかし、弓香。まだ此方に近づいてはいけないといってあったはずなのに、どうしてここへ」

正面にしおらしくうつむいて正座している弓香を前に、密が厳しい顔で訊ねる。

 それに、顔をあげてきっぱりと。

「そんなの!ゆきねえが心配だからに決まってるでしょ!密ねえはずるい!お見舞いにもずっといってて、―――――それに!」

きつくくちびるをかんで、榛色の瞳に涙が溢れそうになるのをこらえる。

「…わたしのせいで、ゆきねえは危ない目にあったんだよ?」

「弓香」

「あいたいもん、…めがさめたって、きいて、だから、…」

泣きそうになっている弓香を、そっと由樹乃が抱きしめる。

「ごめんね、心配かけて」

「ゆきねえ、」

途端に、我慢していたなみだがあふれてとまらなくなる。

「…ごめん、弓香」

「ばか!…だから、―――ばか!ゆきねえのばか、…!」

感情があふれてとまらない弓香を、強く由樹乃が抱きしめる。その腕を必死につかんで。

「だから、いや!ゆきねえがしんじゃうの、…いやだ、…!」

「――弓香、落ち着いて、死なないよ?ほら、生きてるでしょ?…死なないってば、」

感情があふれて我慢していたものが決壊したようにいう弓香を由樹乃が抱きしめて。

こまって、なだめようと。

 それに。

ふいに、真剣にみあげたなみだにあふれた弓香の瞳に、由樹乃はどきりとしていた。

 榛に金の輪がわずかに光をみせた気がして。

「――ゆみか?」

「だって、ねえ、なのかもおきなかったんだよ?…死んじゃうかと、おもった」

いいながらまた涙があふれだす弓香に、おどろいて由樹乃が密をみる。

「わたし、…七日も寝てたんだ?」

「そうだ。落ち着いてから話そうとおもっていたが、…。弓香の心配もわかるな」

「…え、その、…――密ねえ」

困惑していう由樹乃に、ぎゅっ、と弓香がしがみつく。

「ゆきねえ、無茶しちゃだめ!」

「あ、…でも、あれは弓香が危なかったからだし、」

む、と怒った弓香が由樹乃をみあげる。

「ダメ!わたしはつよいもん!だから、ゆきねえがあぶないことしちゃだめ!」

「…ええと」

しかりつける弓香に、降参して由樹乃がいう。

「わかった、…―――できるだけ、ね?」

「できるだけじゃやだ」

「――――…」

無言でとりなしを頼む視線を密に送る由樹乃だが。

 こちらも、無言で密が首を振り、それから腕組みしていうのに衝撃を受ける。

「私も、由樹乃が無茶をしないように、”できるだけ”ではなく、きちんと約束してほしいとおもうな」

「―――卑怯っ、…!密ねえ、ひきょう!ゆみかと同調するなんて、卑怯!」

「私達のタッグに敵う相手はいないな」

「うん」

密と弓香、二人に見つめられて。

「――――…わかり、ました、…やくそく、するから、…ね?」

「もう一押し」

密の言葉に、無言でうんうん、と弓香がうなずいている。

「え、えと、…―――」

結局、由樹乃は密と弓香に、もう無茶はしない、と約束することになった。

 いずれにしろ、本多家三姉妹の姉達は末のいもうとに弱い。

 だから、末妹である弓香とタッグを組んだ相手に、残った方は勝てるわけがないというわけなのだ。


「さて、特に体調に問題がないなら、食事にしよう」

「あ、賛成!お腹すいたー!」

「ゆきねえ、ねててもおなかすくの?」

由樹乃が寝かされていた控の部屋を出て、密が庭をみる。

 古い日本庭園には、池に添って渡り廊下でいく能舞台がある。

 武家としての対面で大名時代に作られたものだ。


「密ねえ?」

しばし此処からはみえない離れがある方角をみて佇む密に、背後から由樹乃が声を掛ける。

「いや、いこうか」

 振り向いて、妹達をみて密が微笑む。

 渡り廊下をいくと設えられている古い能舞台。

 本多の主は、其処で能を舞うことが義務ともされているが。

 いまは其処に黒城海将補がいるはずだ。

 他の目に、かわった姿をさらさぬ為に。


 密は視線を妹達に振り向けると、弓香に手を引かれ由樹乃に反対側の腕を組まれて、苦笑して廊下を歩き出していた。




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